快適なスタジオ空間の鍵はエアコンと換気 〜【第12回】DIYで造るイマーシブ・スタジオ 古賀健一

 おはようございます。眠い目をこする朝7時、いつも記事を書くカフェでレコーディング前にパソコンと向き合っています。前回のお金の話は想像以上に反響があり驚きました。今回は空調&換気周りのことを書いていきます。

スタジオのエアコンは冷房性能を重視
静粛性を上げるためにダクト型を選択

 さて、空調というと、皆さんは真っ先に家のエアコンを連想すると思います。そう、スタジオでも快適に過ごすためエアコンは必須アイテム。夏は涼しく、冬は暖かく適温にしないといけません……と思いきや、違います。スタジオはまず暖房を使いません。録音機材から放出される熱は膨大で、年柄年中エアコンのモードは冷房なのです。真空管やトランス、古い機材の多いスタジオは冷却が追いつかず、設置後にエアコンを買い換えたなんて話もあります。

 

 次に換気。コロナ禍でその大切さについて取り上げられる機会が増えたことにより、皆さんの意識も変わったと思いますが、換気、すごく大事です。エアコンをどんなにガンガン入れて温度を適正にしようと、それは室内の空気をぐるぐる回しているだけ。換気が悪ければ空気は循環されず、居心地の悪い空間が出来上がります。僕自身、田舎ですき間風の多い和室で育ったからなのか、空気が循環しない密閉された場所に長時間こもれなかったりします。

 

 では少し掘り下げましょう。まずは空調(エアコン)分野。小規模のスタジオなら家庭用エアコンの導入事例も多いです。改装前の僕のスタジオでは、エアコンはすべて家庭用でした。選ぶポイントは、部屋のサイズより少し容量の大きなものにしましょう。特にドラマーが大変なことになります(笑)。

 

 一方、業務用エアコンは、天井埋込カセット型、天井埋込ダクト型があります。皆さんがオフィスなどでよく目にするのは4方向天井埋込カセット型です。しかし、古賀のこだわりポイントの上位として、今回の改装では必ず天井埋込ダクト型にすることを決めていました。理由はシンプル。スタジオ内の静粛性を高めるため、空調本体をスタジオの外に出したいという狙いです。

 

 空調と換気はさまざまなパターンがあり、予算が大きく変わる鬼門ポイントなのですが、過去に携わったスタジオのほとんどが予算やスペースの都合上、ダクト式をあきらめてきました。なのでまだまだ勉強中。Dolby Atmosをやるのにも、録音をやるにも重要なのは静粛性です。スタジオには室内騒音(NC=Noise Criteria値)という基準があります。ダクト・タイプを採用すると、NC値をかなり抑えることができます。参考までに、THXの推奨値はNC20以下です。

 

 これに少しでも近付くため、電気工事の星野徹さんと相談し、HITACHI RPI-GP45RGHJ4 てんうめ高静圧タイプ シングル45型を採用しました。“シングル”というのは室内機と室外機の数が1:1の関係であることをいいます。また、使用環境にもよりますが、1.8馬力(45型)は25〜40㎡で使えるパワーとのこと。しかし個人的には少し疑問があって、部屋って立方メートルじゃん?どのエアコンもパワーは坪数とか畳数、平米数で書いていて、それだと参考にならないのでは?と勝手に思っています。

 

 筆者のスタジオにはパワー不足?とも思いましたが、今のところ静粛性も効き方もバッチリです。一年通して24〜25℃で問題なく動いてくれています。

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天井埋め込みダクト型エアコン室内機(左)と、吸い込み口(右上)、吐き出し口(右下)。室内機を部屋の外(ロビー)に設置し、冷やした空気はダクトを通じて吐き出し口から出すことで、モーター音などの影響を回避する。商業スタジオの多くで利用されている方式。今回採用したモデルは、事務所使用での適応面積は26〜39㎡。筆者のスタジオは約4.5m四方=20.25㎡だが、機材の発熱を考慮している

