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残響室での“身体”の収録〜ヌトミック+細井美裕『波のような人』【第11回】realize〜細井美裕の思考と創発の記録

クオリティを上げる時間を確保するために
その場の判断を積み重ねる

 ヌトミック+細井美裕『波のような人』に使用するための音源は、小野測器さんにご協力いただき、残響室にて収録しました。エンジニアは葛西敏彦さん。今回はエンジニアリングに不慣れな私がNOVONOTES 3DXを用いて最終的な音を作るため、録音段階からその想定を葛西さんにご理解いただき、私が触れるような状態まで整えていただくサポートを葛西さんにお願いしました。また、録音後のシステム周りは久保二朗さんにサポートしていただきました。お二人とチームで動くようになってしばらくですが、今回はとにかく私が一人で挑戦する部分が多く、さらに愛知県で滞在制作をするということもあり、何かあったときの駆け込みホットラインをオープンにして対応してくださったこと、本当に感謝しています。お二人無しでは実現することができませんでした。この場を借りて、お礼を……本当にありがとうございました。

 

 『波のような人』の音制作フローについて、今この時代にマルチチャンネル環境で制作する上で重要なポイントが幾つか発見されたので、数回に分けて丁寧に記録していこうと思います。今回は、マルチチャンネル・システムで編集/再生することを前提とした場合のレコーディングについてです。レコーディングの目標として大きく分けて下記2点を設定しました。

①録音段階で最終形がほぼ想像できるものを記録すること

②音を発するダンサーを残響室内で"変身"させること

 ①は、葛西さんが居るからできることです。これまで残響室でも収録していただいたり、作品を作る上で音に直結する技術的な会話以外(例えばコンセプトであるとか、なぜこの技術を使うのかなど)を長く続けてきたからお願いできたことと思っています。そして②は、①を成立させるためのレコーディング・コンセプトのようなものと考えています。どちらが欠けてもバランスが取れないレコーディングであったでしょう。

 

 3DXのI/O Channel Configurationsを参考にするとシンプルでよいと久保さんにアドバイスいただいたので、このリストに当てはめられるものを採用しています(大体のものは含まれている)。

 

 この録音源をどのようにエディットする想定かについて葛西さんには、“1chずつ取り出して細かいエディットをするのではなく(そんな余裕は無い!)、ダンサーの岩渕貞太さんと空間のスケール感を変えることがしたい”ということをお伝えしていました。その方が確実に葛西さんの空間のとらえ方を流用させてもらえるし、ただでさえテンパるであろう私の思考がシンプルになると思っていました。かつての「Lenna」制作時に葛西さんがぽろっと言っていた“クオリティを上げる時間を確保するために、その場の判断を積み重ねる”という話を思い出していました。

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残響室の床に寝転ぶダンサーの岩渕貞太と、エンジニアの葛西敏彦氏。マイクは、葛西氏の前方にあるSOUNDFIELD SPS200を残響室の空間全体をとらえるイメージ。AKG C414 XLSを残響室の四方に、後方L/RにNEUMANN TLM127を設置。さらに距離感(特に近い音)に幅を持たせるSHURE Beta 91AをL/Rそれぞれにセッティングした。また、小野測器のオリジナル・マイクも、3mの高さに1つ、4面の壁にそれぞれ1つに加え、床の振動を収録する振動レベル計を使用。収録の模様は下のYouTube動画で

 

岩渕貞太

 

制御できない/できるようになった身体を
ダンサー岩渕貞太が残響室内で表現

 ②について。今作の原案はカフカ『変身』なのですが、常に自分の身体と向き合うダンサーの岩渕さんが変身するとはどういう状況なのか、をまず考えてみました。レコーディング時に台本を渡して、“今から録るシーンはこういうシーンなのでこのようにしてください”とオーダーすることは簡単で、貞太さんもプロフェッショナルですからそれだけでも十分な素材は録れると思うのですが、残響室であれば貞太さんが制御できない自分の姿にもっと向き合えるかもしれない。そう考えたときに、貞太さんと作中に出てくる男の状況をどうにかリンクさせたいと思いました。作/演出の額田大志君も同席していたので、実際の台本から男の状況や心情を簡単にリストにしたものを用意した上で、その一歩先、男としての貞太さんではなく、貞太さん自身が変身した自分と対峙する瞬間を作れないか探りながら進めました。

