DIYで造るイマーシブ・スタジオ 古賀健一 第5回 壁構造と残響の関係について

 僕には、ある目標があります。それは大手スタジオを独立していく若いエンジニアや、才能あふれる作家、さまざまな事情で東京以外に住む必要がある方々が、気軽にマイ・スタジオを持てるようにすることです。クオリティの高いコントロール・ルームでストレス無く音楽を創造してほしいし、東京以外でももっとレコーディングをしたいという希望があります。そんな考えでたびたび助力をいただいているサーロジックの村田研治さんとの、スタジオ造りを少し紐解いていきます。

失われた日本の名スタジオ
その響きを作った名匠とのタッグ

 僕が青葉台スタジオに勤めていたころ、よく耳にした話があります。溜池の東芝3stとソニー信濃町スタジオの音が良かったという話です。残念なことにどちらのスタジオも残っていませんので、次の世代のエンジニアはこの音を一生体験することはできません。また僕自身もこのことを次の世代に伝えられません。

 

 ソニー六本木スタジオの図面は比較的鮮明に残ってます。信濃町はそれより大きく、ライブなブースもあったそうです。そんなソニー信濃町スタジオを造ったのはトム・ヒドレー。僕の育った青葉台スタジオの基本設計もこの方です。そのほかにもFREEDOM STUDIO INFINITY、伊豆スタジオなど、ヒドレー氏の痕跡は今も日本にあります。また彼の代表作であるハリウッドのウェストレイク(1970年代設計)へ2019年に行けたのはとても良い経験でしたし、青葉台スタジオ出身の僕にはどこか懐かしさを感じました。

 

 一方、1982年に東芝3stを造ったのは、当時の東芝のエンジニアであった村田研治さん(SA-LOGIC)と日東紡音響エンジニアリング(現:日本音響エンジニアリング)です。まだデッドなスタジオが多かった中、50人規模の大編成やストリングスのレコーディングも可能な広いスペースと4.5mもの高い天井、分厚い無垢材を使用したフローリング。音の反響を考慮した結果あえて壁面に焼きレンガを使って、特にドラムの音が気持ち良く鳴るスタジオを目指したそうです。宇多田ヒカル「Flavor Of Life‐Ballad Version‐」のミュージック・ビデオでその雰囲気はうかがえます。

 

 信濃町も溜池もどちらもコンソールはNEVE 8078で、これがサウンドの秘けつだという方も多いですが、きっとスタジオの響きが大きく関係していると思います。

 

 そんな村田さんと僕がここ数年何を探求しているかというと、どうやったら誰でも気軽に高クオリティのコントロール・ルームを作れるか。既に村田さんは数百を超えるオーディオ・ルームのルーム・チューニングでの知見を得ていて、それをゼロベースから実現するMatrix Kitを作っていました。

 

 そのMatrix Kitをもっとシンプルに誰でも組み立てられるように改良し、スタジオ造りに応用できないか?というのが僕らの考えです。このキットを、今回のイマーシブ・スタジオにも壁面に導入しています。

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壁面にSA-LOGICのMatrix Kitを施工。測定しながら3種類のパネルを組み合わせ、残響特性を調整していく

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6°の傾きがある特殊な加工が施されたツガ材によるSA-LOGIC Matrix WaveをMatrix Kitの上に施工

壁の振動が低域の残響の原因?
DSP測定を利用して特性を解析する

 良い音のする部屋を造るには、響きが重要です。まず、フラッター・エコーを起こさないこと。次に、壁振動を出さないこと。そして中低域を吸音すること。最後に、遮音性能を高め過ぎず、低音を逃すもしくは吸音すること。音楽ホールやスタジオのコントロール・ルームには理想的な残響時間があります。それを求めるために、残響音、振動音をコントロールすることはとても重要です。

 

 昨今、スタジオで急激に増えているのは100〜300Hz辺りの過剰な残響音(壁振動)です。我々は、石膏ボードと軽鉄(軽量鉄骨)の基礎、そして貧弱な浮床構造がこれの原因となっているのではないかと考えています。

 

 しかし、前回述べたように、工期やコスト、もしくはスペースのことを考えると、石膏ボードや軽鉄はとても便利です。実際、僕が監修したVersion Studioもこれで造っています。しかし、そこは目に見えない工夫を凝らし、なるべくこの症状が出にくいように心掛けました。石膏ボードがダメなわけではありませんし、要は使い方次第だと思います。施工中の僕のスタジオでも、遮音部分の隠し味に使っています。

 

 ところで皆さん、SONARWORKS ReferenceやIK MULTIMEDIA ARC、またはGENELECのGLMシステムで、ご自身のスタジオを測定したことがありますか? もしまだの方がいたら、ぜひ体験してみてください。

 

 DSP補正は賛否両論ありますが、宅録に関して言えば僕は賛成派ですし、エンジニアには積極的に測定してみてほしいと思っています。いろんな意味で、結構びっくりします。

 

 実際に僕は国内販売が始まってすぐにSONARWORKSを買いました。DSP補正したいのではなく、測定結果と自分の耳での音の印象を照らし合わせたいから。そしてその一致したポイントをルーム・チューニングで根本的に解決していく手法を採るためでした。ただ、こうしたシステムはあくまでも伝送特性を見ているもので、残響特性は出ませんので、そこは注意してください。しかし、残響特性が長い帯域は、何かしら伝送特性も悪影響を及ぼします。

 

 今回は基礎を組み立てながら、村田さんと何度か残響特性を測りました。目指すところは150Hz周辺は0.2〜0.3s以下、100Hzから下は0.4〜0.6s以下になだらかに上昇させることです。つまり、低域で残響が長くなるポイントを100Hzからにしたい、というのが目標となっています。

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村田氏の考える、スタジオ残響時間の周波数特性推奨曲線。縦軸の“比率”は、スタジオでは1.0=0.25s。重要なポイントは、150~200Hzの残響時間が100Hz/500Hzより短いことだという

 しかし、ここまで残響特性を突き詰めると“音楽を作る”上では少し楽しくない部屋になるでしょう。ドラマー兼作曲家でもあるmabanuaさん(Ovall)の自宅スタジオにかかわったときは、音楽を作る上でもテンションが上がってほしいので、少し長めの残響にしています。その方が気持ち良く楽器に向かうことができるからです。

 

 僕のスタジオも施工途中に、正面の柱を追加して強度を増やしたり、壁材の役割の組み合わせも測定しながら決めていきました。また施工後も修正できるように、壁裏に人が入れるスペースを確保しています。間も無く壁材が張り終わります。その後のデータが楽しみです。

 

 

古賀健一

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【Profile】レコーディング・エンジニア。青葉台スタジオに入社後、フリーランスとして独立。2014年Xylomania Studioを設立。これまでにチャットモンチー、ASIAN KUNG-FU GENERATION、Official髭男dism、MOSHIMO、ichikoro、D.W.ニコルズなどの作品に携わる。また、商業スタジオやミュージシャンのプライベート・スタジオの音響アドバイスも手掛ける。
Photo:Hiroki Obara

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