タイトル通り、さまざまな才能を招いた新作『彩脳』。TKソロ作でおなじみのBOBO(ds)や須原杏(vln)をはじめ、Salyu(vo)、ゲスの極み乙女。のちゃんMARI(k)、LITTLE CREATURESの鈴木正人(b)、トオミ ヨウ(p)、ヨルシカのsuis(vo)、世武裕子(p)、Cö shu NieのMiku Nakamura(p)、ほかにも実力派のストリングス奏者たちやアレンジャーの河野圭ら新旧のゲストを招聘。また、『東京喰種トーキョーグール』などの漫画家・石田スイ、そして文筆家としての地位を築いた又吉直樹が作詞に関与した曲もある。TKはどのように作品をまとめていったのか。
Text:Kentaro Shinozaki Photo:Yuki Kawamoto Hair & Make:Yoko Fuseya(ESPER)
始点はBOBOのビート感 終点は自分のミックス
ーさまざまなゲスト参加にかかわらず、いつものTKさんの質感で少しもブレが無いですね。
TK ミックスをすべて自分でやることで、最終的に自分の印を押せたと思います。いろんな方々に参加してもらうと、とっちらかってしまう可能性がありますよね。“あの人に参加してもらいました!”で終わってしまったり。その方が今までとは違うニュアンスが出やすいと思うんですけど、ゲストを招いて変化させるだけの作品にしたいとは自分は思わないんです。そもそも、変わることを目的としてアルバムを出すわけではない。できたものが本当に自分が求めている音楽なのかどうかが重要なんです。
ー資料を見る前に聴いたときは非常にパーソナルな作品という印象だったので、アルバムにこれだけのゲストが参加していることが逆に驚きでした。
TK 人を介して自分の純度を上げるというか。コラボレーションって本来は純度が下がるはずですけど、人と一緒にやることでそれを高めるという。例えば、ちゃんMARIとのコラボレーションでは彼女からピアノのフレーズをもらって、僕がそれに対してどんな反応をアウトプットできるか……自分を試すというのが今回やりたかったことなんですよね。そこで自分が反応できなければ、参加してくれた人の音楽になってしまうので、“変わったね”で終わってしまう。そうではなくて、“あの人とTKが一緒に作った音楽”にするというチャレンジでした。
ーゲストとはどのようにコラボしていったのですか?
TK 又吉(直樹)さんが作詞のディレクションをしてくれた「copy light」はもともとライブでやっていた曲が原型で、もっと深くまで行きたいと常々思っていたんです。アイディアの一つとして誰かに作詞してもらう案もあったんですけど、それこそ“作詞してもらいました”になってしまう気がして。僕の歌詞は独特なので共感しづらい人が居ることも分かっているんですけど、背景も無く誰かに書いてもらって評価されたときに、自分はうれしいのか? 次につながるのかな?と。それでも自分らしいトライの形は無いかなと考えたときに、僕が作詞をしたものを物語として又吉さんに見てもらうのはどうかなと。又吉さんからは“TKさんが求めてるのは、こことここの言葉を対にして深くえぐることかも”など、物語を描ける人ならではのアドバイスをもらうことができました。ポンと言葉をもらったらそれで終わりですけど、僕がコラボレーションで一番気にしているのは、次の自分につながるかどうか。今後、作詞をするときに又吉さんの言葉が頭をよぎることもあると思うんです。そういう意味でも又吉さんの視点は勉強になりました。
ー一方、「彩脳 -Sui Side-」は漫画家の石田スイさんが作詞をしていますよね。
TK もともとこの曲はスイさんの『東京喰種トーキョーグール』のために書いて、結局使われなかったものなんです。だからスイさんに作詞してもらうというのは、斬新でいて自然な流れだったんです。そういうストーリーがあれば建設的だと思っていて。ちなみに僕の歌詞のバージョン「彩脳 -TK Side-」も後日リリース予定です。
ーミュージシャンの方々とは、TKさんがデモ作りをしてからスタジオに入るという形ですか?
TK 基本的にはそうですね。曲作りの初期からかかわってもらった曲もあって、「凡脳」ではベースの吉田一郎(不可触世界)に“曲を作るときに横に居てくれ”と頼みました。“レンタルなんもしない人”のベース弾いてくれる人版みたいな感じです(笑)。僕が弾くフレーズを彼が横で聴いて、“それいいじゃん”って言われたもので作っていった。一人だけで作ると、違うと思ったものはどんどん削っていくので、ある意味自己嫌悪のループで研ぎ澄まされていくんですが、自分で自分を殺してしまう場合もある。人を経由して自分の音楽を掘り起こせたのは、今回の一番の収穫だったと思います。
ーTKさんのソロ作/ライブで重要な存在であるBOBOさんが本作でもすべてのドラムを担当していますね。
TK 僕がソロの曲を作るときは彼のビートが頭の中で鳴っているので、迷いなくお願いしました。自分の中で“ドラマーはBOBOで、ミックスは自分でやる”ということだけは決まっていたんでしょうね。始点と終点だけは決めて、その間は自由に踏み外したりして作るという。
ーBOBOさんのドラムの特長をどう見ていますか?
