Cö shu Nie インタビュー 〜アニメ『呪術廻戦』の第2クール・エンディング・テーマ「give it back」と「miracle」のサウンド・メイクを紐解く

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乾いた音は余韻が少ないから無音の時間がある
そこにリバーブをかけたときの残響音がすごく気持ち良い

松本駿介(b/写真左)、中村未来(vo、prog、g、k/同中央)、藤田亮介(ds/同右)からなる3人組バンド、Cö shu Nie。新たに発表されたシングル曲「give it back」「miracle」は、作曲を手掛ける中村がロックに打ち込みを重ねるこれまでの制作の中で生じた、ポストクラシカルへの深い興味を投影する楽曲だという。有機的な生楽器の響きとエレクトロニックなシンセ・サウンドが、何の相反や矛盾もなく結び付いているのは、サウンド・メイクを行う中村の思索によるもの。ここでは、中村にサウンドの基礎を形作るコンセプトと使用機材の関連について話を聞いた。

Text:Mizuki Sikano

 

枯葉の音をサンプリングするために
スタジオで枯葉作りからスタートしました

ーCö shu Nieの楽曲制作は何から始まりますか?

中村 基本的には私が打ち込みでアレンジを作り込んで、ほぼ完成したものをメンバーにオーディオ・ファイルで渡します。だから、私が自宅で作るイメージが始まりです。

 

ー昨年リリースされたアルバム『LITMUS』では、ロックをベースにエレクトロなどダンス・ミュージックの音色が重ねられていましたが、「give it back」と「miracle」はポストクラシカルの色が濃いですね。

中村 そうなんです。メジャー・デビューをしてからロックを軸にいろいろなジャンルの音をミックスしてきたんですけど、一度ポストクラシカルをやり切ってみたかった。これまではオリジナリティを追求する中で他人から大きな影響を受けるのが怖くて、能動的に音楽に触れてこなかったんです。でも今は、自分の芯を持ったまま殻を破っていきたいと思っている。だから最近の私はメロディとイメージが湧いてサウンド・メイクをするときに、自分の中ではやっているものを咀嚼して取り入れるようになりました。特に「miracle」を作ったときはオーラヴル・アルナルズのアルバム『some kind of peace』を聴いていたんですよ。空間全部が音楽になる感じに感動しましたね。

 

ー「give it back」はアニメ『呪術廻戦』の第2クール・エンディング・テーマ、「miracle」は『連続ドラマW インフルエンス』の主題歌です。ポストクラシカルの柔らかくて人の心に浸透しやすい音は、映画などとも親和性が高いジャンルですよね。

中村 いつか映画音楽をやってみたいんですよね。私は映画で使うようなシネマティックなサンプルをいっぱい持っている。もともと環境音から音楽ができていくみたいなところに興味があって……ビョークの『セルマソングス~ミュージック・フロム・ダンサー・イン・ザ・ダーク』を聴いて、工場の音から音楽ができたり、電車の音がグルーブになったり、リズムが裏返ったりを聴いてかなり衝撃を受けたんですよ。その衝撃は「miracle」のルーツになっています。具体的には、リズムの代わりに葉っぱの音を入れている部分です。2分45秒辺りは葉っぱをちぎっている音。3分25秒ぐらいのところでは、シャカシャカした葉っぱの後ろに、葉っぱの音を重ねたりしています。

 

ー何かサンプルを張ったのですか?

中村 レコーディング・スタジオのNEUMANN U47を遠めにセットして自分たちでサンプリングしたんです。ベースの松本(駿介)やドラムの藤田(亮介)とレコーディング・スタジオ付近で葉っぱを拾ってきて。スタジオに焼き芋が焼けそうなぐらい大きなドライヤーがあったんですよ。それを借りて、皆でパリパリにしたんです(笑)。みんなが踏んで聴いている、なじみのある音を入れたくて。日常で鳴っている音が、聴いたことない感じで鳴っている違和感に魅力がある。葉っぱの音だと気付く人が居たら、その音から秋を連想して、道を歩いていて、っていう場面が浮かぶ……そういった音は物語を生みますよね。その表現に惹かれて、今回試してみたっていうのも大きいです。

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中村のプライベート・スタジオ、デスク周り。モニターはIK MULTIMEDIA ILoud Micro Monitorでディスプレイ下にはオーディオI/OのANTELOPE AUDIO Discrete 4をセット。左側にはABLETON Live専用コントローラーのPush 2も見える

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デスク右側にはシンセサイザーのYAMAHA MX49をセット。MIDIキーボードにしているのはROLAND RD-2000

ー複雑なアレンジが多い印象ですが、「give it back」と「miracle」のデモ制作は何からスタートしましたか?

