分からないことは素直に聞くべし 〜【第3回】DIYで造るイマーシブ・スタジオ 古賀健一

 Dolby Atmosのスタジオを作るにはどうしたらいいのか? 多分、皆さんも分からないでしょう? 僕も正直、分かりません。当初の試行錯誤の様子を、今回は記してみたいと思います。

自主施工=ヒントが無いので
Dolby Japan中山尚幸さんに会いに行く

 一つだけ確信していたことは、良い音響の部屋を造るということだけ。しかし、僕は2chのスタジオで育ちました。音は前方のL/Rスピーカーから再生されます。5.1chだと、センター・スピーカーと、斜め後ろ110°からSL/SRの2ch、さらに低音用のサブウーファーが加わりますが、数は増えどもあくまでL/C/Rが基本なので、前から音が出ると考えられると思います。ここまでの施工ならば大体想像が付きますが、Dolby AtmosとなるとNetflixにも対応するべく、最低でも7.1.4chが必要です。

 

 ポイントは天井から4本のスピーカーがリスニング・ポイントに向かって鳴ること。その先は床です。12chもの音をどう部屋で処理すればよかとね?と思わず博多弁のクエスチョン・マークが出ます。

 

 2014年、TOHOシネマズ日本橋のスクリーン4に都内で初めてDolby Atmosの劇場が完成してから、映画館には勉強のために何度も足を運んでいます。7.1chシステムは持っていましたが、賃貸物件では気軽に天井スピーカーを設置できません。MOVIXさいたまや丸の内ピカデリーにできたDOLBY CINEMAを筆頭に、音が良いと聞けば海老名にも幕張にも、同じ映画を観に行きます。しかし、自分が造れるスタジオは、映画のミックスをするダビング・ステージのような広いスペースではありません。まずは、どうスピーカーを配置するべきか? その疑問が湧きます。

 

 分からないならば、造ったことのある人に素直に聞いてみよう!と思いました。スタジオ造りに興味のある僕は、まずどこの施工会社がDolby Atmos対応のスタジオを造っているのかを調べます。ソナ、日本音響エンジニアリング、若林音響……やはりこの3社でした。しかし今回、最大のコンセプトは“スタジオ施工会社を通さずにスタジオを造る”ということなので、必然的にその選択肢は消えます。

 

 システム周りの実績があるのはROCK ON PROとタックシステム。最後にDolby Japan。映画のエンド・ロールでよく河東努さん、森幹生さん、それに中山尚幸さんのお名前をお見かけします。

 

 片っ端から思い付く限りの交流のある方に事情を説明し、疑問を投げかけます。そこで最後に出てくるのは、Dolby Japan中山さんのお名前でした。これはもう会いに行くしかないと思い、サンレコのDolby Atmosイベントをきっかけに、東銀座のDolby Japanに突撃。素直に“今からDolby Atmosのスタジオを作りたいんです、どうしたらいいですか?”とお話を伺いに行きました。

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今年1月に行われた、サンレコ主催のDolby Atmosセミナーに登壇したDolby Japanの中山尚幸さん(本誌4月号より)
Photo:Hiroki Obara

 中山さんは、真冬の寒い日に快く会ってくださり、Dolby Atmosの可能性、音楽業界への希望、若い世代への期待、技術的な知識などをお話しいただきました。そしてDolby Japanのショウルームでいろいろなジャンルのサウンドを試聴。ついつい長居してしまいました。

 

 その一方、“会いに行かないと分からない”という結論にたどり着くまでに自分なりに勉強してみてはいたのですが、中山さんの圧倒的な技術と知識の前に、自分の無知も痛感した日でした。

 

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Dolby Atmos Home Certificationに
極力近いスタジオを目指す

 さかのぼること2019年秋。Inter Beeの季節。僕は映画『青くて痛くて脆い』(今年8月公開)のサラウンド・ミックスを担当していた関係で、音楽プロデューサーの菊地智敦さん(Right Tracks)、作曲家の坂本秀一さんと角川大映スタジオのダビング・ステージに入り浸っていました。本当は音楽のミックス・エンジニアが全日程行く必要も無いのですが、こんなに学べるチャンスはまたと無いと、毎日スタジオに通うことになります。

 

 スタジオグリーンバードのIR収録を一緒に行った録音技師の冨田和彦さん、音響効果技師の岡瀬晶彦さん、角川大映のエンジニア田中修一さんとの出会いもこの映画です。

 

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 ちょうど角川大映のMA/ADRルームが、日本音響エンジニアリングによる改修でDolby Atmosに対応したときでした。興味津々の僕は毎日のように田中さんに質問します。しかし先述のように、薄っぺらな知識の僕には田中さんの解説の半分くらいしか理解できません。分からないことはメモを取り、調べてまた質問する。同時にサラウンドの手法を冨田さん、岡瀬さんの真後ろで見られたのも、発見の連続でした。

 

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 Inter BeeでもDolby Atmosの情報や展示が多く、タイムリーな話題を同時期にたくさん体験できたのは、今考えればとてもラッキーだったと思います。

 

 サラウンドをやればやるほど、音楽スタジオと映画スタジオの経験は、全く別物の仕事だと感じることが多かったので、2chのミックスにも生きていると思います。

 

 たくさんの方から学ばせてもらった知識を元に、Dolby Japan中山さんを訪ねた僕は、存在は知っていましたが日本にはまだ無いDolby Atmos Home Entertainment Studio Certificationに極力沿ったスタジオ造りを決心します。

 

 既にできていた図面を設計士のリビング・アイ池田和史さんに描き直してもらい、スタジオを造る前からDOLBY本社に設計図を投げ、ITU-Rに準じたスピーカー・レイアウトの相談から、コントロール・ルームの容積まで変更します。さらに1本のスピーカーの重要性、スペックを見直し、構成は9.1.4chを目指すことにしました。

 

 なぜ9chなのか? それはお世話になっている皆様の多くが、9chの重要性や可能性を説いてくださるので、僕はこのご恩に報いるために、ほぼ勢いで決めました。次のリクエストは6chハイト・スピーカーでしたが、これは無理です(笑)。でも、拡張性は持たせておきます。

 

 その後、本当に紆余曲折あってあきらめかけましたが、ワイド・チャンネル(Lw/Rw)の重要性を痛感したのは、この原稿を書いている数週間前のことです 。次回は根本的なスタジオ設計について書いてみようと思います。

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中山さんとの対話を経て、Dolby Atmos Home Entertainment Studio Certifiactionを参考にした平面図。新コントロール・ルームは約4.5m四方の空間となる。設計は一般の住宅建築を手掛ける建築事務所リビング・アイに助力を得た。センターから左右59.9°の位置がワイド・チャンネル(Lw/Rw)

古賀健一

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【Profile】 レコーディング・エンジニア。青葉台スタジオに入社後、フリーランスとして独立。2014年Xylomania Studioを設立。これまでにチャットモンチー、ASIAN KUNG-FU GENERATION、Official髭男dism、MOSHIMO、ichikoro、D.W.ニコルズなどの作品に携わる。また、商業スタジオやミュージシャンのプライベート・スタジオの音響アドバイスも手掛ける。
Photo:Hiroki Obara

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