解体で考える石膏ボードと響きの関係 〜【第2回】DIYで造るイマーシブ・スタジオ 古賀健一

 都内にスタジオを造るには、大きく2パターンあります。スケルトンの物件を借りるか、一度スケルトンの状態に解体してから造り直すか、です。僕の場合は、もともとスタジオとして借りていた物件を使い回すので、一度壊す必要がありました。今回は解体の話をします。

合計50mm厚の石膏ボードを
2人の職人とともにハンマーで打ち砕く

 晴天の日の朝9時、大きなハンマーを抱えた2人の解体職人が、地下へ続く階段を降りてきました。石膏ボードに囲まれた壁に入りハンマーを振りかざすと、ものすごい音とともにブース全体が揺れ、新型コロナ・ウィルスの影響で3カ月遅れてスタートを切ったスタジオ改修の合図が鳴り響きます。

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解体中のXylomania Studioのブース。12.5mm 厚×4枚=50mmの石膏ボードは手強く、想像していた以上に作業時間を要した。本文で触れている“ピッチ”とは壁下地材として使われている軽量鉄骨の間隔のこと。“65型軽量鉄骨スタッド”は断面が65mm×45mmの軽量鉄骨柱材を示す

 こんな爽快なことはなかなか無いと、僕も小さなハンマーを借りて壁と対峙することに。しかし数分後、僕は軍手を買いに近所のおばあちゃんが営む店に駆け込みます。一番分厚い滑らない軍手を買い、何ごとも無かったかのように戦場へと帰還。手は既に、野球部で毎日素振りをしていた中学生のころのように痛いのです。

 

 解体は当初2日間のスケジュールでした。明日の昼過ぎには終わるだろうと思っていた解体のプロたちは、防音のために張り合わされた12.5mm 厚×4枚の石膏ボードの壁に悪戦苦闘。昼前には早々と解体日数4日への変更を余儀なくされてしまいます。アシスタント時代、“セッティングするときは、片付けることをイメージしなさい”と教わりましたが、まさかスタジオ作りでもそれが必要なのか? とさえ思わされました。何事も経験です。

 

 455mm(1尺5寸)ピッチで並んだ軽量鉄骨(“ 軽鉄”と呼ぶ)の柱の間を狙って、分厚い石膏ボードにハンマーを振り下ろしていきます。その中からロックウール遮音断熱材を引っこ抜く作業を繰り返し、白い粉が舞い散る中、床に落ちた石膏ボードの破片を集め、地下から地上のトラックへと人力で運搬。少しでも戦力にならねばと、発注主の僕もみんなと一緒に汗を流します。普段のエンジニア仕事ではあり得ないほどの汗が出る肉体作業を朝からこなすと、意外と清々しく感じました。

 

 分別も意外と大変です。驚くことに石膏ボード専門の回収場所があるそうで、木材や鉄は別々に分別し、ボードの破片だけを回収します。知らないことを知るのは、いつでも楽しいです。しかし、こんなときに一番若いであろう僕のアシスタントは居ません。なんだかなぁ? と思いながら1日が終わっていきました。

 

 最近のスタッド・ピッチ(軽鉄の間隔)は303mmが主流だと聞きましたが、解体した僕のスタジオ構造は、65型軽量鉄骨スタッドを455mmピッチで並べ、その上に12.5mmの石膏ボードを4枚張り合わせてありました。初めて聞いたらなじみのない用語ですが、いつかマイ・スタジオを造るときに、この呪文のような言葉を思い出すことがあるかもしれません。

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12.5mm厚の石膏ボード3枚分。実際に壁に張られていたのは4枚分なのでさらに厚い

  僕が最近監修した、とあるスタジオは、スタッドの間隔も、軽鉄のサイズも、石膏ボードのサイズもすべて、スタジオ施工会社と意見交換して造りました。音は目に見えないので、目に見えない建築部分もきっとスタジオのサウンドに影響すると考えるようになりました。一度造ってしまった内部構造は、そうそう簡単に変えられません。だからイメージを明確に持って臨むように心掛けます。もちろんトライの精神も忘れずに。

 

コンクリート打ちっ放しの広い空間は
意外とデッドな特性をもたらす

 石膏ボードの壁がはがされると、ビルの躯体があらわになります。しかし、実際は躯体の前にコンクリート・ブロックが積んでありました。この光景を僕は何度か見たことがありましたが、明確な理由は知りませんでした。監督に質問したところ、これはビルの躯体のコンクリートに伝わる水分や、それで発生するカビなどが部屋に入るのをブロックしたりする効果があるそうです。僕らからすると躯体への遮音効果も高まるので、一石二鳥なのかなと?思いました。雨水も地下に吸い込まれていくし、川が近い地下スタジオも梅雨時期は湿気がたまりがち。湿気は楽器にもマイクにも天敵なので、こういう細かな部分もきっと大事なんでしょう。面白い。 

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石膏ボード解体を終えたブース。設計プランは次回紹介する予定。躯体の前にコンクリート・ブロックが積み上げられているのが見える。このブロックは地下階にあるスタジオ内への水分侵入を防止する効果があるという。遮音性能も高まっていると思われる

 そして、解体に伴ってすごく良い知見を得ました。それは石膏ボードの反対側の素材が変わるだけで、格段に良い音に感じるということです。

 

 僕は田舎の土壁の家(もちろん木造の和室)で育ったからか、石膏ボードで囲まれた部屋の音が苦手です。石膏ボードの残響音が鈍いという感覚を持っています。

 

 解体したこの部屋はもともと正方形に近い構造の、定在波が発生しやすい録音ブースでした。遮音&防音をして音を閉じ込めており、さらに解体に合わせて表面のグラスウール吸音材もすべて外していました。しかし、4面ある壁の2面、しかも石膏ボードの対面がコンクリート・ブロックになっていくだけで、どんどん音場が落ち着いていくのです。

 

 この逆の経験は、実はありました。コンクリート打ちっ放しの広い物件は想像よりデッドで、その中に石膏ボードの小さな部屋を作るだけで、ミックスしにくい余計な残響が発生していく、ということが以前あったのです。壁に角度を付けたらもちろん緩和されますが、違和感のある質の響きは、やはり石膏ボードの重ね技による部分が大きいのかなと。また一歩、長年の違和感の答えに近付きました。

 

 そんな実りの多い解体初日から4日間、朝7時起きで8時にスタジオに行き、解体作業を行いました。エンジニアにあるまじき健康的な生活です。

 

 正直まだまだ書きたいことが山ほどありますが、文字数は限られているので、解体編はここまで。次回は何を書こう? ……そんなことを考えながら、日々過ごしています。音響のこと以外にもさまざまな気付きがあります。

 

古賀健一

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【Profile】 レコーディング・エンジニア。青葉台スタジオに入社後、フリーランスとして独立。2014年Xylomania Studioを設立。これまでにチャットモンチー、ASIAN KUNG-FU GENERATION、Official髭男dism、MOSHIMO、ichikoro、D.W.ニコルズなどの作品に携わる。また、商業スタジオやミュージシャンのプライベート・スタジオの音響アドバイスも手掛ける。Photo:Hiroki Obara

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