中村 ピアノとボーカルから作りました。MIDIキーボードを使い、弾き語りをしながら作ります。発想の段階で作りたい楽曲に合わせてピアノ音源を変えます。ロックならば相性が良いのは、XLN AUDIO Addictive Keys。「miracle」のデモで使った音源はSPECTRASONICS Keyscapeです。私の場合、ピアノは叙情的な要素が欲しいときに使うことが多いんです。そういうときにはKeyscapeの柔らかい音が欲しいことが多い。ピアノにブライトネスな質感はあまり求めていないんです。ピアノを習っていたこともあって、生楽器の音がベースにあるので、本能的に生っぽい音色を選んでいるところはあるかもしれません。

 

ー生音に引かれつつも打ち込みを始めた理由は?

中村 もともと興味があって使ってはいたのですが、本格的に始めたのは何年か前にドラマーが抜けたときで、“ドラムは打ち込みで行けるんじゃないか?”と思ったことが始まりです。生音を良い音質で録りたかったので、AVID Pro Toolsを購入しました。それ以来生っぽいものと打ち込みのシンセが合わさる……まるで3次元と2次元の世界が共存しているような音の空間を作るのが好きなんです。組み合わせると、相互作用でキャラクターが立ってくる……その音作りにプラグインはすごく大事な存在です。SOUNDTOYSのディレイ・プラグインCrystallizerや、EVENTIDEのハーモナイザーOctavox、リバーブのBlackholeが好きでよく使っています。

 

ー「miracle」は枯葉などサンプルが散りばめられているにも関わらず、リバーブに統一感があるので全体が一体になっていると感じました。

中村 全楽器が一丸となって、聴者の心を揺さぶるような音像を作ることを目標にしていたんです。私はEVENTIDEのプラグイン・バンドルAnthology XIを持っているのですが、お気に入りのリバーブBlackholeをシンセやピアノなどのあらゆるパートに使っています。

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「miracle」のピアノ、シンセ、デモ用打ち込みストリングスにインサートされているEVENTIDEのリバーブ=Blackhole。中村がどの曲でも多用していると語るお気に入りのリバーブ

ー「give it back」後半の転調する部分で、解放へと進むときの一体感は格別の心地良さですね。

中村 フレーズに連れて行かれる感じですよね。ストリングスはカルテットに演奏していただき、レコーディングしています。全パートが一丸となって盛り上がるように、フレーズは全体のハーモニーを考慮して作りました。

 

ーデモの段階ではストリングスを音源で打ち込んで作曲するのでしょうか?

中村 そうです。デモの段階から生っぽくしたかったのでVIENNA SYMPHONIC LIBRARYのストリングス音源を使いました。ニュアンスを伝えるためにデモ・ファイルにオートメーションも書きましたね。そこで作ったイメージに忠実にパッケージするために、レコーディングとミックスの現場で細かく説明をしながら進めていきました。

 

ー空間を埋めるさまざまなシンセの音が鳴っていますが、どういった音源を使用しているのでしょうか?

中村 4つの異なるシンセを使っています。NATIVE INSTRUMENTS The Giantのピアノ・ベースは、幻想的で「miracle」にぴったりだったので使っています。Absynth 5はウォームなサウンドでほかの音色に寄り添ってくれるんですよね。曲調とマッチすればどの曲でも芯になってくれるような印象です。さらにKinetic Metalで耳を引っ掻くような金属音をプラスしています。金属音は私にとって“まだ知り得ない神秘”を表すもの。ほかの曲でも重宝している音源です。さらにSPITFIRE AUDIOのピアノ音源Olafur Arnalds Stratusを重ねています。導入したばかりで、はしゃいで使ったところはありますが、アルナルズの音が大好きなので試してみたんです。今回はこういった形でアルナルズを取り入れましたが、空気や息遣いとかを含む録音空間のすべて、ありのままの音をいつか皆さまに届けてみたいと考えたりもします。

 

ーDAWは現在もPro Toolsを使っていますか?

