避けては通れないお金の話 〜【第11回】DIYで造るイマーシブ・スタジオ 古賀健一

 先日、次のDolby Atmos案件の依頼があり、初めての会場でレコーディングをしてきました。今まで経験の無いジャンルなので、ミックスがとても楽しみです。さて今回は、みんなが気になるお金にまつわる話を書いてみようと思います。現在、独立7年目、会社を設立して第1期が終わったところです。

法人を設立し銀行口座を開設
ただそれだけのことの難しさ

 Dolby Atmosのスタジオを造る(改修する)のに一番必要なものは、“お金”でした。しかし僕自身、貯金をしない主義&修行中のスタジオ・アシスタント時代は安月給なので、貯金なんて到底できません。なので改修事業のためにお金をコツコツ貯めたりはしていません。サンレコの特集「プライベート・スタジオ2019」(同年1月号)でも話したのですが、1プログラム1機材を心情としていますので、いただいた報酬は基本、そのアーティストの作品のために使うと決めています。よって、恥ずかしながら自転車操業をしながら、7年やってきました。

 

 でもなぜか、周りから“稼いでるでしょう?”“儲かってるでしょう?”とか言われます。正直、エンジニアは儲かりません。スタジオを持った理由も、予算が少なくても良い作品を作りたかったからです。

 

 さて、スタジオを造るためにまずお金を借りる必要がありました。それには社会的信用が必要です。なんて言ったって僕らは“自称レコーディング・エンジニア”。国家資格も何もありません。そんな世の中の信用が無い人間に真っ当な社会はお金を貸してくれません。

 

 そこで会社を作ることにしました。設立は2020年11月(令和1年11月1日……ただの1並びにしたかっただけです)。設立のお金も正直ありませんので、費用を少しでも抑えられる合同会社にしました。貯金が無いので、資本金もめちゃくちゃ少ないです(資本金の大切さも後に痛感します)。

 

 設立の手続きは、その1年前から確定申告を依頼していた税理士事務所にお願いしました。音楽業界に理解のある、とても頼もしい事務所です。

 

 設立後、最初にやったのは法人口座を作ること。大手銀行の口座の方が信頼度が上がるということを知り、三井住友、みずほ、三菱UFJ、りそなを回ります。過去5年分の個人事業主としての確定申告書、定款、消費税申告書などを持参しましたが、会社としての決算書も無いので、あっけなく全敗しました。しまいには、会社からの最寄りは違う支店なので、そちらに行ってくださいとも言われる始末。そんな中、個人メイン・バンクだった三菱UFJ銀行のとある支店だけ、前向きに話を聞いてくれました。

 

 12月30日に実家へ帰省し、福岡城を一人で探訪していたとき、銀行から電話がかかってきます。どういう仕事をしているか、本当にそういう仕事があるのか、もっと詳しく教えてくださいと。最後は、今までのインタビュー記事、CDクレジット、メジャー会社からの振り込み履歴などありとあらゆる資料を審査に提出。口座開設の承認が降りたのは2月頭でした。何と提出から3カ月近くたってしまったのです。その間は簡単に作れるゆうちょ銀行の法人口座でしのぎました。実はこの店舗、独立した当初、融資をお願いしに行って、あっけなく断られた支店なのですが、今回は優しかったです。

 

 また会社設立1年目なのに三菱UFJがメイン・バンクということで、会社としての信頼を得ることもありました。本当に世の中の仕組みを知らな過ぎます。

 

“音楽制作という仕事”に理解があるかどうか
銀行/公庫/行政の融資担当者に恵まれる

 法人口座ができたところで、日本政策金融公庫に運転資金を借りるための準備に入ります。担当税理士とともにDolby Atmosの将来性やスタジオ改修の可能性を、企業概要書、事業計画書にまとめ、見積書を集め、多く見積もって2,500万円の新創業融資制度の申請をしました。

 

