2月に銀座王子ホールで録音した『僕らのミニコンサート』、3月27日に沖縄からの生配信による『国際女性デー HAPPY WOMAN MUSIC FESTA 2021』を、それぞれU-NEXTからDolby Atmosで提供する仕事が無事完了しました。スタジオを造る当初、Dolby Atmosの仕事なんて一つも無いまま見切り発車したのですが、 前回触れたOfficial髭男dism『ONLINE LIVE 2020 - Arena Travelers -』を皮切りに、既に3タイトルにかかわらせてもらい、とてもありがたいです。
AVアンプはチャンネル数で最上位機を選択
STBは配信の都合で複数導入
さて前々回に続きシステム構築です。Dolby Atmosの作品を作っていくためには、自分自身がたくさんの作品に触れていく必要があります。映画でもいいので、スタジオで手軽に聴ける環境を構築する必要があると考えました。
スタジオにCDプレーヤーがあればステレオの音を再生することはできますが、Dolby Atmosは、Blu-rayプレーヤーやAPPLE Apple TVなどのSTB(Set Top Box)とAVアンプなどが必須です。
中心となるシステムはやはりAVアンプ。商用スタジオにはMARANTZ AV8802A(生産完了)の導入が多く、これに着目します。理由は11.2chのXLRアナログ・アウトが付いているからです。同じ理由でYAMAHA CX-A5200(330,000円)も挙がります。
しかし、どちらのアウトプット数も7.2.4ch。僕のシステムである9.1.4chでのLw/Rwの勉強ができません。恥ずかしながら、まだLw/Rwの力が発揮される映画作品の経験はありませんが、ここを知らないと始まらないと思っています。
そんな中、ヘッドフォンでお付き合いのあるDENON AVC-A110(748,000円)とAVC-X8500H(528,000円)を見つけます。早速ディーアンドエムホールディングスの田中清崇さんに連絡。MARANTZも同じグループなので、両ブランドの特徴を調査します。
DENONの両機は、15.2chのプリアウトを搭載し(同時出力は9.2.4または7.2.6ch)、AVC-A110に関しては8K映像に対応。正直、現時点で世界最強です。田中さんに相談したところ、この連載も読んでくださっていて、“古賀さんのやりたいことには、我々の最上位機種じゃないとダメですよ!”とものすごい勢いで背中を押されてしまいました。実はちょうど、8K&Dolby Atmos生配信の話も耳に入っていて、3作品のミックスを経て、“天井のスピーカーは4chでは足りない、6chだ!”という結論に達していました。
今後、こういう時代が来るということを考慮し、田中さんのお言葉に気持ち良く乗ろうとAVC-A110をスタジオに導入することにしました。Dolby Atmosに限らず、Auro-3DやDTS:Xも手軽に体験できるのも導入の決め手です。
それにしても、なぜこう一つ一つが激高なんでしょうか……。あまりに機材費がかさみ、恥ずかしながら4月初旬現在、資金難で工事は途中で止まっています(笑)。
次にBlu-rayプレーヤー。もともと使っていたCAMBRIDGE AUDIOのユニバーサル・プレーヤーAzur 752BDの購入が2015年だったので、正直買い替えかなと思ったのですが、Dolby Atmos音声を出力できるので続投決定。とはいえ、今はネットの時代。長年Apple TVのユーザーだったので、Apple TV 4Kに買い換えました。『僕らのミニコンサート』が4Kでの配信だったので、映像に全く興味の無かった僕も、自然と4Kの方向に誘導されます。
これで楽しくNetflixやU-NEXTだ!と思っていました。しかしApple TVではU-NEXTのDolby Atmos生配信が非対応でした(パソコンやAndroidでは見られます)。結局、このためだけにAMAZON Fire TV Cubeを購入するという結果に。いや、いろいろあるんですね……。パソコンからの音声もDanteで7.1chまで出せるようにしています。
映画を想定しスクリーン・バックを決断
映像のサイズでミックスの“大きさ”が変わる
実はこの辺までの知識はホーム・シアターを自宅に組んでいた経験があるので、なんとなく分かりました。しかし最大の問題は映像。スクリーン? テレビ? どっちに映すの? 音だけを専門にしてきた僕からすると未知の領域です。もう何でも良いので誰か決めてください!と投げ出したいところですが、分からないことを分からないままにすることは、今回は許されません。プロジェクターとサウンド・スクリーンのお勉強が始まります。
映画は、スクリーン・バックといって、音を透過するスクリーンの後ろにスピーカーがあります(サウンド・スクリーンと呼びます)。一方、ライブ作品のミックスをやる上では、テレビの方がリスナーの環境に近いです。しかし、テレビの前にセンター・スピーカーを置くと、画面の下に来てしまい、音像も下がります。僕の考えていた案はスピーカーの後ろにスクリーンでした。それならば手巻きで、数万円で買えるからです。しかし、世の中そんなに甘くありません。どこまで本気でやるのか、手伝ってくださった皆様の視線を感じます。
Official髭男dismのDolby Atmosミックスはテレビで映像を見ながらやりました。幾つかのスタジオで、スクリーン・バックで試聴する機会が持てたのは完成後です。P’sスタジオにはAR3(テレビ)と、AR1(スクリーン)がありますが、作業をしたのはAR3。なので、スクリーン・バックで聴くのは初めてに近いことでした。
実際音を聴いてみると、L/C/Rの音像の聴こえ方がテレビとスクリーンでは全く違うことに気付かされます。大きな画を見ながらの音の仕上がりと、小さな画を見ながらとでは全然違いました。自分のミックスのスケールが小さいことに、まじまじと気付かされます。技術不足。
僕の目指す方向は映画音楽の仕込みがきちんとできるスタジオです。そのためにはやはり、スクリーンバックだ!!!と決心する決定打になりました。5月くらいにこの工事をしようと思います。候補はTHX認証も取っているEASTONE/KIKUCHI E8Kや同Stewartなど、選択肢は少ないようです。この記事が出るころには決めないといけません。
プロジェクターはEPSON EH-TW8400W(4K)にしました。8Kやないやんけ!というツッコミはご遠慮ください。スクリーンが高価過ぎて、既に限界突破しています……。静音性を確保するため、プロジェクターはスタジオの外に。この静音性の大切さにも、仕事をしていくうちに気付かされます。
同業のエンジニアの方や業界関係者で、Xylomania StudioのDolby Atmosを体験してみたいという方は、SNSなどでぜひ古賀までご連絡ください。ではまた次回。
古賀健一
【Profile】レコーディング・エンジニア。青葉台スタジオに入社後、フリーランスとして独立。2014年Xylomania Studioを設立。これまでにチャットモンチー、ASIAN KUNG-FU GENERATION、Official髭男dism、MOSHIMO、ichikoro、D.W.ニコルズなどの作品に携わる。また、商業スタジオやミュージシャンのプライベート・スタジオの音響アドバイスも手掛ける。
Photo:Hiroshi Hatano