すべてが10chの処理負荷と戦う機材 〜【第8回】DIYで造るイマーシブ・スタジオ 古賀健一

 実家の玄関の東側に、祖父が大切に育てていた梅の木が今年も奇麗なピンク色の花を付けました。昔からよく言われていた、人と人とのつながりの大切さを学ぶシステム構築の日々を2回に分けて書きます。

スピーカーのアナログ接続vsデジタル接続
マルチチャンネルでこそ分かる大きな違い

 2020年12月、建設工事と電気工事が終わり、音出しに向けてワイアリングやシステム構築を始めます。機材費予算の配分として考えていたのは、スピーカー、オーディオI/O、APPLE Mac Pro、DOLBY HT-RMUの順に、必要になったらその都度そろえていこうと思っていましたが、すべてそろっていないと全然仕事にならないという事実が判明し、全部買う羽目になりました。

 

 スピーカーは前回書いたようにPMCの9.1.4chシステムになりました。TwotwoシリーズはDSPを内蔵しており、入力端子が複数あります。まずはデジタル(AES/EBU)でつなぐか、アナログ(XLR)で接続するかを決めるべく、7.1chで聴き比べをしました。

 

 最近のスピーカーはDSPを内蔵しているものが多く、アナログで送っても一度ADコンバートされて、アンプ部分でデジタルになります。DSP補正同様、その処理を苦手とする人も多いと思いますが、百聞は一見にしかず。冷静に見極めるべく、両方の接続を試しました。

 

 その差は自分の想像以上に歴然としていました。2chではあまり感じない差でしたが、マルチチャンネルの場合、デジタル接続の方が、明らかに音のフォーカスや解像度、スピード感、すべてが数ランク上がりました。

 

 よってオーディオI/Oには、9.1.4=14ch分のAES/EBU出力を搭載することが決まります。

 

 次にオーディオI/Oです。ステレオ時のメインはAPOGEE Symphony I/O MKII、カードは2018年に登場した第3世代に当たる2×6 SEを使っています。DACチップはESS ES9028Pro。D/Aに関しては低ひずみが好きなので、発売以来とても信頼していますが、Dolby Atmosのためにはマスターを録音するHT-RMUに信号送るため、129ch(ベッド10ch+オブジェクト118ch+タイム・コード1ch)のアウトプットが必要になります。

 

 しかし、Symphony I/O MKIIは1台で32chまでしか扱えませんし、このチャンネル数を送るにはDanteかMADIしか現実的ではありません。しかもDanteもMADIも1系統が64chのため、ポートがさらに2つ必要となります。このような条件をクリアするには自然とAVID Pro Tools|MTRXが必要となってきます。

 

 今はここまで準備しなくても、Dolby Atmos Production Suiteを数万円で購入し、Dolby Audio Bridge(Core Audio)で接続したら手軽にDolby Atmosミックスができるようになりましたが、HT-RMUが無いとAVID Pro Tools|HDXのDSPによる恩恵を得ることができず、CPUにかなりの負担がかかってしまいます。トラック数の少ない仕事なら問題ないのですが、僕のように256trを超えるような大規模なライブ作品のミックスをしたいとなると、実際Dolby Audio Bridge(Core Audioを使用)では満足な動作を得ることはできませんでした。

 

 よってHT-RMUと接続するべくPro Tools|MTRXを導入。構成はDigiLink I/O増設(128ch対応)、MADI オプティカル増設(RMU用128ch)、Dante(64ch)、AES/EBU(本体標準搭載:スピーカー用16ch)、SPQカード(スピーカー・チューニング用)というフル・デジタルのI/Oが完成しました(8chのA/DとD/Aも念のため装着)。タイム・コードに関してはAVID Sync HDのLTC OUT、もしくは余ったAES/EBUからプラグインで出力します。

 

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想定を超える処理負荷の高さは
Mac Pro+HDX Core×3で補う

 次の問題はMacです。長年APPLE Mac Miniをメインに使ってきましたが、これもDolby Atmosミックスには完全に力不足になってしまいました。当たり前ですが、Dolby Atmosでは1trで10ch(7.1.2ch)を扱います。AUXトラックを1つ立ち上げても、10ch……つまり10ボイスです。Dolby Atmos対応のリバーブ、またアップ・ミックス用のプラグインも10chになってしまいます。

 

 さらに映像も出力します。AVID Pro ToolsのVideo Engineではコンピューターへの負荷が大きく、映像用にNON-LETHAL APPLICATIONS Video Slave 4Proを導入。ついにはMac Proを買わざるを得なくなります。結果、16Core 3.2GHz CPU、48GB RAM、2TB SSD、GPU 16GBを選択しました。

 

 正直に言えば、このMac ProのスペックならばDolby Audio Bridge(Core Audio)接続でミックスできるだろうと思っていましたが、実は全然ダメでした。Core Audio依存ではPro Toolsのミキサーへの負荷も大きく、再生すると数秒でCPUが振り切ってしまうことに。Pro Tools|HDXにするとミキサーの処理がDSP負担になるので一気に安定します。あんなに高いと嘆いていたHDX Coreカードですが、さすがの安定感でした。ごめんなさい。

 

 またHDX Coreカード×2で48kHz/512ボイスの再生可能ですが、これまたトラックが足りなくなります。HDX Core×3に増設し、768ch対応にしました。

 

 最後にHT-RMU。余ったMac Mini 2018をDolby Atmos Renderer専用機とし、RME HDSPE MADI FXでPro Tools|MTRXからMADI信号を受けて戻します。録音媒体はもちろん外部のSSDです。

 

 これにより、ようやく一つの安定したDolby Atmosシステムが構築できました。このシステム構築にかかった時間はほぼ1カ月、動作が安定するまで、毎日のようにROCK ON PRO、Dolby JAPAN、オタリテックの皆さんに支えてもらいました。恐ろしいことにフル・デジタルで組んでいるので、一歩間違えると音が全く出なくなります。さらに、普通のステレオ仕事に簡単に戻れない。ステレオをやるとDolby Atmosに戻れない。今後どう両立するか、悩みがまた増えてしまいました……。仕事をしながら課題をクリアする日々を過ごしています。ではまた次回。

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システムのルーティング図。扱っているチャンネル数が多い割に、図中の配線が少ないのは、デジタル・マルチチャンネルで扱っているからこそ。筆者の場合はライブ映像作品のDolby Atmosミックスを想定しているので、どうしても規模は大きくなる

古賀健一

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【Profile】レコーディング・エンジニア。青葉台スタジオに入社後、フリーランスとして独立。2014年Xylomania Studioを設立。これまでにチャットモンチー、ASIAN KUNG-FU GENERATION、Official髭男dism、MOSHIMO、ichikoro、D.W.ニコルズなどの作品に携わる。また、商業スタジオやミュージシャンのプライベート・スタジオの音響アドバイスも手掛ける。
Photo:Hiroki Obara

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