高野寛がTASCAM 246で制作した楽曲「Play▶︎再生」。ここからはその録音工程について話を聞いていくとともに、今のDAWとかつてのアナログ録音との違いや、録音に際しての心構えについても語ってくれた。
Text:Satoshi Torii Photo:Takashi Yashima 機材協力:ティアック タスカムビジネスユニット
高野寛 × TASCAM 246【前編】はこちら:
曲の芯を損なわないように音を重ねる
ではここから、実際の工程をたどっていこう。まずはリズム・トラックの録音から始まった。
「歌詞だけでなく曲調やサウンド面でもはっぴいえんどルーツ、シティ・ポップの源流といったものを意識しつつ、リズムだけは今の要素を取り入れようとリズム・マシンのIK MULTIMEDIA Uno Drumを使いました。このときにやったのが懐かしい方法で、ソングを打ち込むときにパターンが分からなくなっちゃうので構成ごとにパターンの番号を紙に書いておきます。紙が必須なんです。フィルが3番のボタンとか確認しながら打ち込むのを久しぶりにやりました。それがtr1で、tr2~4にはアコギ、ベース、SUZUKI OmnichordをモデルにしたAPPLE iPadアプリのOLYMPIA NOISE Chordionを録音しました。アコギはダイナミック・マイクのTELEFUNKEN M80で録ったんですが良い音でしたね。ベースも直挿しで何も加工が必要無いくらい良かったです」
この4trに、246のミキサーが6インであることを生かしセンド&リターンによるエフェクトをかけたそうだ。
「STRYMON Big Skyのルーム・リバーブをch5/6をセンド&リターンにして薄くかけています。ライン録音全体に薄くリバーブでつなぎを入れてやるとうまくつながるんです。そうしてできた2ミックスをポータブル・レコーダーのROLAND R-26に録音しました。普通はtr1~3に入れたものをtr4にピンポンすると思うんですけど、それだとベーシックがモノラルになりますよね。当時はそれが嫌で、DBXノイズ・リダクション付きのデッキを買いました。4tr全部埋めた後でそっちにダビングすればステレオでバウンスできるんです」
一度R-26に入れた2ミックスを246のtr3/4に戻し、ここからtr1/2を使って音を重ねていく作業になる。
「iPadアプリのMOOG AnimoogでSE的な音をtr2に入れました。そのSEをtr1にピンポンしながら、ボーカルとエレキギターを弾き語り状態でtr1へまとめて録音しています。ボーカル・マイクはM80、エレキギターはアンプ・シミュレーターのSTRYMON Iridiumを通しました。tr2が空いたので、そこにコーラスを録音しています」
コーラスの後に続けてギター・ソロを録音するのだが、ここで高野が行った手法がアナログ・テープならではのものだ。
「懐かしの逆回転をやってみました。tr2に録る場合はtr3だなって確認してカセットをひっくり返し、カウンターを見ながらゼロ直前まで弾く。ストーリーの流れを逆にして、最初に割と高音をガーッと弾き、終わりに行くにしたがって地味に弾くというのを思い出しながらやりました。フェード・アウト部分でパンニングをしているんですがそれも手動で、両手でやっています。これは昔、トッド・ラングレンのスタジオで実際にやらせてもらったんですよ。完全アナログのコンソールのスタジオだったので、トッドが“俺がフェード・アウトするからお前がパンニングしろ”って。2人で共同作業したのを思い出しましたね」
当時の手法をふんだんに再現した録音を終え、最後にエフェクトを付加。ここでもセンド&リターンを活用したという。
「ノー・エフェクトでの録音だったので歌が物足りなく感じ、マルチエフェクターのLINE 6 HX Stompをch5/6にセンド&リターンさせてヘッド・アンプやコンプ、ディレイといったエフェクトをかけました。ステレオなのでボーカルの音像をちょっとだけリバーブで広げたりしています」
学生時代と同じ手法で録音した今回。高野自身の変化としては、ライブ活動を通じて弾き語りに慣れたという点を挙げてくれた。歌と演奏をコントロールしながらの録音が可能になり、あまりパンチ・インなども行わなかったと言う。
「今回の曲はまず弾き語りで楽曲として成立しているのが前提で、それがはっきりしてからリズム・マシンの打ち込みも始めました。どの段階を切り取っても曲として芯がしっかりしているというか。そこにむしろ足し過ぎないように音を重ねていくという感覚を持って行いましたね」
結論を先延ばしにしない
あらためてカセットMTRで録音して、当時と今で何が最も異なるのかを聞いてみると、次のように答えてくれた。
「一番感じたのは画面を見ないで音楽を作るっていうこと、つまり耳だけで判断する集中力ですね。去年DAWでかなりたくさんの曲を作ってみて、音響的なアプローチとかもかなり追い込んだんですけど、自分はこれじゃないのかっていう思いがどこかにあって。楽しいんだけど肩も凝るし(笑)。あとは一発にかける気合いというのは、今のDAWとは全然違います。出来上がったものにはいびつさがあったりするんですけど、それが逆に今は出せない味だと思います。DAWで同じ方法をやってもあまりうまく行かないのかなと。デジタルの方が箱に奇麗に配置して収めていかないと破たんしちゃうってことが多々あって。アナログだと雑にぶち込んでも何となくまとまってくれますね。今回も、特に最初の2ミックスのトラックはピーク・インジケーターが付きまくりなんですけど、それがひずみでなくむしろテープ・コンプレッションとしてまとまって聴こえるという。DAW以降ピークが付くことにすごくナーバスになっているところがあるんですが、昔は気にせずガンガンにやっていたなと思い出しました」
この企画を“カセットってローファイだね”という印象だけで終わらせたくなかったと語る高野。ただローファイさを懐かしむだけがカセットの魅力ではないのだ。
「例えば246でEDMみたいなものを録っても良い感じにはならないですよね。デジタルとは別の、アナログ特有の上下のレンジ感にうまく収めて録りさえすればどんな再生装置で聴いても良く聴こえる。一番おいしいところの音が詰まっているんですよね。でも若い人にこれを押し付けるっていうのはしたくないんです。ノート・パソコンだけで全部打ち込んじゃうっていう技術もすごいですし、そういう人たちにカセットが素晴らしいって言っても話が全然かみ合わない。だけど出来上がったものにはここにしか無い、絶対にカセットにしか出せない良さがあると思っています」
最後にアナログ録音への心構えとして、高野自身がトッド・ラングレンからかけられたという言葉を教えてくれた。
「トッドからは“結論を先延ばしにするな”ってことをよく言われました。先延ばしにするということは、その時点ではっきりしたイメージが無いっていうことだから、イメージして先に進まないと際限なく時間がかかってしまうという話をされて。全部一人の宅録スタイルでやるときに先延ばしにするっていうのは、いつまで経っても作品が出来上がらないということに等しいですし、とても重要なことだと思います」
高野寛 × TASCAM 246【前編】はこちら:
※高野さんがご自身のWebサイトで、今回の制作について触れています。こちらも併せてご覧ください。
高野寛
1988年ソロ・デビュー。現在までにベスト盤を含む22枚のソロ・アルバムを発表。最新作は冨田恵一プロデュースの『City Folklore』(2019年)。ギタリストとしてもYMO、坂本龍一、高橋幸宏、細野晴臣、TOWA TEI、宮沢和史、星野源らをサポート。サウンド・プロデューサーとして小泉今日子、森山直太朗、のんなど数多くの作品に参加。Bandcampにてほぼ毎月未発表作品をリリース中
Recent work
『City Folklore』
高野寛
(SUNBURST)