オーラヴル・アルナルズは、交通事故によって左手を使ったピアノ演奏が困難になったのをきっかけに、プログラマーのハラード・エルジャルンと半自動演奏システム“Stratus”(ストラタス)の開発に着手。1つのノートから複雑なシーケンスを生み出し、そのパターンを組み合わせることで多彩なフレーズを演奏するシステムです。2台のYAMAHA製アップライト・ピアノDU1E3に仕込まれ、アルナルズの作品やライブ演奏で使われています。ここでレビューするOlafur Arnalds Stratusは"ゴースト・ピアノ"と呼ばれるこの半自動演奏ピアノを再現した音源。筆者はゴースト・ピアノを核に制作されたアルナルズのアルバム『re:member』が好きなのでチェックが楽しみです。
人が演奏しているような繊細なタッチ
演奏パターンのランダマイズも可能
Olafur Arnalds StratusはNATIVE INSTRUMENTS Kontaktをエンジンに採用(無償のKontakt Playerでも使用可能)。Mac/Windowsに対応し、AU/AAX/VST/NKSの各フォーマットのほか、スタンドアローンでも動作します。
KontaktにOlafur Arnalds Stratusをロードすると、8×8でアイコンが配置されているマトリクスが中央に現れました(上の画面)。シーケンスのバリエーションが横に、入力されるMIDIノート(最大8音)が縦に並んでいます。つまり、MIDIノートごとに違うシーケンス・パターンを選ぶことが可能なのです。単音を弾いてみると、マトリクスの1行目で選択されているシーケンスが鳴り始めました。原音を含めたオクターブ違いのピアノ音がリズミカルに演奏されます。
まずはプリセットの“01A MATRIX - RHYTHMIC WAVES”を試します。徐々に強く弾くクレッシェンドで、非常に繊細なタッチのシーケンスです。まるで人が鍵盤をたたいているようですね。シーケンス・パターンを右列へ切り替えていくと、よりリズミカルなものへと変化していき、より高い音域からシーケンスが演奏される仕組みとなっています。4和音のコードを押さえてみると、1〜4行目で割り当てられたそれぞれのパターンが同時に演奏され、お互いが組み合わさり、残響もブレンドされることで、非現実的な美しいサウンドとなりました。マトリクス上部の波マークをクリックすると、その下の縦列がすべて点灯。すべてのノートが同じシーケンス・パターンで演奏されるので、コード・バッキングのような使い方ができますね。これらのシーケンス・パターンはDAWなどホスト・アプリケーションのテンポに同期されます。
アルペジエイター的なものを想像されるかもしれませんが、全く別物です。サウンドはオート・パンを使ったようなトリッキーな広がりを感じます。収録された2台のピアノからリズムが分割され、そこから得られるパンニング効果により、非常に立体感があるのです。
画面右側のサイド・パネルをRANDOMISEに切り替えてRandomise Matrixをクリックすると、マトリクスのパターンがランダムに変わります。それぞれのシーケンスは規則的に演奏されるのですが、リアルタイムに組み合わせの変化が起こるようになるわけですね。また、ランダマイズも自動化することができ、パターンが切り替わるタイミングもDAWのテンポと同期が可能。8拍ごとにランダマイズするなど、音楽的なタイミングでパターンを変えることができます。
PS-3100とJuno-60のサウンドも収録
動的なパッド音の演奏ができる
ほかのパッチも見ていきましょう。“01b Matrix - Rhythmic Attacks”はアタックが強く、徐々に弱く弾くデクレシェンドでの演奏です。1音目が強調されるので、タップ・ディレイがかかったような感覚で演奏できます。ただ、やはりディレイでは出せない、人が弾いているタッチを感じました。“02 Matrix - Looped Rhythms”は躍動感あるシーケンスがノート・オンの状態でループします。“05 Synth Matrix - Swarms”はさまざまな演奏スタイルがマトリクスに配置されていて、ランダマイズ機能と組み合わせると1コードでも多彩なバリエーションで演奏可能。そのフレーズからインスピレーションを得て、さらに音を重ねていくなど、曲作りはもちろんライブでの即興演奏にも生かせそうです。
本製品は、ピアノだけではなくアルナルズ所有のKORG PS-3100とROLAND Juno-60のサウンドがキャプチャーされたプリセットも用意しています。これはピアノ同様にマトリクスでの半自動演奏が可能です。“05 Synth Matrix - Swarms”ではコードを押さえるだけでブライアン・イーノをほうふつさせる動的なパッド音が演奏できました。
メイン画面をFXウィンドウに切り替えると、フィルター・タイプやコンボリューション・リバーブのIRを変更することが可能です。この標準搭載されているリバーブが非常に高品位で驚きました。特にピアノ音源はリバーブの質感によって印象がガラッと変わってしまうので、この妥協の無さはさすがSPITFIRE AUDIOですね。
半自動演奏と聞くとピアノ演奏のサポート・ツールだと思いがちですが、Olafur Arnalds Stratusはそれとは全く別物で、アーティストのインスピレーションを大きくかき立てる“楽器”です。紹介したポイント以外にも、Mercury Synthという複雑な音色エディットができるモードも備えるなど、実に多彩な機能を持っています。筆者は自分なりの使い方を編み出してABLETON Push 2との組み合わせで活用する予定です。
■製品情報
SPITFIRE AUDIO Olafur Arnalds Stratus
32,000円(価格は為替相場によって変動)