次元が高ければ良いわけではない〜ヌトミック+細井美裕『波のような人』【第12回】realize〜細井美裕の思考と創発の記録

創作とディレクションの両方を
一人で抱えることの困難さに直面

 ヌトミック+細井美裕『波のような人』(4月27日、28日)の会場は愛知県芸術劇場でしたが、額田大志君の協力により現地2週間の滞在制作の前に森下スタジオ(東京)で1週間仕込みができる環境をいただけました。舞台を終えてみた結果から言うと、東京での仕込みの時間が無かったらどうなっていたんだろうと思うほど重要なフェーズだったと思います。

 

 前提として、私は音響チームや制作スタッフとして舞台作品にしっかりかかわった経験は何度もあったものの、自分の創造物として舞台作品を制作したことはありませんでした。最近になってやっと“自分はこれくらいの時間をかければこれくらいの生産ができる”ということがなんとなく見えてきたけれど、あくまでこれまで続けてきたことについてのみ。なので、制作前に算段しづらかったポイントとしてあったのは……

①演劇とメディア・アートの接点の作り方(コンセプト)、表現の仕方

②制作環境(システム)と現場へのインストール

 ……でした。①についてはつまり額田君と私の意見をどうつなぎ合わせていくかというところなので、コンセプトを作るところは(会話する相手がよく知る&信頼できる額田君であるという理由で)心配していなかったのですが、それをどうやってお互いのフィールドに落とし込むかを制作期間中に確立する、という課題は残っていました。

 

 ②については、普段私の作品のシステムの(と精神的な)支えである久保二朗さん、葛西敏彦さんが今回の滞在制作中は別件があり不在ということで、ホットラインは開いてくれていたものの、小さな現場判断を重ねていくのが自分しかおらず、漠然とした不安はありました。

 

 という状況の中で、追加で1週間森下スタジオを使わせていただけることに。早速久保さんが森下スタジオに簡易システムをインストールするため時間を作ってくださり、加えて愛知県芸術劇場にも持ち込むサラウンド・システムも久保さんの機材をお借りしているため、本番で使うものを稽古場から使うことができました。

 

 これだけシステムがヘビーな作品を何度かやってきていましたが、思い返すとエンジニアの久保さんと葛西さんとはあまりシステムの細かい話はしてこなかったことにあらためて気付きます。こういうコンセプトである、こういった効果を狙いたい、ということは何度も話していますが“こういうシステムにしたい”という話し方はしたことが無いかもしれません。あったとしてもコンセプトの一部に含まれていることくらい。それが悪いとかではなく、そういうプロジェクトの進め方がしっくりきていたのです。

 

 対して今回は初めてシステムを詳細まで理解する必要がある現場でしたが、結論、元の体制が私にとってはベストだと感じました。自分の経験不足は棚に上げてしまっていますが、特に舞台という、各セクションとの連携が必要かつタイムラインのコントロールが自分の都合だけではできないという状況下では、創作とディレクションを一人で抱えることは難しかった(例えば台本ができたら音を作る、音を作ったら演者と合わせる。でも演者と合わせている時間は創作はできない……など。舞台は本当に総合芸術、だから面白くなる!)。今回の公演も最終的には久保さん&葛西さんのご理解の下、ぎりぎりのところで普段の体制に戻っています。

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葛西敏彦氏(写真中央)のStudio ATLIOにて、小野測器の残響室で収録したソースを確認。左は久保二朗氏(アコースティックフィールド)

プラグインやフォーマットは
ツールでしかない

 さて、ようやく森下スタジオでの仕込みのシステムについてです。前回でも少し触れましたが、今回はNOVONOTES 3DXという3Dパンナー・プラグインを使用。そのパンナーでどう触れるか、森下スタジオに入る前にまず小野測器さんの残響室でのレコーディングの様子を、収録に別件で立ち会えなかった久保さんへ共有します。劇場のスピーカー・レイアウトは久保さんにディレクションしていただいているので、録った音(葛西さん)、やりたい音(細井)、鳴らす音(久保さん)の3つの切り口で会話をしていました。

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森下スタジオで作業中の筆者。スピーカーはELECTRO-VOICE SX300×4。手前のパワー・アンプ上にはFERROFISHのAD/DAコンバーターPulse16 DXを設置

 なぜこの会話が必要かと言えば、プラグインやフォーマットはツールでしかないから。プラグインと創作の関係について、私は久保さんが「立体音響ラボ  Vol.4」の後半冒頭で話していることがまさにその通りだな、と思っていますので、サラウンドに興味のある方に限らず、技術と芸術の間に興味がある方にはぜひご覧いただきたいです!

 

 

 公演の制作は稽古場から劇場まで通してすべて、AVID Pro Toolsにインサートした3DX上で音源を2次Ambisonics化します。それをMADIでスピーカー・デコードとHPL化するコンピューターに送り、スピーカー・システムへはRME Digiface Dante経由でDante接続。同時にHPLをそのヘッドフォン・アウトからモニターする形で進めました。森下スタジオでは機材が限られていたため稽古場の四隅に4chを仕込んでモニター。本番は16.2chですが一度2次Ambisonicsにエンコードしていたので、久保さんのシステムで4chスピーカーにデコードしていただき再生しました。細かい部分はヘッドフォンで制作し、演者へのモニターや大まかな調整はスピーカーで行っています。

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作業中のデスク。左は久保氏が用意したHPL化のためのシステムで、APPLE Mac Mini+RME Digiface Danteなどで構成。右は筆者のシステムで、APPLE MacBook Pro+AVID Pro Tools+RME Madiface XTを軸に、NOVONOTES 3DXでAmbisonicsへ変換して出力。NOVATION LaunchPad Xも用意している。葛西氏の収録ソース説明や仕込みの様子は下の動画で

 

 一つ発見だったのは、再現度を考えると3次Ambisonicsがいいだろうと思い、3次で進めていざ音を鳴らしてみたら、少し違和感が。久保さんが、“試しに2次でも聴いてみようか”ということで2次で鳴らしてみたらしっくりきたことです。これは個人の意見ですが、3次の方が収録した残響室を確かに感じるのですが、再現度が高いせいで視覚情報と一致しなくて、その不思議な気持ち悪さがありました。私は森下スタジオに居るのに、耳は残響室に居る。もしかしたら残響室に行ったことが無い方からしたらそんな違和感は無いかもしれないのですが、残響室を知っている久保さんも同じ様子だったので、音を知っている空間が耳と目で異なると混乱するのだなあという発見がありました。リアルにしたらいい、ということが、舞台という“見るものがある場所”では判断が変わってくる。ということで、今回は2次で進めました。

 

 次回は稽古場でどんなことをしていたのか。音を鳴らす以外にもいろいろと実験していました。小野測器さんの秘密兵器も登場。ではまた〜!

 

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ヌトミック+細井美裕『波のような人』
マルチチャンネルスピーカーと俳優のための演劇作品

愛知県芸術劇場
4月27日(火)19:30〜、28日(水)13:00〜、19:00〜
メイン・ビジュアル ©タカラマハヤ

 

細井美裕

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【Profile】1993年愛知県生まれ。慶應義塾大学卒業。大学在学中からボイス・プレイヤーとして数々の楽曲やサウンド・インスタレーションに参加。2019年、サウンド・インスタレーション作品「Lenna」とこの楽曲を含むアルバム『Orb』をリリース。同年、細井美裕+石若駿+YCAMコンサート・ピース「Sound Mine」を発表。メディア・アート作品の制作やオーディオ&ビジュアル・プロデュースも多数手掛けている