TK 直線的なビートで人を揺らすことができる類(たぐい)まれな存在ですね。彼のドラムってDAWで見るとグリッドに対してジャストに当ててくるんですけど、それなのに躍動感が尋常じゃないほどある。いまだにその謎は解明できていないんですが(笑)、ジャストなのに歌や楽器が今どう動いてるかを常に考えてそこに置いてくるんですよね。もちろん参加してくれたほかのミュージシャンもそうですけど、そのショットの打ちどころが僕のソロの音楽には無くてはならないんです。
ー凛として時雨のピエール中野さんとは違う?
TK 中野君は攻撃的なパワーがものすごくて、時雨の3人でノー・クリックでやっているときなんかも、解き放たれている瞬間の誰にもマネできないタイム感と、彼にしか出せないサウンドがある。それにやっぱり手数がすごい(笑)。BOBOは直線で人を刺してきて、中野君は斜めから刺してくる感じです(笑)。
ーどちらも刺すわけですね。
TK 刺してくるドラマーが好きなので。僕自身もそうかもしれませんが、オールマイティではないけど誰にもマネできない音を持っている人が好きなんですよね。
ー曲作りはTKさんの中に確固たるイメージがあって、それに沿って構築していくのですか?
TK でも完ぺきに見えているわけではなくて、“こういうふうにしたい”というよりも“こうしたくない”っていう部分の方がちゃんと見えている。“これは違うな”ということの連続で、最終的に答えに行き着くというか。
ー実は試行錯誤タイプなのですね。
TK “完成形が見えている”と思われがちなんですけど、時間はかかりがちです(笑)。僕はプロのエンジニアと違ってちゃんとした聴き分けのできる耳を持っていないので、目的地にたどり着くまですべてが手探りなんです。プロみたいな音にならないというコンプレックスがいまだにありますが、最近はそれも自分の音として捉えられるようになってきました。
広く録れる機材が多い中でフォーカスをどこに絞るか
ードラムなどの録りは商業スタジオ、ミックスは新しいプライベート・スタジオという流れですか?
TK そうですね。録りはベルリンのハンザ・スタジオ、それから新曲は日本のスタジオもかなり使いました。日本のスタジオは響きがすごく整とんされていますよね。ハンザで僕が使うブースは、狭くて壁が大理石なので計算外の暴力的な響きが結構あるんですが、それが自分の音楽とフィットしているなとあらためて思いました。またハンザに録りに行きたいですね。
ー日本のスタジオはどちらを使ったのですか?
TK アバコはドラムの響きが奇麗で使いました。以前、時雨のレコーディングで使ったときにアンビのリリースが理想的で格好良かったんです。今回のドラムもリバーブではなくアンビを使っていることが多いです。あとは音響ハウスとStudio Tantaも使いました。Tantaは出来上がってまだ時間が経ってないですが、まだ整い過ぎていない感じがすごく好きでしたね。ピアノの音は新しかったけどすごく良かった。
ー録りも自身で行ったのですか?
TK ハンザやアヴァター・スタジオでは自分で録りましたが、日本のスタジオではエンジニアに入ってもらっていて、今回は采原(史明)さんと石井(翔一朗)君、それから若手の染野(拓)君のいずれかにお願いしました。プロのエンジニアと一緒に作業すると刺激を受けるし、技術的な面や機材の情報など得るものも多いんですよ。自分で録るとマイキングも含めて自己流になるので、そのいびつさがちょうど良かったりするんですが、エンジニアがちゃんと録ってくれた音が混在するとまた面白いサウンドになるんです。その違いはAVID Pro Toolsで録るという点も大きいと思います。僕が自分で録るときはSTEINBERG Cubaseなので。
ーボーカル録りで使ったマイクは?