 

 変身後の男の状態は大きく分けて下記の2つ。

変身直後の制御できない身体

その後時間をかけて自分をなんとか制御することができるようになった身体(=制御できるようになったということは、身体というよりも男)

 この“制御できている/できていない”、2つの状況をどのように貞太さんの身体へインストールするか検討ししっくりきた方針として、貞太さんが、“自分からどういう音が出てどう響いているのか知っている/知らない”という2つの状況を作り、レコーディングを進めてみることにしました。

 

 残響室の外には葛西さんが簡易モニター・ブースを用意。台本の頭から順に変化する状況に合わせて録り進め、男が身体を制御できるようになる辺りで初めて出音を確認してもらいます。そこから貞太さんは意思を持った存在として自分を少し客観視(聴)できるようになるのではないか、という意図がありました。後は、私が残響室で前回レコーディングしたときにたまたま持っていっていたスポット・ライトが雰囲気作りにとても重要と感じたので、今回も持ち込んでみました。貞太さんの動きによっては大きな影ができたりと、心情や状況について考えることが、貞太さんが実際に変身できるようにするための環境作りのソフト面だとしたら、照明などのハード面も重要だったと思います。

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収録時はスポット・ライトで陰影を作り、影が壁面に踊るような効果を作った

 残響室に人が入ってしまうとどんどん吸音されてしまうため、貞太さんと葛西さん以外は外に出ていました。内部の様子は監視カメラをブラウン管に映してみんなで見ていたのですが、美しく、文字通りしばらく見入ってしまいました。ジョン・ケージもパフォーマンスをしていたE.A.T.(Experiments in Art and Technology)による『9 Evenings: Theatre and Engineering』という作品の映像を見たときのわくわくぞわぞわする感覚がよみがえった……。

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残響室内の様子はブラウン管越しにモニターした

 

 思い返すとほぼ配信イベントに近いモニタリングだったのですが、配信イベントでは得たことのない興奮と感動、あれはなんなんだろう!? 一つあるとしたらブラウン管で情報が削がれていたこと……もしかしたらこの辺りに配信でも引き付けられるヒントがあるのかなと思ったりしました。

 

 ちなみに今回のレコーディング、一番精神的にも体力的にもハードだったのは実は葛西さんなのです……。一つでも音を立ててしまったら10秒程度その音が残ってしまう。そんな状況で1日レコーディング、すべての所作を制限されていた葛西さんが実は一番制御できない身体になっていた……なんてうまいことを言っても、笑い飛ばせるハードさではなかったのですが、きっと葛西さんも笑ってくれると思うので(笑)、みなさん残響室でのレコーディングの際は、お気を付けください!(葛西さん本当にありがとうございました!)

 

 次は森下スタジオでの制作について、システムを深掘りします。ではまた~!

 

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ヌトミック+細井美裕『波のような人』
マルチチャンネルスピーカーと俳優のための演劇作品

愛知県芸術劇場
4月27日(火)19:30〜、28日(水)13:00〜、19:00〜
メイン・ビジュアル ©タカラマハヤ

 

細井美裕

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【Profile】1993年愛知県生まれ。慶應義塾大学卒業。大学在学中からボイス・プレイヤーとして数々の楽曲やサウンド・インスタレーションに参加。2019年、サウンド・インスタレーション作品「Lenna」とこの楽曲を含むアルバム『Orb』をリリース。同年、細井美裕+石若駿+YCAMコンサート・ピース「Sound Mine」を発表。メディア・アート作品の制作やオーディオ&ビジュアル・プロデュースも多数手掛けている

miyuhosoi.com

 

Lenna (HPL22 ver.) [feat. Chikara Uemizutaru & Misaki Hasuo]

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