中村 そうですね。STEINBERG CubaseやAPPLE Logic Proを触って操作が楽だとは思いましたが、私はPro Toolsが一番慣れているんです。作曲したセッションをそのままレコーディング・スタジオに持って行って、開くことができるのも便利だなと思います。オーディオI/OはANTELOPE AUDIO Discrete 4を、マイクはEdge Duoなのでマイク・モデリングを切り替えてよく遊んでいますね。

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「miracle」で使用された4つのシンセのうち“SYN1”トラックにインサートされたNATIVE INSTRUMENTS The Giant。世界最大のアップライト・ピアノKLAVINS Model 370Iをサンプリングしたもの

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“SYN2”トラックで使用しているNATIVE INSTRUMENTS Absynth 5は空間を埋めるような役割を果たしており、「ウォームなサウンドでほかの音色に寄り添ってくれるのが魅力」と話す

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“SYN3”トラックで使われているのはNATIVE INSTRUMENTS Kinetic Metal。その名の通り金属的なサウンドを鳴らすシネマティック・インストゥルメント

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“SYN4”トラックのSPITFIRE AUDIO Olafur Arnalds Stratus。オーラヴル・アルナルズの“ゴースト・ピアノ”と呼ばれる半自動演奏ピアノを再現するソフト音源で、マトリクスに並んだパターンを複数同時に鳴らすことができる

メンバーにはレコーディング当日に
最高のプレイをすることに集中してほしい

ーデモをPro Toolsで作り、メンバーに共有した後は?

中村 メンバーそろってリハーサル・スタジオでセッションをします。そこで彼らの演奏を録音して、差し替わっている状態のプロジェクトをレコーディングに持っていきます。そこに上書きする形でレコーディングを進めていくんです。

 

ーアレンジについては固められるところまで固めてから、レコーディング現場に臨むのですね。

中村 そうです。彼らにはレコーディング当日に、最高のプレイをすることに集中してほしいんです。彼らがベストな状態で演奏できるように、準備をするのも私がやるべきことだと思っているので。

 

ーベースの松本さんとドラムの藤田さんもDAWを使うのですか?

中村 藤田はAPPLE GarageBandとSHURE SM58を使って環境音のサンプリングをしていますね。以前、鍵を揺らす音を録るのを頼んで、それを送ってもらったことがありました。でも、プロジェクト・ベースでのやり取りは今まで無いです。

 

ー「miracle」でストリングスと枯葉以外でレコーディングしたパートは、ボーカル、ベース、ドラム、ピアノ?

中村 そうです。「miracle」のピアノはBÖSENDORFER Model 290 Imperialで弾いています。周波数レンジが狭く、サステインが短くて枯れた音をしているピアノです。マイクはNEUMANN U67を2本とU47をオンで、TLM170を2本オフでセッティングして録りました。「give it back」ではアコギを録音していて、MARTINのものを使っています。マイクはOKTAVA MK-012を使ってレコーディングしました。

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「give it back」で使用したMARTINのアコギとアルバム『LITMUS』収録「水槽のフール」で使用したGIBSON Firebird V。その下にはコンパクト・エフェクターのBOSS ES-8、PQ-4、XOTIC Robotalk、DIGITECH Whammy5、KLON KTR、STRYMON TimeLine、AKAI PROFESSIONAL Drive3 Fuzzなどが並ぶ

ー「miracle」では枯葉など、乾いた音の要素を意識的に選んで、組み合わせていったということでしょうか?

中村 基本的に私は乾いた音が好きなんですよ。余韻が少ないから、ちゃんと音が切れるが故の無音の時間があるし、その寂しげな感じが良いんです。そういう乾いた音にリバーブをかけたときの残響音もすごく気持ち良いし。言い換えれば、良い残響音を演出するためにドライなものを選んでいるとも言えるかもしれません。

 

ーそれに合わせてベースの音も決めた?

中村 レコーディング・スタジオで試行錯誤しました。エレキベースは低いところで太く出るので、アタック感みたいなものは和らげるけれど、ちゃんと生であるという主張をするギリギリのラインを狙ってアンプを選びましたね。

 

ー柔らかい音像が欲しかったんですね。

中村 最終的には歌がメインになるので、言葉が音楽に気持ち良く乗るためには、そういったマイルドな音の方が良いと思ったんですよね。

 

ーボーカルのレコーディングにはどういったマイクを使用したのでしょうか?

