一度“聴こえなくする”ことで
本来の川の音を際立たせる方法を模索
初めての屋外展示が無事終了しました。連載第3回で紹介した奈良県の芸術祭『MIND TRAIL 奥大和 心のなかの美術館』の展示公開までの記録を前/中/後編に分けて記録します。たどり着いたコンセプトは、“川の音を消すこと”でした。
作品タイトルは「Erode」。日本語にすると“浸食する/される”という動詞で、インストールされた音が本来の川の音を一度浸食し姿を見えなくすることで、再度現れた本来の音を際立たせ、人間が自然に向き合う0から1の瞬間を擬似的に生み出すことが目的でした。
画像処理のプログラムに詳しい方は同名の関数=erodeが思い浮かぶかもしれません。モルフォロジ演算の代表的な処理で、簡単に説明すると“収縮(erosion)によりオブジェクトの境界からピクセルが除去される。収縮により孤立した領域や小さなオブジェクトが無くなり、実質的なオブジェクトだけが残る”もので、プロセスは違いますが結果的に際立たせるという意味では同じと思っています。
作品を置くこと自体がはばかられる素晴らしい自然の中で、極力作品を存在させないで自然を作品化することをこの屋外展示の課題とし、キュレーター林暁甫さんの提案もあり、展示場所は芸術祭ルートのうち杉林を抜け川に出る場所に決めました。
まずどうやって音を消すのか? 次の4つの可能性をリサーチしました(東京藝術大学の亀川徹先生ほか音響技術開発者の方々にご協力いただきました)。
A:ノイズ・キャンセリング(デジタル)
ダメ元で最新の技術をリサーチしましたが、やはり現代のスピーカーでは難しい。エアコンのノイズなど定常的な音であれば可能だが、川のようにランダムに幅の広い周波数が変動していると困難
B:マスキング(デジタル)
天川の音に含まれる周波数分布に合うノイズでマスキングする。トイレの音姫方式(というとイメージが良くないので言わないようにしたいがこれが一番分かりやすい……)
C:遮音(アナログ)
壁を建て、物理的に遮音する。ガラスであれば高周波が抑えられるのと、景色が見えるままなのでよさそう。ガラスは二重窓にすると吉。ガラスの厚さを稼ぐより、薄いガラスでも空気層を広く取る方が効果が出る。が、展示会場は国立公園内のため何かを建てたりすることは難しい
D:ノイズ・キャンセリング+遮音(デジタル+アナログ)
ガラスで高周波をカットし、低音であればノイズ・キャンセルしやすいとのことなので合わせ技が一番効果的かもしれない。が、ウーファーはパワーが要る
展示場所のフィジビリティ、予算、景観、開発スケジュールを踏まえ、結果一番シンプルなB案になりました。技術が更新されたらぜひA案に挑戦したいです。
作品の到達点に見合うビジュアルを
屋外で実現するためのアイディアと実際
次にビジュアルの検討ですが、その前にいったんこの作品が到達すべきところの設定をしました。
- 音を消すことで既に在る音と鑑賞者の接点を設定し直す
- 完全に音を消すことよりも、作品の空間から出たときに自然の音がクレッシェンドさせることができればよい
- 鳥居をくぐったときに身体がしゃんとするような感覚を作る。ジブリの映画の中で、何か大きな出来事が起こる予兆として登場人物の髪の毛がふわっとするときのイメージ
- 作品自体は通り抜ける前提のものに。人の動きを止めるようなものではない(=鳥居の下で立ち止まらないのと同じ)
上記を満たすかたちのビジュアル案は2つです(図①②)。
α:スピーカーは耳の高さにあり、視覚的に門を認識するようなもの。1人くらいが通れる幅。スピーカーは人の目に入るため機材っぽくない見た目が好ましい、例えばNTT ICCの「Lenna」展示で使用していたGALLO ACOUSTICS A'Divaや日本音響学会『Week of Sound』の「Lenna」9ch再生で使った、モチモチした印象でかわいかったGENELEC The Onesの白など(両方とも屋外用ではない)
β:スピーカーは隠し、頑張って音だけで結界を作る。杉の少し上の方に取り付けることで鑑賞者の背丈をある程度カバーする
ここでもやはり屋外であること、スタンドを立てるために地面を掘ったりできないこと、また今回の芸術祭はスタッフが張り付きでいるものではないので安全面を考慮し、βになりました。最もナルホドだったのは音響チームをまとめてもらっていた田鹿充さんの“αだと、川の現れるタイミングが視覚と聴覚でずれてくると思う”というコメントでした。αだとスピーカーと向き合う分、通り抜けた後も音が聴こえてしまい、川の音だけが聴こえるエリアがあいまいになり、クレッシェンド具合が小さくなるというイメージです。βだとスピーカーの向きを少し杉林方向に振ることで、川の音をより0→1に近付けることができます。
そしてこのプランをもとに、どのルートでケーブルをはわせ、電源を取ってくるかを田鹿さんと検討し、音声ケーブルは木の高いところを電線のようにして通すことになりました(写真①②)。ここから発生する屋外展示のハードルは大きく4つ。
- 電源をどこから取るか
- スピーカーを設置する木の所有者への交渉
- その木が生える土地の所有者への交渉(つまり少なくとも1本の木に、2者以上の関係者さんがいることになる)
- 国立公園を管轄する環境省への事前申請書類作成
これをキュレーターの林さんが全力で調整してくださり、天川村の洞川財産区の皆様、木の所有者の皆様のご協力もあって実現することができました。
次回、中編ではスピーカー設置位置の検討や、実際にどのような音を制作したのかなど実現に向けた内容を記録していきます。ではまた〜!
細井美裕
【Profile】1993年愛知県生まれ。慶應義塾大学卒業。大学在学中からボイス・プレイヤーとして数々の楽曲やサウンド・インスタレーションに参加。2019年、サウンド・インスタレーション作品「Lenna」とこの楽曲を含むアルバム『Orb』をリリース。同年、細井美裕+石若駿+YCAMコンサート・ピース「Sound Mine」を発表。メディア・アート作品の制作やオーディオ&ビジュアル・プロデュースも多数手掛けている
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