全米アルバム・チャートで初登場1位を獲得した、ヤング・サグ率いるヤング・ストーナー・ライフのコンピレーション・アルバム『Slime Language 2』。ここからは収録曲「Ski」のPro Toolsセッションやプラグインを元に、アンガド・ベインズ氏による多数のアナログ機材とプラグインを組み合わせたそのミックス・テクニックについて迫っていこう。
Text:Paul Tingen Translation:Takuto Kaneko
Photo:Frank Schwichtenberg CC BY-SA 4.0
インタビュー前編はこちら:
フォルダー・トラックでセッションを整理。負荷の高いトラックはコミットして使う
ミックス・アプローチの解説例としてベインズ氏が選んだ曲は「Ski」で、ウィージー、アウタタウン、ベイビーウェーブの3名のプロデューサーとサグ、ガンナらによって作られた。ベインズ氏によってビートに施された処理は最小限に抑えられている一方で、ボーカルにはアナログ機材を含む多様な処理が行われているのが特徴になっている。
「Ski」のPro Toolsセッションを見てみると、多くのフォルダー・トラックが使われている。フォルダーを閉じることで全トラックを一つの画面に収めることができ、整理しやすくなるからだという。ではセッションの上から各トラックについて解説してもらおう。まずは“Bass”というROLAND TR-808が3tr使われているトラックからだ。
「オレンジ色のトラックはビートのセッションにあったTR-808のキック・ベースで、その下の茶色の2trはパラレル処理用だ。“VOG.cm”というトラックはUNIVERSAL AUDIO Little Labs Voice of Godをコミットしたトラックだね。重いプラグインを使っているトラックは全体をスムーズに進めるために、こうしてコミットすることが多々あるよ」
Bassトラックについては、すべてのミックスを終えた後にサグからの指示があったと言う。
「“このTR-808はもっともっとデカくないとダメだ”とサグに言われたんだ。ラフ・ミックスではデカ過ぎてクリップしていたレベルだったからね。だからミックスに戻っていろいろと試す必要があった。全体のミックスを崩壊させることなくヤバいくらいのローエンドを持たせるのはちょっと手がかかる作業だったよ。だが、これがうまくいった。普段俺がやらないようなことをサグのおかげでやったわけだが、皆がこれを素晴らしいミックスだと言ってくれてね。中にはミックスの際のリファレンスとして使ってくれている奴もいる。サグはほかの連中にとっても素晴らしいサウンドを作り出したということだよ。この結果、サグも今では俺がビートのサウンドをより良くできるということを分かってくれたんだ」
その下にあるのはキックで、“Kick Top”というトラックはそれを複製したもの。Kick TopにはMCDSP FilterBank F202と、真空管の雰囲気を出すためのPLUGIN ALLIANCE Black Box Analog Design HG-2を使っている。
「プラグインでアナログのバイブスを足すのはとても好きでね。そこにスタジオのアナログ機材を合わせることでより効果が増すんだ。クラップのトラックにはDJ SWIVEL BDEを使ってザラついた感じをちょっと足し、これまたDJ SWIVELのベータ版プラグインのKnocktonalというものを使っている。まだユーザー・インターフェースすら用意されてないんだ。最終的にこのトラックもコミットしたよ」
スネアとスネア・ロールのトラックにはPLUGIN ALLIANCE BX_Console SSL 9000 Jを使用。ハイハットとオープン・ハイハットのトラックにはOEKSOUND Soothe 2を使って耳障りな成分を減らしている。ハイハットで併用したFABFILTER Pro-Q3も同じ狙いだそうだ。
「ハイハットをデカくしたがるプロデューサーは多くて、少しブライト過ぎることも多い。だからそこをうまく抑える必要があるんだ。これはボーカル・マイクにヘッドフォンから漏れたハットのサウンドが入り込んでしまうという問題にもつながる。スネアだと避けられるんだがハットだとそうはいかない。レコーディングの前からハットにEQをかけておくのが安全策だね」
