音楽と録音の歴史ものがたり

ノーマン・スミスの知られざる録音技術とザ・ビートルズ 〜【Vol.101】音楽と録音の歴史ものがたり

高橋健太郎 1962年6月6日のセッションとデビュー直前のピート・ベストの解雇 アビイ・ロードのスタジオ2は、レコーディング・ブースのワンフロア上にコントロール・ルームが設置されていた。レコーディング・ブースからコントロール・ルームへ入るには木…

ザ・ビートルズの1962年6月6日、EMIスタジオでのファースト・セッションの謎 〜【Vol.100】音楽と録音の歴史ものがたり

高橋健太郎 EMIスタジオで行われた初録音はオーディションだったのか? ジョージ・マーティンの招きで、ザ・ビートルズが最初にアビイ・ロードのEMIスタジオに足を踏み入れたのは、1962年6月6日だったとされる。デッカ・スタジオでのセッションと同じよう…

ザ・ビートルズを迎え入れた当時のEMIスタジオ事情 〜【Vol.99】音楽と録音の歴史ものがたり

高橋健太郎 デッカに“落ちた”ザ・ビートルズがパーロフォンと契約に至るまで デッカ・レコードのオーディションのために、ザ・ビートルズはバンに楽器を積み込み、1961年の大晦日、吹雪の悪天候の中をリバプールからロンドンまで車移動した。しかし、翌日の…

ザ・ビートルズを中心に1960年代中盤のロック録音技術を追う 〜【Vol.98】音楽と録音の歴史ものがたり

高橋健太郎 テープ・ループとブレイクビーツ テープ・ループという手法自体は、マイルス・デイビスの『ビッチェズ・ブリュー』がリリースされた1970年には、決して新しいものではなかった。 ヨーロッパの電子音楽やミュージック・コンクレートの中では、1950…

プロデューサーの創造性を誇示したテオ・マセロのテープ編集術 〜【Vol.97】音楽と録音の歴史ものがたり

高橋健太郎 マセロが『イン・ア・サイレント・ウェイ』で行った音での挑戦的な問いかけ マイルス・デイビスの1969年のアルバム『イン・ア・サイレント・ウェイ』で、プロデューサーのテオ・マセロは、それまでにない大胆なテープ編集を聴衆に提示した。タイ…

コロムビアのテープ編集〜グレン・グールドからマイルス・デイビスへ 〜【Vol.96】音楽と録音の歴史ものがたり

高橋健太郎 グールドが語った“モンタージュ”としてのレコードと共同制作者への敬意 グレン・グールドのように一切のコンサート活動を拒絶し、レコーディング・スタジオで演奏することを選び取った演奏家は、クラシック音楽の世界では例を見なかった。だが、…

グレン・グールド〜“たった一つの完成品”としての録音物 〜【Vol.95】音楽と録音の歴史ものがたり

高橋健太郎 テイクを超えた「イ短調のフーガ」 1964年のアルバム『インヴェンションとシンフォニア』では、グレン・グールドとプロデューサーのポール・マイヤーズはSTEINWAY CD318の“しゃっくり”と格闘せねばならず、その修正のために膨大な手作業によるテ…

グレン・グールドがテープ編集にこだわった理由 〜【Vol.94】音楽と録音の歴史ものがたり

高橋健太郎 グールドの演奏に内在していたテープ編集に向かう必然性 1955年の『ゴールドベルク変奏曲』のレコーディング・セッションの模様は、フランスの映像作家、ブリュノ・モンサンジョンが2006年に公開したドキュメンタリー映画『Glenn Gould, hereafte…

クラシック録音を再定義したグレン・グールド 【Vol.93】音楽と録音の歴史ものがたり

高橋健太郎 わずか6年間のスペクターのきらめきがもたらした、音楽と録音の歴史におけるエポック フィル・スペクターの訃報に際しカリフォルニア州矯正更生局が発表した2019年撮影の写真。スペクターは2003年に女優ラナ・クラークソンの殺人で逮捕され、200…

フィル・スペクターの洗練R&Bサウンドへの到達とビートルズ『レット・イット・ビー』〜【Vol.92】音楽と録音の歴史ものがたり

高橋健太郎 ライブでたたき上げられたR&Bバンドチェックメイツ・リミテッドとの出会い チェックメイツ・リミテッドはインディアナ州フォート・ウェイン出身のグループだった。ソニー・チャールス、ボビー・スティーヴンスという2人のシンガーにドラムス、ベ…

ティナ・ターナー × フィル・スペクター 〜ウォール・オブ・サウンドへの執念〜【Vol.91】音楽と録音の歴史ものがたり

高橋健太郎 ティーンエイジ・ポップから飛躍した楽曲を求め“自分のサウンド”で逆転を狙う アイク&ティナ・ターナーの所属していたワーナー傘下のロマ・レコードに2万ドルを支払い、ティナ・ターナーというシンガーを獲得して、フィル・スペクターの音楽的…

ブリティッシュ・インベイジョン時代のフィル・スペクターの苦闘 〜【Vol.90】音楽と録音の歴史ものがたり

高橋健太郎 「You've Lost That Lovin' Feelin'」のヒット後ライチャス・ブラザーズが採ったスペクターへの対抗手段 ビートルズが上陸し、4曲のシングル・ヒットを放っただけでなく、ローリング・ストーンズの「サティスファクション」がビッグ・ヒットにな…

スペクターのステレオ・サウンドとロンドンで出会ったストーンズ&ビートルズ 〜【Vol.89】音楽と録音の歴史ものがたり

高橋健太郎 ロネッツのステレオ盤もリリースしたスペクターステレオ人気の理由は1970年代再発にあり? フィル・スペクターがステレオよりもモノラルを好んだのは間違い無いところだが、ロネッツのレコーディングにおいては、彼はステレオ・ミックスも制作し…

