マイク入り聴診器でとらえる
身体のメタファーとしての音
やっとこの回がやってきました。舞台を支えるデバイス・シリーズです。舞台作品はすべてが同時並行で制作が進んでいくので、こうして振り返って体系化するとそれなりの量になることが分かりました。長くなっても記録欲は尽きません。
さっと振り返ると、ヌトミック+細井美裕『波のような人』の原案はフランツ・カフカ『変身』で、小説では男は虫になるのですが、この公演では目に見えない音(データ)になってしまう、というストーリーです。と言いつつ、本当は簡単に“音やデータになる”と言いたくはないのです。そういうものに変身するというのは、“本人であること”がどこに存在するのかを問いかけるためのメタファーでしかないからです。
作品内には象徴的な音が幾つか登場します。
①姿形が無い主人公の状態を表す音
②姿形が無い主人公の変化を表す音
ほかには、姿形が無い主人公と、物理的に存在する俳優とのコミュニケーションとなる音などなど……。
森下スタジオでは①と②を収録しました。まず①は、三神 圭司さん(小野測器)お手製の秘密兵器、手作り聴診器~マイク入り~を使用。そのままです。そのままですが、コンセプトを体現するために必要な音を一発で録ることができました!質感も、想像をかき立てる適度な生々しさも。これぞ三神さん版ピカソの“30年と30秒”ですね。通常聴診器は背中の音を聴くときと胸の音を聴くときのウラ/オモテがあり、それぞれで集音の具合が変わるので体の部位によって使い分けられる、とアドバイスをいただきました。知らなかった! 少し前までは、技術のプロフェッショナルの方々がコンセプトや表現に共感してくれると意外な気持ちになることがあったのですが、技術を開拓するときに働く想像力は表現を開拓するそれとすごく近いのかも、と気付くきっかけになったチームです。義務教育で、技術と美術を一緒にやってほしかったなあ。
①で重要なのは、単純に体の中で鳴っている音を録ればOKということではなく、ダンサーの岩渕貞太さんの状態がしっかり反映されているということです。静けさとは違って、何かが恒常的に続いていて、大きな変化がなくても状態を想像できる音。聴診器でただ一点、腕やのどの音を録るだけなのに、貞太さんは全身からエネルギーをその一点に集中させています。世代ギリギリですが、たぶんかめはめ波と同じエネルギーのため方です。それが何を意味するか……これは個人的な見解ですが、私たちはシンプルに貞太さんの身体の置き換えとしてキャプチャーしたいわけではないことが共有できていて、貞太さんの身体をメタファーとしてその変化が録りたかった、ということを体現してくれていたのではと思っています。シンプルにバリエーションを出す方法ならほかにもあったはずですが、私と額田君のオーダーを、貞太さんの身体が解釈して、目の前で起こる無限の解像度を持つ変化を私たちがどう切り取るか試されている状態です。しびれた! ぜいたくな時間でした。これこそが私たちの作品への態度だ、態度の音がしている!!と思いました。そしてこの音を大切にしないとという気持ちでした。自分が普段多重録音をしていることもあり、その思いがより強かったです。
加速度センサーを付けたダンサーが
その動きの生み出す音と会話する
②は、私にとっては①とは逆のアプローチで、究極にドライな気持ちで貞太さんを傍観する、というのがしっくりくる言葉でした。キャプチャーでも保存でもなく、傍観。パンチ穴の開いた壁を挟んで動く貞太さんを見るときに聴こえてくるような音です。対峙しないから、相手のことを理解しないで一方的な解釈で進めてしまうこともできるけど、大きな意思表示があるなら伝わってくる、くらいの距離感。貞太さんには①と同じように男の権化として動いてもらうのですが、①と違って、私としては目の前で起きているぜいたくなパフォーマンスに感動しないようにしていました。毎年の健康診断のイメージです。無駄の無いルートで次の検査、次の検査、はい記録できました、終了。みたいな感じ。劇中、家族は男を解釈するのですが、男の意思が分からなくなるときがある。そのとき、私たちも一緒に分からなくなった方がいいと思ったからです。分かっている状態で分からない状態を作るのって難しい。今回は私と額田くんそれぞれの感覚で“分かる”“分からない”みたいな話をしていた記憶があります。
ドライな気持ちで貞太さんを傍観するには、貞太さんに感情移入してはいけない。なので、今回テクニカル・ディレクションで入ってもらっていたイトウユウヤさんに頼んで(テクニカル・ディレクションの業務を超えてました……)、意味をなるべく持たない、けれど何か動くことで“伝えようとしてきている”意思を感じる音が鳴るようなシステムを作ってもらいました。みんなのAPPLE iPhoneをかき集め、加速度センサーの値を受けて何とも気持ちの悪い音を出すようにし、貞太さんの身体に養生テープで張り付けました。そこだけ切り取ったら“この現場大丈夫そう?”という様子だったのですが、ダンサーってすごい。
iPhoneを付けたのは両手首、両ふともも、肩甲骨の間、の合計5点で、加速度センサーの収録開始地点の座標をそれぞれのiPhoneのゼロ位置として、角度の変化によってギュイーンとか、もこもこ~とか、基本的な波形を重ねた音を鳴らすのですが、楽器なんですよ……文字通りシンセ……そうか、シンセもこうしていろんな波形を重ねていって一つの音色になるんだ……という大納得の現場でした。同じシステムなのに鳴らす音によって変化していく貞太さんの動きを見て、音と会話しようとしているような印象を受けました。“会話している”ではなく“会話しようとしている”。まさに、データで録りたかったことでした。書きながら気付きましたが、これ全然傍観できてないですね。“凝視”です。負けたな……。詳細は開発者の視点でこの制作のことが記録されているイトウさんの日記をぜひご覧ください。
さてさて、一人一人の30年と30秒の集まりに支えられた舞台の記録も終盤です。来月は舞台って本当に総合芸術なんだ、と思い知らされた小屋入り後の細井の様子をお届けします。ではまた~!
ヌトミック+細井美裕『波のような人』
マルチチャンネルスピーカーと俳優のための演劇作品
愛知県芸術劇場
4月27日(火)19:30〜、28日(水)13:00〜、19:00〜
メイン・ビジュアル ©タカラマハヤ
細井美裕
【Profile】1993年愛知県生まれ。慶應義塾大学卒業。大学在学中からボイス・プレイヤーとして数々の楽曲やサウンド・インスタレーションに参加。2019年、サウンド・インスタレーション作品「Lenna」とこの楽曲を含むアルバム『Orb』をリリース。同年、細井美裕+石若駿+YCAMコンサート・ピース「Sound Mine」を発表。メディア・アート作品の制作やオーディオ&ビジュアル・プロデュースも多数手掛けている