TK 復刻版のNEUMANN U67 Setを導入したんですよ。ハンザで録ったときもオリジナルのU67でしたし、PELUSO P-67も持っていて、インスパイア系も含めてU67は好きなんです。ただ、いろんなスタジオにU67がありますけど、高域がヘタってきてその音になっている可能性もありますし、オリジナル当時の音がどうなのか僕は分からない。だから、復刻版のU67 Setが出たタイミングで、“自分で育てていく一本”として買いました。そのほか今回はU87AIも使いましたし、「me
lt」だけはASTON MICROPHONES Aston Stealthというダイナミックで録りました。結局のところ、歌のテイクとマイクの音色が曲にとって最適かどうかだけだと思っているので、「片つ」やアルバムには入っていない「彩脳 -TK Side-」ではデモ・テイクのSHURE Beta 58が使われています。手持ちで歌うのも好きなんです(笑)。
ーダイナミック・マイクで歌った曲もあるのですね。
TK 最近はどの機材もそうですけど、録れるレンジが広くな
っていますよね。プラグインの性能も良くなっているので、全部が広く録れる印象があって、だからこそSHURE SM58やAston Stealth、ダイナミックではないですがU87AIみたいなマイクは歌にフォーカスしやすくなると思うんですよね。なので、塊(かたまり)のあるレンジ感で録りたいときはU87AIやダイナミックを使うようにしています。
ーおっしゃるように、エネルギーをどこに集中させるのかが昨今の音作りのポイントかもしれません。
TK あまり試したことはないですが、安価なマイクプリやオーディオ・インターフェースのクオリティも今は高いと思うんです。それだけで作れと言われたら、結構できるような気もします。ブラインドで聴いていいなと思った機材がすごく安かったりとか、ギターの世界では普通にあることなので。オーディオは高価なものの方が良くなりがちですけど、今は安くてもクオリティの底上げがされている。自己流で音源を作りやすい環境にはなっているのかなと。
ーあとは自分の腕ですね。
TK それこそアイデンティティをどこに込めるかがすごく重要になっていますよね。サブスクリプションの音楽配信でいろんな曲が並列に聴かれるのは多くの人にチャンスが広がったという見方もできますけど、自分の音楽に耳を傾けてもらうためにはどうすればいいのかをもっと考える必要があるとも思います。ソフトで完結できるこの時代、自分の音楽をどう聴かせるかが大切……結局のところ、すべてが簡単になることはなくて、どれかが簡単になったらほかの部分で難しくなる。便利なツールほど使い方がシビアですし、自分の音を持っているかどうかが試されると思っています。
自分の中で鳴っている音をオーディオ的にではなく音楽的にミックスする
ーミックスは残響による幻想感が素晴らしいですが、どのようなリバーブを使っているのですか?
TK 僕は通常のオケに溶け込ませるようなエフェクトとしてリバーブを使うことは少なくて、好きなのはスタジオの空間をシミュレートしたUNIVERSAL AUDIO UAD-2のOcean Way StudiosやIK MULTIMEDIA T-RacksのSunset Sound Studio Reverbのような、空気感を付加するリバーブですね。Ocean Way Studiosはリマイク・モードも好きで、キックの重心と迫力が自分好みにコントロールできるんです。歌にはUAD-2のLexicon、VALHALLA DSP Valhalla Room、STEINBERG Cubase純正のリバーブをほんの少しかけていて、基本的に純正のディレイを100〜120msでフィードバック0でかけるところからスタートするので、リバーブは無しにすることも多いです。リバーブのもう一つの使い方は、AUDIO DAMEGE EosやVALHALLA DSP Valhalla Shimmerなど、かなり長めで一瞬パッドに聴こえるような美しい響き。こちらはセンドではなく通常のトラックに立ち上げ、Cubaseのインプレイス・レンダリング機能で書き出してからプロセッシングすることもあります。センドで送るよりも視覚的に確認しやすいですし、一つの音として扱えるので大胆になれるんです。リバーブをかけた後はEQやコンプで奥行きや濁り感も調整するようにしていますね。
ーほかに多用したプラグインがあったら教えてください。
TK 今回はUAD-2、ACUSTICA AUDIO、T-Racksのマルチバンド・コンプを多用しました。今は非常にクオリティが高いプラグインも多いですが、どこかスマート過ぎるというか、引っ掛かる部分やひずむ寸前の質感が欲しくなるんです。先に挙げたプラグインはアナログの質感も強く、ほかでは代用できない音を持っているので好きですね。EQで言えばWAVES Renaissance EQやUAD-2のAPI 560でしょうか。色をあまり付けたくないときはCubase純正やFABFILTERを曲によって使い分けています。僕はミックスの時点でかなり色が強くなるので、最終のマスターはFABFILTER Pro-L2をトランスペアレント・モードで挿すことが多いですね。
ー今回のミックスで特に苦労した点はありますか?
