realize〜細井美裕の思考と創発の記録 第3回 複数の展示が並行する中で考える場所と作品の関係

美しい自然に囲まれた山村で
展示すべき作品とは

 先日、初めて螺貝の音で目覚めました。奈良県の芸術祭『MIND TRAIL 奥大和 心のなかの美術館』(10月3日〜11月15日に吉野町、天川村、曽爾村で開催)で新作を発表することになり、ここ1カ月はリサーチを行っています。螺貝は行者が山に入るときの音でした。

 

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『MIND TRAIL 奥大和 心のなかの美術館』のリサーチで訪れた奈良県天川村。この美しい景色の中に置くべき作品は、この土地の人が“いいんじゃない!”と言ってくれるものにしたい


 “関係人口”(観光以上移住未満の、地域へ多様にかかわる人々)の創出を目的としていることがこの芸術祭の特徴の一つなのですが、既に空間自体が魅力を持つ土地に作品を置く作家も、その考えに準ずることが必要と思っています。守られてきた文化や環境は、本来美術館の中でも展示され得るものであると思っているので、それらをただ背景にせず、どう関与できるか。消費ではなく経験になる、その土地が見えてくるような作品を検討しています。


 下見でお世話になった旅館のおじいとおばあがすごく温かかったのですが、いざその人たちが作り続けてきた環境に自分の手で作った異物を置くとなると、正直とても怖いです。今回の目標は、おじいとおばあが“いいんじゃない!”と言ってくれるような作品を作ることに設定(普段美しい自然に囲まれているので結構難しいと思っている)。怖さはリスペクトのエネルギーに昇華します。


 とても水が奇麗な場所なのですが、ちょうど下見の前にオラファー・エリアソンの展示(『ときに川は橋となる』東京都現代美術館)に行ったので、オラファーが作品を通してどうやって自然の世界を見せているかを感じられた気がしました。

www.mot-art-museum.jp

 


 私の展示エリアは神様に呼ばれた人しか行けない(ご縁がないとたどり着けない)と言われている天河大辨財天社がある、天川村。天河大辨財天社には音楽や芸能の神様が祀られていて、かつてブライアン・イーノが奉納演奏したこともあるそうなので、ご存じの方がいらっしゃるもしれません。私は神様ではありませんが、細井の展示があるということで……お近くの方はぜひお越しください。

 

mindtrail.okuyamato.jp

 

「Lenna」コンサート・ホール展示から見る
劇場という異空間の主体性

 

 展示の機会が増えてきました。東京芸術劇場の方との縁あって、藤倉大さんとコンタクトが取れ、『ボンクリ・フェス2020』(9月26日)の中で、出演者無しの電子音楽コンサート「大人ボンクリ-Born Creative Festival for Grown Ups!」に参加することになりました。アルバム『Orb』から2曲、「Orb」「Lenna」を芸劇のコンサートホールにインストールします。テストではホールという“スピーカー”によって倍音がきらきら飛び、舞台上の感覚がフラッシュバックして興奮しました。

 

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東京芸術劇場で開催される『ボンクリ・フェス2020』(9月26日)の「大人ボンクリ-Born Creative Festival for Grown Ups!」で「Lenna」を上演予定。そのテストを芸劇のコンサートホールで行ったときの様子

 

Orb

Orb

  • Miyu Hosoi
  • エレクトロニック
  • ¥255
  • provided courtesy of iTunes

 
 特に「Orb」は冒頭の音のぶつかりが強烈に仕上がりそうです。コンサート・ホールは私の表現の場の原点であり、常にリファレンスにしている空間です。実は昨年NTTインターコミュニケーションセンター[ICC]と山口情報芸術センター[YCAM]での「Lenna」の展示が終わった後に、“次はコンサート・ホールにインストールしたい!”と制作チームに話していたのでした。


 そしてボンクリを通して劇場という公共空間をあらためて考えてみて、このように劇場が積極的に異空間を作り出していることにとても刺激を受けています。フランシス・ベーコンの言う“劇場のイドラ”の(権威や伝統の例えではありつつも)、“劇場”が主体的に新しいものの見方を提言して、作家との創発を歓迎しているような受け皿の大きさを感じました。サントリーホールで開催された『一柳慧がひらく〜2020東京アヴァンギャルド宣言〜』のオーケストラ・スペースの公演も、スピーカーでは容易に表現できない空間の使い方に感動しておりました。コンサート・ホールで開催されるものは、いつからかコンサート・ホールという非日常空間に甘えてしまっていないか?と、学生の時は無知もありそう思うことが多かったです(生意気)。当時の自分にそんなことなかったと教えたい。でも盲目だから生まれる思想とか突っ走れることってきっとありますよね。コンプレックスから来るやる気は、その人にしかない特別なモチベーションなので、負のエネルギーに負けなければ有用だと思っています。


 ボンクリの取り組みには見事に触発され、やりたいことが一つ生まれたのでゆっくり作っていきたいと思います。

 

www.borncreativefestival.com

 

具現化すべきアイディアが思い付く状況を
自己分析してみる

 

 やりたいことと言えば、最近ようやく自分内の統計が取れてきて、2020年現在、やりたいことや作品名を思い付く上位3位シチュエーションは、

 

①めちゃくちゃ眠いとき

②静止物の展示を見ているとき

③動きのある展示・公演を見ているとき

 

……のようです。自己分析として

 

①は理想>理論の状態にある(実現可能性を気にする自分が邪魔しない)

②作品を遠目で見たときのお客さんの雰囲気も含め客観的な作品のキャラクターを探れる

③具体的な演出段階であと一歩というときの補間の参考になる

 

……と考察しています。これから変わっていくのだろうか……。8月の『立体音響ラボ』では、そのようにして出てきたアイディアをどう具現化していったかをお話ししているので、ぜひラジオ感覚でお聞きいただけたらと思います。


 9月19日〜27日には第23回文化庁メディア芸術祭受賞作品展がありますが、アート部門審査委員の阿部一直さん、ICC主任学芸員の畠中実さん、そして東京大学の筧康明さんとの受賞者トーク「響出現するアート」も配信されます。日本でまだ“サウンド・アート”になじみが無かった時代にそれらを紹介してきたキュレーターの視点も交えて、作品についてお話ししています。熱エネルギーが音響エネルギーに変換されるときに発生する音による筧さんの『Soundform No.1』(日本初展示)は、展示になじみがなくても音を入り口にできる素敵な作品です。私の作品は22chで展示(来場は要予約)。来月はArs Electronicaでの展示とパフォーマンスの裏側を記録したいと思います。ではまた〜!

 

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第23回文化庁メディア芸術祭の受賞者トーク「響出現するアート」。左から阿部一直さん、畠中実さん、筧康明さん、筆者

www.online.j-mediaarts.jp

上記のトークは9月25日(金)16時配信。翌日よりアーカイブ公開予定。

www.online.j-mediaarts.jp

細井美裕

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【Profile】1993年愛知県生まれ。慶應義塾大学卒業。大学在学中からボイス・プレイヤーとして数々の楽曲やサウンド・インスタレーションに参加。2019年、サウンド・インスタレーション作品「Lenna」とこの楽曲を含むアルバム『Orb』をリリース。同年、細井美裕+石若駿+YCAMコンサート・ピース「Sound Mine」を発表。メディア・アート作品の制作やオーディオ&ビジュアル・プロデュースも多数手掛けている

miyuhosoi.com

 

Lenna (HPL22 ver.) [feat. Chikara Uemizutaru & Misaki Hasuo]

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