YCAMでのチーム制作で得られる
過程を苦しむ実験スタイル
はじめまして、細井美裕です。音の作品を美術館や劇場で展示したり、広告や展示の企画制作、あとは楽曲にボイス・アーティストとして参加したりしています。詳しくは本誌2019年9月号のインタビューで!
この連載は、過去作品や新作の制作の様子をそのときの目線で記録しつつ、長い目で見て自分の思考の変化を俯瞰するためのアーカイブ・プロジェクトでもあります。私の好きな作品にボイジャー号の『ゴールデン・レコード』があります。地球外生命体に人類の文明を伝えるための記録物で、美術作品というわけではありませんが。例えばさまざまな言語のあいさつや人間の骨格画像など、あらゆる分野の情報と、しかもそれを解読する方法まで記録したものです。宇宙人に目と耳があるかも分からないのに、夢のある想像力先行で(たとえ力技でも)記録を突き詰めた結果、一つの表現になってしまっているというところがたまらなくいいと思います。この連載もいつか記録が表現として成立するといいなあという気持ちで書いていきます。
昨年自分の声だけで作った22.2ch作品「Lenna」を2つのメディア・アート・センターで展示しました。東京・初台にあるNTTインターコミュニケーション・センター[ICC]では、無響室での展示をしました。
山口情報芸術センター[YCAM]では展示に加え、打楽器奏者の石若駿君と、洞窟やルイジ・ノーノの作品のために作られた秋吉台国際芸術村ホールなどの山口県内のIRを採集。それを使ったコンサート・ピース「Sound Mine」を発表しました(2020年2月号でレポート)。
私の作品は、楽曲でもインスタレーションでも構想段階からエンジニアを含めたチームで作っていて、YCAMでの経験が基盤になっています。最初に私からコンセプトを提案し、チームで実現のためにはこういう技術でまず実験してみようとか、時にはドラマトゥルグ(作品制作に必要なリサーチ)のような内容も含めやりとりをしていきます。こう聞くと、“さんまの夢かなえたろか”的に、“作家が言えば作ってくれるってオイシくない?”と思うかもしれませんが、実験は失敗するから実験であって、結果に応じてコンセプトの強度を保ったままいかに表現を柔軟に変えられるかが作家に求められます。“十分に過程を苦しみたまえ”というYCAMの雰囲気と環境は貴重です。YCAMに行くと、土地柄、制作するか温泉入るかの二択。晩酌処 沖のうどん(Facebookページ)をぜひ!
技術への過信は表現の敵
外的理由は思考停止につながる
みなさん昨日はどんなIR(インパルス・レスポンス)を採集しましたか? 私は「Sound Mine」制作初期に洞窟へIRを採りに行った後、使ってみたら音だけではその時の体感を再現できず作業中“ガーン!”となったのを覚えています。もちろん視覚情報が無いという根本的な問題もありますが、そんなことどうでもいいくらいに“体感を記録して再現する”ことの難しさを痛感したのです。サントリーホールなどの音響設計をされている永田音響設計の豊田泰久さんとお話ししたときの“シミュレーションはシミュレーションであり、人間の体感とは異なるもの”という言葉を思い出しました。IRを使うということが、構想を作品へ落とし込むリアライズの一端を思考停止させていたという気づきが当時の大きな実験結果で、以降、照明や美術機構での表現も強化して目で音を聴くクリエイションを増やし、“コレ!!”の瞬間を探す“体感の権化待ちタイム”を過ごすのでした。
そこからは“理論的に正しい”とか“数値的に正しい”とかではなく、“体感がリアルであること”を基準に考えるようにしています。“そりゃそうでしょ”と思う方もいるでしょうが、頭で分かってても本当にショックを受けないと振り切れないと思うんですよね。時間をかけたから、値段が高かったから、ツマミの位置が合ってるからいいに違いないみたいな、見え隠れしていた思考停止に気づくショックが大きかったのです。頭で分かってるっていうのは、すなわち分かったので思考を止めているってことなのかなあ……自分の基準を持てると行動すべてに理由が付けられますが、外部に理由を持ってしまうと聞かれてもすべて答えられなかったりしますね。頭では分かってるんだけどなあ。
ストリーミング配信は置き換えか?
それともネットワーク・アートの復興か?
3月12日にRittor Baseで『1 Evening』という10時間生配信パフォーマンスをやりました。現場は8.1chで、毎時0分から1曲×10回の10時間バイノーラル配信。毎回カメラ位置、照明を曲のコンセプトに合わせていろいろ変えて、転換中も映像だけは配信してました。
御茶ノ水Rittor BaseでのJEMAPURとの『1 Evening』(3月12日)のダイジェスト動画。毎時0分、計10回のパフォーマンスを行うストリーミング・ライブ
今、配信が増えていますが、私は、現時点でライブの置き換えが経済的に持続して成立するのはメジャー・アーティストに限られると思ってます。そうではない自分はナム・ジュン・パイクが『バイ・バイ・キップリング』をやったときのような、配信という行為も含めた置き換えでない何かを模索したくて行ったパフォーマンスでした。誰にも気付いてもらえなかったのでここでさびしくネタバレすると、E.A.T.『9 Evenings』のオマージュでもありました。
5月末にはAES(国際音響学会)に登壇するためウィーンにいる予定だったのが、コロナ・ウィルスの影響でバーチャル開催になり、「Artistic Immersive Sound Contents Creation using the 22.2 Multichannel Sound」というタイトルでオンラインで発表しました。ほかのプレゼンで「Goodbye Stereo」というのがあり、学会でも“あおり芸”ってあるんだなって思いました。とはいえ“ステレオも良いよね〜”みたいなこと言うのかなと思ったら、がんがんマルチについて話してましたね(ステレオ否定ではなくイマーシブ愛)。学会は実験的な録音がぜいたくに聴けてイイ! 学会サブスク・ラジオとかやってほしいなあ。今回イマーシブ・オーディオのデモはバイノーラル配信で気軽に聴けたし、コーラス音源も多くて刺激を受けておりました。
次回以降は新作の制作過程も記録していきます。いろんな研究所めぐりもしたい! ではまた〜!
細井美裕
【Profile】1993年愛知県生まれ。慶應義塾大学卒業。大学在学中からボイス・プレイヤーとして数々の楽曲やサウンド・インスタレーションに参加。2019年、サウンド・インスタレーション作品「Lenna」とこの楽曲を含むアルバム『Orb』をリリース。同年、細井美裕+石若駿+YCAMコンサート・ピース「Sound Mine」を発表。メディア・アート作品の制作やオーディオ&ビジュアル・プロデュースも多数手掛けている