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「Erode」〜森の中に音の結界を作る【第7回】realize〜細井美裕の思考と創発の記録

作品が良ければ方法の難は超えられる
スーザン・フィリップスからの気付き

 展示にあたって天川村を訪問したのは3回で、1回目は会場候補と芸術祭ルートの下見。その後コンセプトと大体のシステムは決めて、2回目は作品に使用する音源のサンプリング作業と、実際にどうやってケーブルを引いたりするかなどテクニカルの課題を洗い出すための現場検証。そして3回目が設営と最終調整でした。連載今回は、「Erode」のコンセプトを実現するために、どこに、どうやって、どんな音をインストールするか決定する様子を記録します。

 

 最近の自然の中の音の展示といえば、ポーラ美術館(箱根)が新たにコレクションへ追加したスーザン・フィリップスのサウンド・インスタレーション「Wind Wood」(2019年)があります。スピーカーが木々の中でどう見えるか、威圧感や仕込んだ感がどれくらいなのか少し気になったので、コロナ禍が少し落ち着いていた時期に訪問していました(2020年7〜11月公開)。スピーカーと鑑賞者の距離がかなり取られていて、四方に広がる木の暖かさや、ほかの作品、鑑賞者の雰囲気も相まってずっと居たくなるような空間でした。

 

mizuma-art.co.jp

 

 施工周りが気になって見に行ったものの、結局“作品が良ければ方法の難は超えられるよな……”という実感が大きな収穫で、そこを第一に考えようとあらためて思いました(作品、すごく好きでした)。見た目をなんとかしようという労力をコンセプトや内容の方に回せたらそれがベストだなと。そんなことは作品を作る上で当たり前ですが、自分の身体で実感しないと自分にとって説得力がありません。オンラインで写真は幾らでも見られるのに、美術館ってなんで行くの?という話もありますが、自分で納得したり、疑問を持ったり、そもそも自分が何に違和感を持つかとか、どんなものが好きかとかを知りに行くために必要だと思っています。好きじゃない作品があったとしても、好きなものが別にあると気付くために必要だったということもあります。

 

 オンラインでいろいろな作品が見られるようになりましたが、結局その感想を言うときに自分が納得していないから、話していても気持ち良くない。オンライン展示は美術館に足を運んだときより自分自身に対する気付きが少ない気がします。少し話が逸れました。

 

現場でサンプリングした自然音を組み合わせ
川の音をマスキングするノイズに

 では天川村で、どんな音を鳴らすのか? 最初に訪れてから、なるべく外部から音を持ち込まないようにしようと決めていたので、私の展示場所の前を流れる山上川の音をサンプリングし組み合わせることで、ホワイト・ノイズのような音にして、川の音を一瞬マスクできないかと考えていました。

 

 ただ、まずは仮の音源でこのプランが現実的かどうかの検証が必要です。展示場所は下見の際には電源が引かれていないため、バッテリー内蔵のBOSE SoundLink Mini IIを持ち込み、取りあえずSpotifyで“white noise”で検索して出てきた幾つかの音源をザッピングして流し、検証してみました(Spotify上にホワイト・ノイズってあるんですね。作業中とかに聴いたりするみたいです)。かなりライトな手法でしたが、今回の展示の検討には機能しました。

 

 最終的には川に近い音、遠い音、林の中の音、木がさわさわする音など合計40〜50カ所の音を集めて、なるべく多様な音の組み合わせができるような半数のファイルを採用。それぞれ60分ループにしてミックス違いを3種類程度用意し、エンジニアの田鹿充さんに調整をお願いしました。ちなみにサンプリングするときの記録で意識しているのは、ファイル名と対象物とマイクの位置が分かるような写真を撮っておくこと。これはAUDIO EASE Altiverbのプリセット仕様を参考にしています。

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ZOOM H4Nでの天川村自然音のサンプリング。風景とファイル名がリンクするよう、写真で記録しておく。サンプリング&スピーカー設置位置検討の様子は、下のムービーで

 

川に抜ける最後の木が結界を作る鍵
“一つ手前の木”にスピーカーを設置

 さて、「Erode」ではどの木にどうやってスピーカーを付けるか? 自然の中の展示であるため、実際に音を鳴らしてみてからでないと、どの木に付けるかはやはり決めきれず、L/Rそれぞれ2〜3本の木に目星を付けて設営段階で決めることにしました。

 

 スピーカーの設置は、安全管理の面から考えて人の手が届かないある程度の高さに。取り付け器具については木の細さや小枝の生え方などが均一ではないので、設営時にフレキシブルに対応できる方法を検討する必要がありました。器具の設計は1回目の下見時に、出展作家のニシジマ・アツシさんから、彼の作品設計/施工チームとして紹介していただいたNEW DOMAINさんにお願いしました。

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NEW DOMAINによるスピーカー設置の3D図面。図面中では太い柱状のものを木に見立てている。アルミ製の器具をラッシングで巻きつけて固定(ウレタンで木を養生)。首振りも自在とする

 木にまずウレタンを巻き、アルミ製の器具を木に沿わせて太めのラッシングで巻くことで、木を傷つけないで設置できるようになっています。さらに現場でスピーカーの首振りも調整できて、落下防止のワイヤーも付けられる仕様に。メンバーは私と同世代で話を聞いてと信頼できる印象があったので、ニシジマさんにもご快諾いただけてご縁に感謝!

 

 そういえばニシジマさんと天川村の朝集合したときにちょうど山から螺貝(ほらがい)が聴こえてきて、螺貝に水を入れて傾けたときに出る音を使って演奏した「Two3」(1991年)というジョン・ケージの作品があると教えていただきました。マスがたくさん泳ぐ奇麗な川にかかった橋の上で、螺貝の音を聴きながら……。

 

 ここで、スピーカーの設置の悩みを解決した予期せぬありがたい発見が! 前回触れた、“結界としての音の役割”を果たすためには、本当の川の音と作品の音の変わり目がある程度分かりやすいものでないといけません。ただ国立公園であるが故にスピーカーの周りに遮蔽物を置くわけにもいかず(そもそも見た目の問題でそれは避けたかった)、どうしようかと思っていたのです。そこで、林から川に抜ける最後の木の“一つ手前の木”にスピーカーを設置すると、最後の木のおかげでうまく音の回り込みを防げることが分かりました。視覚的には何も変わらないので本当に音の結界ができているような感覚になります。そういう意味で今回の作品の物理的な結界は、林を抜ける最後の両脇にある2本の木、ということになっています。

 

 次はいよいよ設営の記録です。ではまた〜!

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エンジニアの田鹿充氏のメモより。中央を抜けて川に向かう中、一番奥にある2本の木の一つ手前にスピーカーを設置することが、作品と自然の結界を作るベストと分かった

細井美裕

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【Profile】1993年愛知県生まれ。慶應義塾大学卒業。大学在学中からボイス・プレイヤーとして数々の楽曲やサウンド・インスタレーションに参加。2019年、サウンド・インスタレーション作品「Lenna」とこの楽曲を含むアルバム『Orb』をリリース。同年、細井美裕+石若駿+YCAMコンサート・ピース「Sound Mine」を発表。メディア・アート作品の制作やオーディオ&ビジュアル・プロデュースも多数手掛けている

miyuhosoi.com

 

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