初めてシンセ・ベースを導入。低域のもたらすパンチへのあこがれ
新曲「(((|||」をリリースしました。多重録音と、新しい挑戦として声以外の要素でシンセ・ベースを初めて使いました(と言っても1音だけ)。マイクはNEUMANN TLM67を購入したので、少し前から使用しています。私は女声なので低い音が出せないことがコンプレックスと言いますか、自分に物足りなさを感じる部分としてずっとあるので、思い切ってシンセ・ベースを入れてみました。締まっていいな~!という印象で気に入っています。ソプラノ/アルトだけだと軽快さとか美しさは出しやすいのですが、ホーリーに聴こえがちなので、いまいちパンチが出せないのがなんだかなあ……。仕方ないのですが、レコーディングするたびにあと1オクターブでも下が出たらいいのに、と思うばかりです。
私はもともと結構下の方まで声が出るので(ピアノの中央ドの1オクターブ下くらいが最低音)、ある程度和音は幅を持たせられるのですが、その1音が全体を左右するようなドスの効いたローベースが欲しくなるこのごろです。言葉で説明するのが難しいですが、LIQUIDROOMとかWWW Xとかで流してもらえそうなところを女声メインの音楽でやってみたい。前作も今作も、意外にテクノだねと感想いただくのはうれしいです(2つのハコがテクノだということではないですが)。
これまで自分の声だけでどんなことができるか、というのを一つ課題にしていましたが、自分が出せない部分や表現し切れない音にも目を向けて可能性を広げたいなと思い、リミックスはJEMAPURさんにお願いしました。正式にはリコンストラクションと言っています。私の曲はステムにしづらい構成になっていることもあり、ステム化せずすべてのトラックをパラで書き出したのをJEMAPURさんに渡しました。音源の再構築にはTidal Cycles(音楽の即興演奏と作曲のために設計されたライブ・コーディング環境)を使用しているとのことでした。聴いていただくとお分かりいただけるように、完全に再構成されています。2曲ともぜひ低音が出る環境でどうぞ!
野良イマーシブ・ミュージシャンが同士たるエンジニアやスタジオと出会える今
さて、今回の配信楽曲、まずはステレオです。“まずは”ステレオです。野良イマーシブ・ミュージシャンが、イマーシブ音源を作るまでの道のり、正直風当たりが強くないですか!? お金をかければスタジオは借りられるのですが、そういう問題ではないことがたくさんあります。現場に理解者が少ないと、あまり応援してもらえない。ただの貸し館よりもう一歩踏み込んでスタジオに“あそび”ができる時代が来てほしいです。
私のような規模で活動する人には(お金のことを考えても)まだまだ厳しい世界だなと痛感していますが、それを察して協力してくださるスタジオやエンジニアの方に出会えて、それはもう、同志と分かれば職種を超えて話せる求心力が今のイマーシブ・オーディオにはありますね。現状への不満とこれからへの期待が入り混じって全員であがいている感じは最高です。今のイマーシブを取り巻くシーンは忘れないと思います。先輩プログラマーの方々は、“昔のAPPLE Macはめちゃくちゃ高くて手が出せなかった”とか、大変な時を楽しそうに話している印象があるので(笑)、私も多分言うんでしょうね……。
余談ですがCTG(Computer Tequnique Group)というメディア・アーティスト・グループ(1966〜69年)は、当時コンピューター・グラフィックスの作品を作れるようなスペックの高いマシンが簡単にアクセスできる状況ではなかったところで、マシンを持っているIBMに芸術作品を作るためにマシンを貸してほしいと協力を依頼。そこからコンピューター・グラフィックスの作品が多く生まれていったというのは素敵な話ですよね。CTGは“電子ヒッピー”と呼ばれていたそうです。いいネーミングだな……。「Star Kennedy」という作品がよく知られています。
Dolby Atmosでミックスできる&私のしているような創作活動に興味を持ってくださるスタジオただいま絶賛探し中です。前回リリースした楽曲「-·-· ··-· -·-· ·-··」も再度調整して2曲合わせてリリースするのが良さそうだねと、エンジニアの奥田泰次さんと話しています。Apple Musicの空間オーディオでも聴けるようになるはず! リリースしたらお知らせします。
抽象的な曲タイトルの理由と配信サービスによる表記化け
そして毎回プロダクション・チームを困らせてしまう読めないタイトル問題ですが、理由はあるのです……。私はサウンド・インスタレーションと呼ばれる公共空間に設置するような作品も作っていたりしますが、そのような作品には具体的な名前を付けたいと思います。なぜならそれらは音楽ではなくて音に気付くための装置であるので、その装置自体が何かを表現し続けることはまれで、それだけを見ると抽象度の高いものだからです。
逆に楽曲は、それらと比べて私にとってはかなり具体的な表現をしていると思っています。歌詞が無い、というのはメジャーの楽曲と比べたら抽象的とは思うのですが、私の中では、聴いただけで調子が分かるような情報量を持つ声を使っている時点で、声が想起させたそのイメージはその人にとって最終的に無限の解像度を持つ、具体の極みのように思える。つまり抽象的であることが無限の解像度にたどり着く近道なのではないかと。だから楽曲はなるべくイメージを抽象化したくて、記号にしてしまいます。読みは“縦曲線”(じゅうきょくせん)としていますが、最初のオンエアがラジオで、曲紹介が必要だったためなるべくイメージを固定しない言葉を探して付けました。
裏話ですがApple Musicでは「(((|||」の“|||”が使えず、アルファベットのLの小文字×3で代用しています(Spotifyでは使えました)。YouTube Musicでは「[() (|||)」という悲惨なことになっていました。変な名前を付ける方が良くなかったと思い、取りあえずこのままにしています。
自分のエゴで付けた名前のせいでリリース時に余計な認知のノイズを生んでしまうことは、結果的にあまりスマートではないですね。プラットフォームあっての配信なので、変に意固地にならず、こだわりは捨てず、のボーダーをまだまだ探さないといけなそうです。フォーマット、プラットフォームとの付き合い方と闘い方の模索はまだまだ続きます。
次回は新作展示の話をしたいところなのですが、コロナのおかげで1カ月後予定通り進んでいるのか怪しくなってきました。この連載を始めた1年前も、同じ状況だったなあ……。なので、新作の進捗は様子を見て書くことにします。ということは!ついに!2021年3月から羽田空港第2ターミナルで展示しているスズキユウリさんと共作のサウンド・インスタレーション「Croud Clowd」、細井史上最大規模の作品について記録する時が来た! ではまた~!
Release
『(((|||』
Miyu Hosoi
(8%)
- (((|||
- (((|||(JEMAPUR’s Reconstruction)
Mix: 奥田泰次(Studio MSR)
Mastering: 木村健太郎(KIMKEN STUDIO)
Artwork: 三ツ谷想
細井美裕
【Profile】1993年愛知県生まれ。慶應義塾大学卒業。大学在学中からボイス・プレイヤーとして数々の楽曲やサウンド・インスタレーションに参加。2019年、サウンド・インスタレーション作品「Lenna」とこの楽曲を含むアルバム『Orb』をリリース。同年、細井美裕+石若駿+YCAMコンサート・ピース「Sound Mine」を発表。メディア・アート作品の制作やオーディオ&ビジュアル・プロデュースも多数手掛けている