中村 NEUMANNの真空管マイクM269Cを使いました。ほかのボーカリストで試したときはこもり過ぎて合わなかったらしいんですけど、私の声は結構パキッとした声なので相性が良かったんですよね。

 

ーそれまでもずっとNEUMANNを使ってきたのですか?

中村 AKGのマイクを使ってきました。中〜高域をしっかり収音するニュアンスがとても好きなんですよ。でも今はボーカルもシンセも求める音像が変わってきていて、自分にとって次のステージに行けるものを探しているんです。それでマイクもM269Cに変えてみたし、プラグインも新しいものをどんどん買って試しています。「miracle」は私のサウンド・メイクの分岐点になったと思っているんです。

 

ーもともとはどういった音を求めていたのですか?

中村 私はハイがピチピチしている音が好きな傾向があって、周波数レンジの広い音を求めていたんですよ。シンセだとSPECTRASONICS Omnisphere 2はさわやかで、押しが強過ぎないので好きだなと思う。柔らかいし、Jポップ的な要素とも混ざりやすい印象があったんですよね。でも今は、ほかのパートも含めて自分の生み出す音を再構築していきたいと思っている。どう構築するかは、まだ試行錯誤の最中です。

 

XFER RECORDS Serumに手を出せたのは
アルカが好きだったから

ー最近新しく購入したものはあるのでしょうか?

中村 グイグイ系の派手なシンセを持っていなかったので、XFER RECORDS Serumを買いました。ライブの楽曲間で鳴らすSEには既に使っています。プリセットからツマミをいろいろ細かく調整するんです。みんなが使っている音を使って、私に何ができるか考えるのも面白いと気付けました。

 

ー使い方次第でオリジナリティを出せる予感がある?

中村 どうなるんでしょうね(笑)。私はアルカとかソフィーとか…… “何この音?”みたいな打ち込みで新しい音楽を開拓している人が好きで。アルカ『KiCk i』は不思議な音たちが洋楽ポップスに落とし込まれている、その独特のセンスが面白いと思ったんですよ。

 

ー「give it back」と「miracle」もインストだと完全に現代クラシックの音ですが、歌アリはポップスにガラッと表情を変えるのが面白いですよね。

中村 私はもともとオルタナティブ畑に居たので、メジャー・デビューしてからより深く“Jポップの要素が何なのか”考えるようになった。だから、そうやって歌謡メロのことをずっと考えて作曲を続けてきて、やっと今“新しいサウンドとの融合”というステージに行き着いたという感覚なんです。今は自分が好きな音楽性を追求して挑戦したいと思っているんですよね。その一環で、アルカが好きだから、Serumのようにイケイケなシンセにも手を出せました。

 

ー今回はポストクラシカルに挑戦したわけですが、次に挑戦したい音楽性などもあるのでしょうか?

中村 早く出したいので曲作りには取り組んでいます。2カ月前にABLETON LiveとMIDIコントローラーのPush 2を買ってみたんですよ。今までは展開をしっかりと設けたポップスをやっていたけれど、今後はループで聴き手と一緒に深く沈み込む音楽もやってみたくて……まずは形から入ってみることにしました。

 

ーもう作っているのですか?

中村 作っています。131BPMのドラムンベースを作っていて、せっかくドラムとベースが居るバンドなので生かそうと思いました。すごく面白いんですよ! 作っていて自分が乗ってくるので、ループの作用ってあるんだなと思いました。展開を付けるのも面白いし、サウンドとか突き詰めるほど細かい作業になるじゃないですか。特にループものは一つの音の完成度が大事ですよね。展開を作らずに、ループする中で上モノを構築するのは楽しい。これまで以上に、音を作ることに没頭できていると感じています。

 

ーCö shu Nieのオリジナリティが確立されたからこそ、新しい音楽性にも挑戦できるということですね。

中村 突拍子も無いミクスチャーをやっていきたいと思います。全然違うジャンルを次々演奏していても、虚無を歌う感じですから……私たちの芯は変わらないので。

 

Release

『give it back』
Cö shu Nie
(ソニー)

  1. give it back
  2. miracle
  3. give it back(Instrumental)
  4. miracle(Instrumental)

Musician:中村未来(vo、prog、g、k)、松本駿介(b)、藤田亮介(ds)、小寺里奈(vln)、矢野小百合(vln)、菊地幹代(viola)、水野由紀(cello)
Producer:中村未来
Engineer:和田 洸、阿部幸介
Studio:LITTLE EGG STUDIO、HeartBeat. Studio、BS&Tstudio

 

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