TK 僕はプロのエンジニアではないので、どんな状況でも苦労しています(笑)。まずは曲に対するドラムのひずみ感を決めて、それを軸に作っていくことが多く、通常は皮モノ、シンバル、アンビを別のバスに送って音を作ります。それぞれを好きな音まで詰めていくと位相のコントロールが難しくなってくるのですが、極力同じプラグインの中で設定を変えたりバイパスに近い形で通したりといろんなやり方を試しています。AIのEQなんかで自動でできることもあると思うんですが、僕はあまりしっくり来ていなくて、AIにカットされるポイントが僕の好きなところだったりする(笑)。プラグインのプリセットは好きなものも多いですが、自動補正のEQに関してはまだ難しい印象です。近道できるトリックがどんどん増えてきていますが、それに対して目指す音や好きな音を持っているかどうかがとても大事な時代だと思います。そうでないと一定のクオリティを保っていても、どこかで聴いたことのある無味無臭なものに近付いてしまう気がするので。
ーサウンドの起伏などTKさんの激情感が反映され、これぞアーティスト・ミックスの好例だと感じました。
TK 僕が一番大事にしてるのは、自分の中で鳴っている音をオーディオとしてではなく音楽としてミックスすること。そしてプロセスを大事にせず、それを裏切ることができる客観性を持つことです。“せっかくやった”というプロセスが判断や音楽を鈍らせると思う。以前、ミックスをNEVEの卓でサミングしたものとCubase内でバウンスしたものを、時雨の345に聴き比べてもらったことがあるんです。僕としては卓を通った方が有機的に聴こえたのですが、345が選んだのはCubaseの透明感だった。これはあくまで一例ですけど、そのときから自分の感覚を信じるのと同じくらい、疑う感覚を持ち合わせていたいと思うようになりました。ラインのアンプ・シミュレーターが実物のアンプよりも楽曲をクレイジーにするときもあるし、打ち込みの弦やピアノが生楽器よりも楽曲をブーストすることもある。何が楽曲にとって最適かを選択する脳だけでミックスをしています。今でもついつい良い2ミックスを作るために意識が働こうとしますが、僕はあくまでミュージシャンなので、2ミックスじゃなくて音楽を作っているという感覚を強く持ち続けていたいんです。そうじゃないと僕がミックスすることに意味は無いですから。
「彩脳 -TK Side-」Cubase Proプロジェクト 解説:TK
アルバム収録の「彩脳 -Sui Side-」に対し、この画面は僕が作詞したバージョン=「彩脳 -TK Side-」(後日配信リリース予定)です。ドラムは皮モノ/金モノ/アンビをバスで分け、“DRUM ALL”でまとめて強めにコンプレッション。その下段の“DR
UM DRY”は、同じコンプ設定ながらスレッショルドがほぼかからない状態にしてバウンスし、アレンジによって“DRUM ALL”とのバランスを変えていきます。
最上段のトラックはこの楽曲で多用されているボコーダー・サウンドのMIDIで、3声に分けてCubase付属のPitch Correctに通し、空間系のプロセスを施しました。
ボーカル録りは、アルバム収録の「彩脳 -Sui Side-」はNEUMANN U67で、この「彩脳 -TK Side-」はデモとして収録したSHURE Beta 58のテイクを採用。録音時はAPI 3124+の後にUREI 1176をインサートし、レシオ8:1でリリースは最速の設定。
デモは衝動的に録り始めるため、ひずむくらいレベル・オーバーさせてAPOGEE Symphony I/O MK2のリミッターをかけることもあります。そこで音色はある程度決まってくるものの、レベル・コントロールとしてFABFILTER Pro-C2を使用。Beta 58で録音する際はEQを派手にかけることも多いため、UAD-2のAPI 560やCentury Tube Channel Stripも使用します。
Release
『彩脳』
TK from 凛として時雨
ソニー・ミュージックアソシエイテッドレコーズ:AICL-3888(通常盤)、AICL-3886~7(初回生産限定盤/2CD)
- 彩脳 -Sui Side-
- katharsis (sainou mix)
- インフィクション
- 鶴の仕返し
- melt (sainou mix)
- moving on (sainou mix)
- 蝶の飛ぶ水槽 (sainou mix)
- reframe
- memento (sainou mix)
- 片つ
- 凡脳
- P.S. RED I (sainou mix)
- copy light
Musicians:TK(vo、g、p、prog、strings arrangement)、BOBO(ds)、吉田一郎不可触世界(b)、キタニタツヤ(b)、鈴木正人(b)、ちゃんMARI(p、cho)、片木希依(p)、トオミ ヨウ(p、arrangement)、中村未来(p)、世武裕子(p)、小松陽子(p)、Salyu(vo)、suis(vo)、鎌野愛(cho)、須原杏(vln、viola、strings arrangement)、佐藤帆乃佳(vln)、田島華乃(viola)、菊池幹代(viola)、関口将史(vc)、村中俊之(vc)、小山祐生(oboe)、山内豊瑞(fl)、篠塚恵子(cl)、河野圭(strings arrangement)、Sakura Tsuruta(prog)、Malachi(prog)
Producer:TK
Engineer: TK、釆原史明、石井翔一朗、染野拓
Studio:ハンザ、アヴァター、Studio 6、アバコ、音響ハウス、Tanta、 aLIVE、Fluss、Studio SAUNA
オフィシャルWebサイト