MacBook Proを“会場”にして
コンピューターの“上”に展示会場を作る
サウンド・インスタレーションは、音を出す前までの段階……スピーカーの設置含めたインフラの整備に時間とお金がかかります。前月触れたテレプレゼンス・パフォーマンスを行った『Ars Electronica Festival 2020 - TOKYO GARDEN』全体としては作品展示もありました。ですが、「Lenna」はオンライン展示のみで、スピーカーの設置について“考えなくてもよい”。“考えなくてもよい”というか、こちらが求めるクオリティのインフラを用意できない=作品が表現しきれない……となるのは嫌だったので、世界中どこにでもあって、ある程度信頼できるクオリティの音環境を持つAPPLE MacBook Pro(16インチ)を会場に採用しました。
鑑賞方法については普段の展示と同じ。会期中決まった時間に会場で再生されます。あくまで展示会場としてのMacBook Proなので、配信の便利なところである追っかけ再生は無しにしました。映像は全編ホワイトアウトで、ほかの展示の体験と同じく作家としては一切ビジュアルの情報を出さないように意識し、MacBook Proと鑑賞者の間の小さな空間に「Lenna」をインストールし、文字通りコンピューターの“上に”美術館を作るというコンセプトです。
インターネット上で作品を見られるという取り組みはコロナ以前から珍しいものではなく、例えば私も2017年に参加した世界最大のインターネット・アート・ビエンナーレ『the wrong』などが挙げられます。そのときは「time window」というWeb上で動く、インターネット上での時間というものを問う作品を発表しました(珍しく音は使っていない作品)。私はオンライン参加でしたが同時にロードアイランド大学で展示もあり、exonemo、谷口暁彦、小林健太(敬称略)も出展していました。そういったある程度確立されたものを知っていたこともあり、さらにメディア芸術を取り上げるArs Electronicaで、オンラインだからといってフィジカルの置き換えやアーカイブするだけの展示にしてはもったいないと思ったわけです。
オンライン展示への最適化
作品の“終わり方”もチューニング
「Lenna」にかかわるエンジニアは3人居て、展示場所によって担当制になっていくのですが(ルールを決めたわけではないが役割が見えているので気付いたら担当ができる)、今回は久保二朗さんにメインで進めていただきました。進め方としては、久保さんの普段使っているVAIO Z(2015モデル)で大体の鳴りを調整してもらいつつ、私のメイン・マシンであるMacBook Pro(16インチ)を数日間託し、実機で鳴らして調整していきました。
もちろんマシンが違えばスピーカーの位置、音量も違いますし、体験が大きく異なります。久保さんによると、MacBook Proのスピーカーでまずトランスオーラルによる立体感のベースを作り、聴いたときにバーチャルな22chのバランスが整うようにピンク・ノイズを使って各チャンネルのレベルを調整し、最後に「Lenna」の22ch音源で微調整という流れだそうです。ほかには、MacBook Proで「Lenna」を再生すると高域が強く出過ぎるとのことでそこの調整や、曲のダイナミクスが変わって聴こえるため、特に曲の一番最後のブレスがしっかり聴こえるように持ち上げてもらったりしています。これはかなり意図的で、美術館であれば照明やその場の雰囲気で“終わりであること”を表現できるのですが、今回のようなパーソナルな会場だと作品の区切りが分かりにくいため、終わりの合図としても機能するようにしました。試行錯誤の結果MacBook Proのポテンシャルに驚くほど作品らしさが担保されていて満足です。配信はYouTubeで、作家推奨環境をMacBook Pro(16インチ/2019モデル)とし、ほかのデバイスの方へはHPL版の視聴動線を用意して、ヘッドフォンでのバイノーラル鑑賞をできるようにしていました。
無響室2ch展示も担当していただいた久保さんとしては、その当時からコンピューター単体でもある程度再現できるということを体験していたので、今回の展示の方法を自然な流れだなと思っていたそうです。一方、私はそういった考え方とはまた別のルートで今回のコンセプトにたどり着いたので、エンジニアリングとコンセプトが良いかたちで交差したかなと思っています。
出展協力:文化庁メディア芸術海外展開事業
音場再現から音場創造へ
マルチチャンネルの技術革新とリンク
去る5月に開催されたAES VIENNAに引き続き、10月末に開催されたAES SHOW FALL 2020でも最近の取り組みを世界へ発信する機会をいただきました。その議論の中で、Lennaの画期的なコンセプトのひとつとして“システムに縛られない”ということがあるとコメントをもらい、私にとってはそれが「Lenna」たらしめていたポイントなのでどうしてこんなにあらためて言われるのだろう……と不思議でした。よくよく聞くと、これまでは“このシステムで作った作品はこれで再生される前提であること”が一般的であったため、システムをホッピングすることを前提としたマルチチャンネルの作品が画期的であるということ。なるほどエンジニアリングの世界ではここが注目されるポイントなのかと思いました。例えば“『Lenna』という小説は日本語で書かれているから日本語で研究しよう、日本語でアーカイブしよう”というような世界に突然“翻訳”や“ローカライズ”という概念が現れた感じなのだろうかと想像しています。
ただ、この議論は「Lenna」がもたらしたものではなく、研究者のあいだには潜在していた問題意識が2019年、手軽に音場再現ではなく音場創造であるマルチチャンネルの作品を作れるような技術が普及したタイミングに、この作品が発表されたからだと思います。音場再現には収録のときのマイクとの関係もあり、システムがある程度固定されてしまうのは理解ができます。ただそれまでにあまり無かった、ベクター・データを持った音の扱いみたいなものが一般化し始める萌芽更新の時代を生きられると思うとワクワクしませんか!? まだまだ展示が控える秋、記録していきます。ではまた〜!
細井美裕
【Profile】1993年愛知県生まれ。慶應義塾大学卒業。大学在学中からボイス・プレイヤーとして数々の楽曲やサウンド・インスタレーションに参加。2019年、サウンド・インスタレーション作品「Lenna」とこの楽曲を含むアルバム『Orb』をリリース。同年、細井美裕+石若駿+YCAMコンサート・ピース「Sound Mine」を発表。メディア・アート作品の制作やオーディオ&ビジュアル・プロデュースも多数手掛けている
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