「Ski」ではビート内のそれ以外の楽器のパラ・データをもらうことができなかったようで、上記のドラム以外はすべて“MEL01”というトラックにまとまっている。
「少しだけ退屈に感じるサウンドだったので、このトラックをACUSTICA AUDIO Camel Preを通して少しだけサチュレーションを足し、それからSSL Fusionのドライブを全開にしてひずみを足した。それをコミットして使っているよ」
その下には“DrumsTop&Percussion”と“All Drums”というドラムのAUXトラックがある。
「この曲は短めだし、構成は一定している。だから特に気を付けたのはTR-808に十分なエネルギーを与えることと、ほかのパーカッション類がハードになるようにすること。UNIVERSAL AUDIO Studer A800が特に役に立ったよ。All DrumsにはNeve 33609/Cと、それからBlack Box Analog Design HG-2を使っている。UNIVERSAL AUDIO Fatso Jr./Sr.を使ったパラレル・コンプのドラム・トラックもあるね」
ACUSTICA AUDIOのプラグインでボーカルにアナログの質感を加える
続いてはボーカルのミックス。“YT LD.01”というサグのメイン・ボーカル・トラックでは大量のプラグインを使っている。順にPro-Q3、ANTARES Auto-Tune Pro、TOKYO DAWN LABS. OD Deedgerが2つ、OEKSOUND Soothe 2とSpiff、Pro-Q3、WAVES C6、PLUGIN ALLIANCE SPL De-Esser、UNIVERSAL AUDIO Tube-Tech CL-1Bとなっている。SPL De-EsserやSoothe 2、Spiffはクリーニング用で、それ以外はどれも深くはかけていない。このトラックはここでコミットし、さらに処理が加えられる。
「コミットした後のトラックでは、まずKAZROG True Ironでトランスのサチュレーション感を演出している。それからMCDSP MC404で中高域や低域に残った近接効果によるポップ・ノイズを抑えた。次にACUSTICA AUDIO Ruby2、Ultramarine4 A-70、そしてIZOTOPE Neutron 3を使っている。ACOUSTICA AUDIOの製品は俺の秘密兵器だよ。Ruby2はクラシックなD.W. FEARN VT-5という真空管イコライザーのエミュレーションなんだが、ボーカルのトーンはほぼこれで作っているね。Ultramarine4 A-70はFAIRCHILD 670のエミュレーションで、ボーカルによく使う。Neutron 3のエキサイターは素晴らしく、かなり突っ込んでいるよ」
このサグのボーカル・トラックと、すぐ下の“Yeah”というトラックを“SLIME”というトラックに送っている。そこではFABFILTER Pro-DS、MCDSP Royal Mu、SOUNDTHEORY Gullfossを使用。さらにSLIMEトラックは9trものエフェクトAUXトラックに送っているそうだ。
「AUXトラックの幾つかはテンプレートから引っ張ってきたものだ。BRICASTI DESIGN M7やEMPIRICAL LABS Distressorといったアウトボードを使っている各トラックもある。M7ではプレート系リバーブを使っていて、Distressorはサウンドがより目の前に来るようにしている。決してやり過ぎないようにすることと、位相については常に注意しているよ。プラグインだと、EVENTIDE H910に送っているのは広がりを足すため。Black Box Analog Design HG-2はサチュレーションをさらに足す目的だね。ほかにリバーブが3trあって、それぞれUNIVERSAL AUDIO Ocean Way Studios、Capitol Chambers、それからレコーディングの際に使っていたホール・リバーブのVALHALLA DSP Valhalla VintageVerbだ。それからMCDSP EC-300を使った4分音符のディレイがあって、これはボーカルをサイド・チェイン入力したWAVES Renaissance Compressorが追加してある。ボーカルが居ないときだけディレイが聴こえるようにするためさ」
