スタジオは造ってからが本番 〜【第13回】DIYで造るイマーシブ・スタジオ 古賀健一

 8月発売のBlu-rayに収録されるライブ映像のDolby Atmosミックスが終了し、次の案件に向けて日々トライ&エラーの日々を過ごしています。Dolby Japanチームとミーティングも重ねていますが、自分の知識不足を痛感してばかり。まだまだポンコツです。さて、スタジオの進捗具合ですが、連載を読んでもらっていると、まだ完成していないように見えるのか、“いつ完成するの?”“音は出るようになった?”と言われてしまいます。安心してください、もうスタジオでDolby Atmosミックスはできます。仕事が何とかできるようになったのは去年の12月。そこから模索しながらの微調整をする日々が続き、先日追加の工事を一度やりました。見栄を張らずマイナスなことも正直にと思い、そのブラッシュアップの模様を書いていきます。

床を木材と石膏ボードで補強
壁の吸音で低域の暴れを抑制

 まず、床の工事をやり直しました。理由は地下鉄の音が床下の空洞からコントロール・ルームに登ってくるからです。スタジオの下には水を貯める空洞が1つと、ビルの地下ピットらしきものがあります。このスタジオは地下鉄の路線から近く、耳を澄ますと音が聴こえます。

 

 本来ならば浮き床にして対策をすべきなのですが、Dolby Atmos用のトップ・スピーカーの高さを少しでも稼ぎたかったのと、中途半端な浮き床にして床全体が鳴ることを防ぐため、ビルの躯体にそのままカーペットだけ張っていました。

 

 しかし、音楽を流している間は気にならないのですが、地下鉄の走行音に加え、床下からリバーブのような響きも戻ってくるので、床に木材と石膏ボードを直張りして補強することにしました。もともと、こうなることを予測して設計していたので工事に問題はありません。

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コンクリート+カーペットの床からカーペットを剥がし、木材と石膏ボードの床板を張る。地下のピットで起こる響きや地下鉄の走行音のカットを狙ったものだが、低域の暴れの抑制にもなった

 次に、サブウーファーを鳴らしたときの低音の暴れ方がすごく、吸音を増やす必要が出てきました。普段僕らが使うニアフィールド・モニターなら低域(40〜50Hz)は問題無いのですが、PMC Twotwo Sub2の最低再生周波数は25Hz。25Hzの1波長は約13.6mです。低域は360°広がると考えると、想像しただけで部屋の中はものすごいことになっています。正直ここまで暴れるのは想定外でしたが、対策として部屋を遮音し過ぎないようにし、極力低音を逃すような造りにしていました。

 

 また壁の3面は追加で工事できるように人が入れるスペースを確保していたので、正面の裏にびっしりグラスウールを詰める工事をしました。天井もやりたかったのですが、さまざまな配管が走っており、人が完全に入れないので、一部分は断念しました。

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躯体の壁(左側のブロック)とスタジオの壁の間にグラスウールを詰める。後から調整できるように、全面をポリエチレン・フィルムでパックした製品を意図的に使っている。空気の流れも考慮

 しかし、床に木材を入れたことが相まってか、低音への効果はかなり感じられました。工事後、音を出して“おお〜!と全員がうなったほどです。こうした工事、プロの施工会社の方々からしたら当たり前のことかもしれませんが、こんな素人みたいなことを、わいわいやりながら改装しています。あらためてプロの方々のありがたみを感じます。

 

 まだまだ改善の余地はあるので、どうしようかと思っていたところMOOFのインシュレーター、Powercellに出会います。連載でも、僕はあまりこのような製品に頼らない部屋を造ることを目標だと記してきましたが、Webサイトで振動反応や残響テストのデータなどを見るに、これは良い効果があるのでは?と確信。テストしたところ一聴して分かる違いに驚きました。出音は多少つまらない音になったかもしれませんが、ミキシングはやりやすくなったと思います。

 

低域の定位偏りを解消すべく
サブウーファーを追加発注

 次にサブウーファーの数。現在1台なのですが、1台だとどうしても右か左に置く場所が偏ります。設置位置は、部屋の中央で音を出してみて、一番特性の悪い場所(低音がたまる場所)に置くという方法が昔からあるそうです。そうするとやはり右のコーナー寄りに置きたくなる。しかしそれではいくら指向性の感じにくい低音といえど、僕には右から音が聴こえてしまいます。なので、逆サイドにもサブウーファーを対にして置きたいのです。

 

 Twotwo Sub2追加の効果は一度デモをして確認済みなので、追加発注することにしました。お金はかかりますが、低音は一番大事。2台にすることで部屋のモードも変わります。しかし受注生産のため、納期まで3カ月です。海外のDolby Atmosスタジオを見ると、このTwotwo Sub2が4台積まれています。この4台構成、解説は省きますがとても理に適っているのです。

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SONARWORKS SoundID Referenceでの測定結果。サブウーファーが部屋の右側にあるので、40〜200Hzの低域の再生特性において左右の対称性が崩れている。この解消を目指してサブウーファー2台体制に向けて準備中。なお、ステレオ・モニター環境では音を聴きながらスピーカーの位置調整などを行うのが常だが、Dolby Atmosの場合、スピーカーの角度や位置が厳密に決められているため、そうした方法が採れない。そのために今回のような対応をしている

 最後にスクリーンですが、残念ながら、まだ設置できていません。ありがたいことに格安で譲っていただいたのですが、取り付け金具が欠品しており、海外のメーカーも無くなっていて、日本の元代理店にも当然無く、金具だけ入手することができません。現在板金加工業者を当たってもらっています。気軽に頼める近所の板金業者に知り合いが欲しいです。なので、暫定策として40インチの4Kディスプレイを導入し、とりあえずしのいでいます。

 

 先日、イマーシブ・オーディオの権威的な方にお会いして、ミックスを聴かせていただきました。とても感動したとともに、自分との力の差を痛感し、刺激をもらいました。同時に、現在Apple Musicの空間オーディオはイアフォンやヘッドフォン主体ですが、やはりスピーカーで体験してもらいたいなと強く思いました。僕のスタジオはAPPLE Apple TVとDENONのAVアンプ+モニター・システムで聴くことができます。最近いろいろな方から連絡をいただいていますが、少しでも立体音響の感動が伝わればうれしいです。

 

古賀健一

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【Profile】レコーディング・エンジニア。青葉台スタジオに入社後、フリーランスとして独立。2014年Xylomania Studioを設立。これまでにチャットモンチー、ASIAN KUNG-FU GENERATION、Official髭男dism、MOSHIMO、ichikoro、D.W.ニコルズなどの作品に携わる。また、商業スタジオやミュージシャンのプライベート・スタジオの音響アドバイスも手掛ける。
Photo:Hiroshi Hatano