realize〜細井美裕の思考と創発の記録 第2回 マルチチャンネル=立体音響とは限らないんじゃない?

“立体的なサウンド” は
システムではなく作品が体現するもの

 増えてきた“ 立体音響”コンテンツ。今回は私がなぜサラウンドをメインに活動しているか、そしてこれからの作品制作におけるシステムとの付き合い方をあくまで個人的な意見ですが、記録しておこうと思います。

 

 サラウンドの作品制作やパフォーマンスが影響してか、“ 立体音響女子”と呼ばれることが増えましたが、少々戸惑いがあります。今、メディアで使われているコンテンツとしての立体音響という言葉はかなりあいまいな気がするからです(技術用語で使われるものとは別として)。言葉を定義したいわけではなくむしろ逆で、新しい表現が生まれようとしている今は、コンテンツとして消費されるにはまだ早く、新しい体験! というイメージでくくる前にもっと議論と実践を重ね、とがったものを生む土壌を作ることに時間をかけるべきだと思っています。テクノロジーにはつきものの話題ですが、システムで表現を形容してしまう悲しさを少し感じます。その点“イマーシブ・オーディオ”という呼び方は、表現につながる“ 没入感”に寄っている印象で、個人的にはしっくりきます。でも、一番手っ取り早いのは、それを体現する作品を作ること! 自分が言葉に負けずずっしり構えられるようになるまでは、日々精進……。

 

 なぜ私がサラウンドを選ぶか、それは生きている世界に近い再生環境だからです。私たちは音に囲まれて生きている。加えて原体験として、高校時代に武満徹や三善晃の作品を100人以上で演奏、つまり100chサラウンドの音響空間で過ごしていたこともあると思います(鉄鋼館も夢ではない!)。オーケストラでも同じですね。観客ではなく、多数の音源に囲まれる演奏者として、です。

 

 ここで一度足を止めて考えたいのが、ステレオやモノラルは、音に囲まれない分、世界が狭いのか? ということ。私の答えはノーで、それらの中にも立体的な世界が立ち上がっているはずです。私は最初に実際のスケールに近い感覚で居られる状況を選んで音の世界に入ったので、個人的にはステレオであれだけの空間を表現する人たちはどうやって音を見ているんだろう? と思っています。

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リバーブ・ハンティング(IR 収録)で訪れた石川県滝ヶ原町にて。あらゆる方向からさまざまな自然の音が聴こえてくる環境は、これまで体験した中でも最高のサウンド・インスタレーションだった。下の動画はAPPLE iPhoneのみで収録したモノラル音声だが、立体であることとチャンネル数は等価ではない

 

 5月末に開催された国際音響学会の最後、私は“ 望遠鏡をのぞき込んでいるようなサウンドスケープを作りたい”と締めましたが、それはステレオの世界の広がりにあこがれがあるからでした。長い間ステレオで回っている音楽業界を嘆く声も聞きますが、逆に言えばそれだけの可能性を持つ世界であったのです。スケール、焦点、距離を自在に変え、システムをジャックして暴れられるかどうか。それが今私が立体音響に期待し、挑戦したいことかもしれません。

 

 最終的には生きているうちにスピーカー無しで音の展示を実現したい……開発者の皆様、どうかよろしくお願いします!

 

エンジニアのカウンセリングを受けながら
イメージの解像度を高めていく

 先日、まだ東京の新型コロナ・ウィルス感染者数が落ち着いていたころに、エンジニアの葛西敏彦さんと札幌で展示に向けた下見を弾丸で行いました。札幌文化芸術交流センター SCARTSでの「Lenna」14chインスタレーション展示に向けたものです。大きな公共空間なので鑑賞者動線と音量に配慮し、14chに決めました。もともと音源は22.2chで制作しているため、エンジニア・チームによって14chにミックスし直されます。コロナの影響で延期になっていたものがも徐々に回り始めていますが、まだ予断は許されないですね。

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札幌文化芸術交流センター SCARTSの1階から2階に吹き抜ける大空間で「Lenna」14chバージョンのインスタレーションを予定。葛西敏彦氏とともに行った下見の様子は下の動画で

www.sapporo-community-plaza.jp

 私の作品の展示までの流れは、まず、空間をどのような印象にしたいかの共有から始まります。今回の場合は空間中央が1階とつながっている特徴的な空間なので“1階から天井まで高さがある水族館の大水槽を回りから見ている”“シャガールの絵のように音が浮遊している”というイメージを持ちました。葛西さんはそれを受けて、プランを複数提示くださいます。これは1対1で会話するというより、私が葛西さんのラジオを聴きながら作品のことをイメージしていく感じで、聴きながら発見する自分の希望……例えば“ 今回の私(=声)のサイズは大きくて増える」(NTT ICC 無響室の場合は妖精サイズの私で数えられる)や、“スピーカーをなるべく見せたくないのでガラス面の黒いフレームの十字のところに付けたい”といった見た目のイメージなどを返していきます。私がスピーカーの見た目を気にする傾向にあるので、先回りして判断のスピードを上げてくれていることに気付きます。 

 

 上に挙げた、下見を記録した動画の中で私が“こういうプランはあり”と伝えている場面がありますが、私の抽象的なイメージが実際意味するところをまさに葛西さんが探っているシーンで、実現にかかわる言葉を発したら即座にAPPLE iPhoneにメモしています。この繰り返しです。

 

 私は展示にかかわるのエンジニアのことを、作品をその空間へ物理的に合わせて設置するという意味を超えて、作家の意図を脳内から引き出して現場で最大化するインストーラーと思っています。展示の完成形が100だとして、自分で0〜15くらいまでの間と100と1,000(物理的に無理だけど理想形)のイメージは最初に話せるのですが、その間の具体的なプロセスはいつもエンジニア・チームによるカウンセリングで決まっていきます。聞かれると大体“あり/なし”とすぐに回答できるのに、一人で一から説明しきるのは難しい……お医者さんの問診を受けているときと同じ感覚です。私は必ず1,000のイメージは伝えるようにしています。大きな方向を提示することで、小さな判断をメンバーに任せられるからです。お近くの方はぜひ、最終形を聴きに来てください!

 

 9月には毎年オーストリアのリンツで開催されるメディア・アートの祭典、Ars Electronica(今年はオンライン)での展示とパフォーマンスに加え、文化庁メディア芸術祭受賞作品展も控えているので、それらについても記録していく予定です。今は安全第一ですね。また皆さんに作品を見てもらえる日が来るまで作り続けます。ではまた〜!

www.bunka.go.jp

細井美裕

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【Profile】1993年愛知県生まれ。慶應義塾大学卒業。大学在学中からボイス・プレイヤーとして数々の楽曲やサウンド・インスタレーションに参加。2019年、サウンド・インスタレーション作品「Lenna」とこの楽曲を含むアルバム『Orb』をリリース。同年、細井美裕+石若駿+YCAMコンサート・ピース「Sound Mine」を発表。メディア・アート作品の制作やオーディオ&ビジュアル・プロデュースも多数手掛けている

miyuhosoi.com

 

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