 しかし、残念ながら1年目の会社に2,500万円なんて貸してくれません。担当者いわく、どれだけ頑張っても1,000万円が限界とのこと。この金額では高額なDolby Atmosの機材まで資金が回りません。季節は2020年3月、ちょうどコロナ・ウィルスの脅威が日本にも入ってきており、金融公庫との面接の週頭に、安倍首相(当時)が事業者への支援を国会で述べた後でした。その概要はまだ決まっていませんでしたが、奇跡的に1,000万円(改修費)+500万円(運転資金)の申請ができました。このとき既に多数の申請が来ているらしく、審査結果が出るのは5月になるとのことでした。

 

 結果は寝て待つしかありません。でもお金はまだまだ足りません。皆さんも体験したように世の中は止まり、去年の今ごろはレコーディングの仕事もすべて無くなりました。3カ月以上の無収入。そんな中、融資や助成金をいろいろ調べていたところ、国ではなく、区の方で500万円までのあっせん融資を見つけます。

 

 スタジオ改修をどんなに節約しても1,500万円はかかると踏んでいましたが、国から借りたお金を全額使っては、コロナで仕事が無くなった当時、スタジオの固定費が払えなくなります。僕のスタジオ規模でも家賃、光熱費、税金、保険など、最低でも1カ月に60万円は出ていきます。スタジオをやっていてすごいね!?とか言われますが、僕の規模でも結構かかるんです。改修どころか、あのときの状況はスタジオか自宅のどちらかを手放すところまできていました。

 

 1年前、最初の緊急事態宣言が出たときには、“もって半年だな”と思いましたが、ここであきらめては意味が無いので、追加で融資申請することに。このやり取りは税理士事務所には頼まず、基本自分でやりました。銀行と中小企業振興センターの往復。膨大な書類と銀行とのハンコのやりとり……しかし不思議なことが起こります。区の担当者が元テレビ局のADで業界に理解があり、銀行の担当者の妹が僕のかかわっていたアーティストの同級生、金融公庫の担当者は僕が専門学生のころ少しお世話になったレコーディング・エンジニアの友人。こんな方々に恵まれて、なんとか合計2,000万円の資金調達ができました。

 

 大金を手に入れたように見えますが、これは返済しないといけないお金。利子は多少優遇されていますが、既に月の返済は始まっています。協力金や給付金があるじゃないか?と思われる方もいますが、これは運転資金として、もしものために使わずに取ってあります。スタジオを造っても倒産したら意味無いですから。

f:id:rittor_snrec:20210517145958j:plain

日本政策金融公庫に提出する“新型コロナウイルス感染症特別貸付”申込み書類のフォーマット(一部)。左から、借入申込書、新型コロナウイルス感染症の影響による売上減少の申告書、自己申告書。そのほか2期分の確定申告書または決算書、設備資金のための見積書、法人の場合は登記簿謄本などが必要となる。これらを持参して面談し、融資の可否が決定される。何度も書くが資金を“借りるため”の書類と手続き

 ありがたいことに今、イマーシブの仕事を幾つかやっていますが、正直まだトライアル&プレゼン段階で、特別お金にはなっていません。スタジオやエンジニアへの値引き交渉は相変わらずですし、投資した分のスタジオ代を上乗せすることもできません。もちろん業界全体が苦しい時期、手と手を取り合い、協力して乗り切るしかないので、そこは助け合いです。僕自身、あと1年は確実にこの状況が続くと思っています。

 

 弱小会社にどこまでできるか分かりませんし、借金は今後も増えるかもしれません。しかし、人間は生まれたときから、終わりに向かって生きています。明日、自分がどこかで事故にあうかもしれません。だったら後悔の無いように、やれるだけやってみようと思っています。何かを次の若い世代に引き継げたら、本望です。

 

古賀健一

f:id:rittor_snrec:20210316224818j:plain

【Profile】レコーディング・エンジニア。青葉台スタジオに入社後、フリーランスとして独立。2014年Xylomania Studioを設立。これまでにチャットモンチー、ASIAN KUNG-FU GENERATION、Official髭男dism、MOSHIMO、ichikoro、D.W.ニコルズなどの作品に携わる。また、商業スタジオやミュージシャンのプライベート・スタジオの音響アドバイスも手掛ける。
Photo:Hiroshi Hatano