Official髭男dismの2作目のライブAtmos 〜【第14回】DIYで造るイマーシブ・スタジオ 古賀健一

 8月18日に発売されたOfficial髭男dism『Editorial』(CD+Blu-ray版)に、4月開催のオンライン・ライブ『Official髭男dism FC Tour Vol.2 - The Blooming Universe ONLINE -』がDolby Atmos音声で収録されました。ヒゲダンとしては2作目のDolby Atmosです。

Editorial (CD+Blu-ray)(特典なし)

Editorial (CD+Blu-ray)(特典なし)

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“ステージの一歩中へ”を目指してマイキングを増強

 今回の個人的テーマは、“ステージの一歩中へ”です。まずはレコーディングの様子から。ステージのセットもライブ・ハウスをイメージしたものだったので、ステージ上にシーリング・マイクを6本、ステージ中に向けて2本、そしてドラムやブラスのアンビエンス・マイクも置かせてもらいました。それ以外に会場の音を録るマイクをセットしています。

 

 音声収録チームとしても、前回のライブから幾つかの現場を踏んでパワー・アップしています。TACT(TAMCOから改編)の四ノ宮祐さんと、やるべきことと、やってみたいことも増え、積極的に落とし込みました。ステレオの倍の準備時間がかかりますが、その効果を実感すると妥協できません。

 

 前回(シングル『Universe』収録の『Arena Travelers』)は7.1.4chをこなすことに必死でしたが、今回は9.1.6chをイメージしてマイクをセッティング。その結果は大成功だったと思います。

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ステージ・サイドに置いたDPA MICROPHONES 4006。ステージにはフロント×4本+サイド×2本の計6本に加え、ブラス・セクションやドラムにもアンビエンス・マイクを追加。シーリング・マイクは無指向性を6本準備した。さらに、客席にはAmbisonicsマイクSENNHEISER Ambeoと、左右にアウトサイド・マイクを2本設置

 本来、無観客のオンライン・ライブならばPAスピーカーから音を出さなくても成立しますが、やはり会場内に良い音が響いていると数多に立てたオーディエンス・マイクへのかぶりが生きてきます。それが音の接着剤になり、ミックス時に絶大な効果を発揮するため、FOHエンジニアの井田真樹さんに今回もサポートをお願いしました。実際、僕らの中継車に送られてくる音声もFOHのAVID Venue|S6Lからの音です。井田さんの設置したマイク、マイキング、マイクプリのゲイン……このバランスがとても素晴らしく、僕らのミックス作業も円滑に行えます。

 

 中継車はTACT R-4。モニターは5.1.4chで実施、コンソールはSSL System T、スピーカーはDYNAUDIO ACOUSTICS BM5A MKIII(5.0)、BM9S(サブ×2)、 LYD5(トップ4ch)という構成です。

 

 そして100chを超える回線を正確にADコンバートするため、マスター・クロックも選定。ABENDROT The Everest 701と同社のDAコンバーター901、Venue|S6Lのインターナルを聴き比べ、Everest 701が採用になりました。

複数のエンジニアによるコラボがDolby Atmos制作の醍醐味

 ミックスは、まず配信用のステレオ・ミックスを作り、その後パッケージ化が決まったところでDolby Atmosミックスを開始しました。前回は楽器ごとにステムを作り、必要なトラックのみパラデータに戻ったのですが、今回は最初からDolby Atmosにすることを考えてステレオ・ミックスをしていたので、リバーブもステレオ用、5.1ch用、7.1.2ch用と移行できるように互換性のあるものを使用。前回より天井の情報をより意識してミックスしました。シーリング・マイクが4本から6本に増えたことも効果大。AUDIO EASE Altiverb用のIRも収録し、オーディエンス・マイク+αでオブジェクト配置しました。楽器のパンニングもサイドのLw/RwからLss/Rssくらいまで積極に使っています。

 

 しかし、ヒゲダンのライブ・ミックスで最大の問題はAVID Pro Tools|HDXのボイス数。ライブ用のシーケンス・データをすべてミックス用にバラし、リバーブやバスまで数えると1,000ボイスを超えます(HDX3構成で最大768ボイス)。

 

 そんな時期にAVIDからPro Tools 2021.6でハイブリッド・エンジンが実装されると発表。最大2,048ボイスとなればストレス無くミックスできる!と今か今かと待っていましたが、6月末にリリースされたときには既にこのDolby Atmosミックスは納品完了していました(笑)。実際のところ、ハイブリット・エンジンでは僕のやりたいことが実現できず、次のミックスはAVID Pro Tools|MTRXをコアにMac×2台体制かな?と覚悟しています。

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P's Studio AR/THREEでの詰めの作業。中央に陣取るのは同スタジオ所属の村上智広氏

 今回のミックスに向けて7.1.2ch対応のプラグインも増やしました。活躍したのはFLUX:: Evo Channel、THE CARGO CULT Spanner 3、NUGEN AUDIO ISL 2、TONEBOOSTERS ReelBus 4、Enhancerなど。特にSOUND PARTICLES Energy Pannerには助けられました。また無償プラグインRODE SoundFieldでSENNHEISERのAmbisonicsマイクAmbeoの信号を7.1.2chに変換しています(前回はHARPEX Harpex-X 7.0.2を使用)。

 

 トータル・ラウドネス値も、Blu-rayのPCMステレオとの音量差が極力出ないように−14LUFSに、トゥルー・ピーク値は−1.5dBにしてみました。Dolby Atmosからのステレオ・ダウンミックスを聴く方もいると思うので、それが本当にひずまないか?のテストも兼ねていました。

 

 この作業の最中にAPPLEの空間オーディオの納品形態が発表になりました。発表当初は−18±1LKFSでしたが、最近目標ラウドネス値は“ITU-R勧告BS.1770-4に基づいて測定された−18LKFSを超えないようにしてください”に変更。ただし、Blu-rayにはこの規定は関係ありません。

 

 最後にMA&マスタリングです。前回はミックス時に音楽でいうマスタリング作業とMA作業も込みでやっていましたが、今回はミックス作業後、MAエンジニアの横田智昭さんにDolby AtmosでMAもお願いしました。実は曲の始まる前のドキュメント部から、Dolby Atmos音声になっています。そしてマスタリング・エンジニア多田雄太さん、P's Studioの村上智広さんと4人で最後の最後までこだわってサウンドを作りました。Dolby Atmos作品の醍醐味は、いろいろなエンジニアとのコラボレーションができること。この時間は最高に楽しく、もっと多くの人にDolby Atmos作品を作ってほしい理由の一つです。

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DOLBY Dolby Atmos Renderer。筆者の音楽ミックス用のベッズ+オブジェクトと、横田智昭氏が担当するMA用のベッズ+オブジェクトを分けて使用できるように設定している

古賀健一

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【Profile】レコーディング・エンジニア。青葉台スタジオに入社後、フリーランスとして独立。2014年Xylomania Studioを設立。これまでにチャットモンチー、ASIAN KUNG-FU GENERATION、Official髭男dism、ichikoro、D.W.ニコルズなどの作品に携わる。また、商業スタジオやミュージシャンのプライベート・スタジオの音響アドバイスも手掛ける。
Photo:Hiroshi Hatano