エフェクト用オーディオ・トラックを15tr用意。コピー&ペーストしてボーカルと合わせる
ガンナのボーカル・トラックではRuby2をMCDSP Royal Qに変更した以外は、サグと同じような処理とのことだ。16trあるエフェクトAUXトラックはすべて“SENDS”というフォルダー・トラックにまとめられている。その下にある黄色の“Vox Throw”はベインズ氏がミックスの飛び道具だと語るフォルダー・トラックだ。
「オーディオ・トラックが15tr入っているフォルダー・トラックだよ。これらは幾つかプラグインを挿したオーディオ・トラックで、それぞれに違った処理をしてある。例えばとある言葉やフレーズに何かしらビッグなエフェクトをかけたいと思ったとき、そのクリップをこのトラックにコピー&ペーストするんだ。エフェクト類は100%ウェットにしていて、メイン・ボーカルと混ぜて使っているよ」
エフェクト類はベインズ氏が時間をかけて考えてきたと言うセッティングだが、その効果はどういったものだろうか。
「Vox Throwのエフェクトは全体がモノ・トーンになってしまわないようにするために使うんだ。ボーカルのエキサイティングさをキープしつつ、ラップがテレビやラジオでも映えるようにする効果がある。この作業はミックスの最後の方にしているよ。ミックスが出来上がってきてクールなサウンドになった後、全体を聴きながら何かスペシャルな味付けを足す部分を探すんだ。曲に合わないと思ったら新しいエフェクトを考えることもある。レベルはかなり抑えて使っていて、通りすがりに何かが一瞬キラッと輝くようなイメージだね」
ミックス・バスはサミング・ミキサーを通し、さらに6種類のプラグインで仕上げる
全トラックは最終的に“Routing/VCAs”というフォルダー・トラック内のグループAUXトラックにまとめられる。この中には“All Drums & Bass”“All Instruments”“All Vox”“All Vox FX”という4つのグループ・バスと、“All Stems”というVCAトラックがある。
「All VoxにはMCDSP ChickenHeadを使っているね。4つのグループ・バスはRUPERT NEVE DESIGNS 5059 Satelliteでサミングした後、FusionとRUPERT NEVE DESIGNS Portico II Master Bussを通した。それからBURL AUDIO B2 Bomber ADCでAD変換して、“THRU”というミックス・バスに戻している」
このTHRUというミックス・バスにも合計6種類のプラグインが使われている。
「MCDSP Moo X Mixer、UNIVERSAL AUDIO SSL 4000 G Bus Compressor、Shadow Hills Mastering Compressor、Dangerous Music Bax EQ、Chandler Limited Curve Bender、IZOTOPE Ozone 9の順に使っている。Ozone 9はダイナミクスの調整とステレオ・イメージャーとしてだね。そこから紫色のプリマスタリング・トラックに送っていて、データをマスタリング・エンジニアに渡したよ」
アルバムに収録されなかった曲を含めると、合計で50曲以上をミックスしたと語るベインズ氏。かかわったアーティストも多く、互いの意見を交換し合うのが特に大事だったそうだ。アーティストとのコミュニケーションを重視し、その上で最善の結果を生み出すことができる彼のミックスだからこそ、このアルバムが成功したと言っても過言では無いだろう。
インタビュー前編では、 ラッパーがその場のバイブスをそのまま作品に吹き込む”アトランタ流“の制作手法に迫ります。
Release
『Slime Language 2』
ヤング・ストーナー・ライフ、ヤング・サグ & ガンナ(輸入盤)
Musician:ヤング・サグ(rap)、ガンナ(rap)、ヤク・ゴッティ(rap)、リル・デューク(rap)、トラヴィス・スコット(rap)、ドレイク(rap)、リル・ベイビー(rap)、リル・ウージー・ヴァート(rap)、フューチャー(rap)、他
Producer:ウィージー、アウタタウン、ベイビーウェーブ、ターボ、サウスサイド、オズ、他
Engineer:アンガド・ベインズ、アレシュ・バナジ、他
Studio:YSLレコーズ、他