換気は給気と排気のバランスが大切
ダクトの設置方法で外部への遮音性を確保

 次に換気です。これがまた、さらに分かりません。しかし、長年引っかかっていることがあります。小規模なスタジオに行くと、かなりの確率でゴーとかブーンという換気音が入るのです。さて、なぜだろう? 自分のスタジオはそうしたくないという目標を立てました。

 

 換気の方法には給気(吸い込み)と排気(吐き出し)、機械と自然の組み合わせで第1種換気から第4種換気まであります。大事なのは給気と排気のバランス。効率良く換気を行えば、除塵、脱臭、室温調節、除湿といったさまざまなメリットがあります。飲食店の扉を開けた瞬間、ゴーと一気に風が入ってくることがありますよね? あれは、換気扇(排気)のパワーが強過ぎるのです。つまり、スタジオでも換気扇をオンにしたときに、ゴーとかフューとかならないような給気と排気のバランスを目指すことにしました。

 

 また地下のスタジオはカビとの戦いもあります。どうしても防音=空気を閉じ込めるので、地下全体の空気の流れが良くなることを意識しました。

 

 そんな換気の勉強にうってつけだったのが、実は飲食店。行きつけのバーの常連に飲食店経営者が居たので、その方にいろいろと質問していました。焼き鳥屋、ピザ屋、カフェ、中華、いろんな業種に合わせて換気量が違うそうです。

 

 また友人が飲食店を開く際に手伝いをしたことがありました。そこのキッチンは排気量がすさまじく、対面式のキッチンなのに、カウンター席と会話ができないレベルだったのです。その友人に聞いたところ、業者が選定してノー・タッチだったためにそうなったとのこと。もっと質問しておけばよかったと、その友人は後悔をしてました。このような事例とも当てはめてみると、やはり一貫して、施工主にはそこそこ広く浅い知識が必要だなと感じます。

 

 実はスタジオ改修直前に、換気の要となる中間ダクト(一時的にさまざまな部屋の空気を集約して吐き出すもの)が壊れてしまい、買い換えました。大家と業者がいつの間にか安易なものに換えようとしていましたが、ここはスタジオだからこだわらせてくれとお願いし、MITSUBISHI V-23ZMR2という、電子式可変制御技術による風量無段階調整タイプ(25〜100%)に交換。つまり後で風量を調整できる低騒音設計のものにしてもらいました。果たして効果があったのか? 自信はありませんが……(笑)。また消音ボックスのPANASONIC VB-SB153も給気と排気部分に設置し、換気孔からダクトを伝って音が極力漏れないように施行。消音ダクトもウネウネと天井を張り巡らせています。曲げることで、音が効率よく減衰するからです。

 

 機器の選定ができたところで、空調の吐き出し口と吸い込み口、換気の排気孔と給気孔の設置場所を吟味。効率良くスタジオの空気が回るように星野さんと相談して、位置を決定しました。

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中間ダクト・ファンと風量調整ボックス。給気と排気のバランスを取るために、風量がコントロールできるタイプを選択

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消音ボックス(写真中央)と、それにつながるダクト。ダクトは天井裏に複雑なルートを描いて敷設された。曲げることで、スタジオ外へ漏れる音の減衰を狙っている

 こうした空調や換気周りについては、COVID-19の影響で皆さんもより意識するようになったと思います。引き続き快適な空間を目指すため、勉強していきたい分野です。

 

 さて、Apple MusicでDolby Atmos Musicが始まりましたね。モノラルからステレオになった時代が過去にもあったように、時代が進み、サラウンドを飛び越え、ステレオから空間オーディオに移行するのか? 自分自身も積極的に学んでいきたいと思います。今後の音響業界が楽しみです。

 

古賀健一

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【Profile】レコーディング・エンジニア。青葉台スタジオに入社後、フリーランスとして独立。2014年Xylomania Studioを設立。これまでにチャットモンチー、ASIAN KUNG-FU GENERATION、Official髭男dism、MOSHIMO、ichikoro、D.W.ニコルズなどの作品に携わる。また、商業スタジオやミュージシャンのプライベート・スタジオの音響アドバイスも手掛ける。
Photo:Hiroshi Hatano