ブライアン・ウィルソンとフィル・スペクター、ポップ・プロデュースの天才同士がお互いに意識したもの 〜【Vol.88】音楽と録音の歴史ものがたり

高橋健太郎 死去で明らかになったスペクターの生年にまつわる謎私的な曲「Be My Baby」が打ち立てた金字塔 2021年1月16日にフィル・スペクターはカリフォルニア州のサンホアキン郡にある囚人用の療養施設で死亡した。翌日にかけて、世界を駆けめぐったそのニ…

ロネッツ「Be My Baby」をめぐるエリー・グリニッチとヴェロニカ・ベネットのストーリー 〜【Vol.87】音楽と録音の歴史ものがたり

高橋健太郎 スペクターが目を付けた新進作家エリー・グリニッチの才能 1963年2月、フィル・スペクターはアネット・メアラーと結婚した。アネットはもともとはラス・タイトルマンのガールフレンドで、スペクターズ・スリーのツアー・メンバーを探しているとき…

「Zip-a-Dee-Doo-Dah」セッションでのレッキング・クルーの誕生 〜【Vol.86】音楽と録音の歴史ものがたり

高橋健太郎 スペクターと同日にレコーディングされたギャレット・プロデュースの「He's A Rebel」 1930年にニューヨーク州のナイアガラ・フォールズで生まれたトミー・テデスコは1952年にトランペット奏者のラルフ・マーテリーのグループに参加。翌1953年に…

クリスタルズ「He's A Rebel」レコーディングでのウォール・オブ・サウンド誕生の瞬間 〜【Vol.85】音楽と録音の歴史ものがたり

高橋健太郎 スペクターに心酔していたジーン・ピットニーが「Uptown」に影響されて書いた「He's A Rebel」 1962年5月、ロネッツを連れて、ロサンゼルスに戻ったフィル・スペクターはゴールド・スター・スタジオに駆け込んで、彼女たちのデモ録音を行った。だ…

ニューヨークとロスを股にかけたフィレス・レコードでのフィル・スペクターの暗躍 〜【Vol.84】音楽と録音の歴史ものがたり

高橋健太郎 パリス・シスターズのレコーディングに後のレッキング・クルーとジャック・ニッチェを起用 ニューヨークに移った後も、フィル・スペクターはレスター・シルの依頼があると、ロサンゼルスに戻って、制作を行った。シルとリー・ヘイゼルウッドのプ…

フィル・スペクターのニューヨーク進出とアトランティックでの苦き成果 〜【Vol.83】音楽と録音の歴史ものがたり

高橋健太郎 テディ・ベアーズのエピゴーネンスペクターズ・スリーの低空飛行 アリゾナ州フェニックスでリー・ヘイゼルウッドの仕事を見学したフィル・スペクターは、1959年の秋にロサンゼルスでスタジオ・セッションを再開した。テディ・ベアーズは分解して…

アリゾナを拠点とした作曲家リー・ヘイゼルウッド、フィル・スペクターと交錯するポップス実験の試み 〜【Vol.82】音楽と録音の歴史ものがたり

高橋健太郎 アイディアマンの作曲家リー・ヘイゼルウッドロサンゼルス売り込み時代の音源が発掘 リー・ヘイゼルウッドは1929年7月9日にオクラホマ州のマンフォードで生まれたが、石油の仕事をしていた父親とともに、カンザス州、アーカンソー州、ルイジアナ…

フィル・スペクターがテディ・ベアーズで味わったアーティストとしての成功と挫折 〜【Vol.81】音楽と録音の歴史ものがたり

高橋健太郎 テディ・ベアーズとしてのダビングにドラマー=サンディ・ネルソンが呼ばれた理由 結成時のテディ・ベアーズ。中央奥がフィル・スペクター。前列は左からハーヴェイ・ゴールドスタイン、アネット・クレインバード、マーシャル・リーヴ http://doo…

ウォール・オブ・サウンドが育まれた鬼才フィル・スペクターのティーン・エイジ 〜【Vol.80】音楽と録音の歴史ものがたり

高橋健太郎 ハリウッドの高校生スペクターとその先輩だったリーバー&ストーラー 『ウォール・オブ・サウンド〜ザ・ヴェリー・ベスト・オブ・フィル・スペクター 1961-1966』V.A.(ソニー/2011年)フィル・スペクターが1961年から1966年までのフィレス・レ…

モータウンが導入したElectroniumとその再生プロジェクト 〜【Vol.79】音楽と録音の歴史ものがたり

高橋健太郎 作曲家出身のモータウン総帥の目に止まったヒット曲製造マシン=Electronium モータウン・レコードの創始者、ベリー・ゴーディ(1929年〜)。写真は2010年12月撮影。ゴーディとモータウンについては第61回(2019年2月号)で触れている Photo:Ange…

作曲支援機能を持つElectroniumとレイモンド・スコットが目指したもの 〜【Vol.78】音楽と録音の歴史ものがたり

高橋健太郎 レイモンド・スコットのスタジオを支えたエンジニアは誰か? レイモンド・スコットのプライベート・スタジオに関する最大の謎は、誰がその技術面を支えていたのか、ということだ。ロバート・モーグはスコットのスタジオには作業デスクが見当たら…

レイモンド・スコットが手にしたシンセサイザー/リズム・マシン/シーケンサー 〜【Vol.77】音楽と録音の歴史ものがたり

高橋健太郎 史上最大級のプライベート・スタジオウィロウ・パーク・センター ファーミングデールのウィロウ・パーク・センター https://www.raymondscott.net/timeline/ 1960年、レイモンド・スコットはロング・アイランドのファーミングデールに4棟の建物…