浅倉大介がFMシンセサイザーのYAMAHA DX7II-FDと、シーケンサーのQX3を用いて制作した楽曲「Sequenced Crossing」。ここからは、両機材の魅力や当時の思い出などを語ってくれた。
Text:Susumu Nakagawa Photo:Hiroki Obara(except*)
浅倉大介 × YAMAHA DX7II-FD & QX3【前編】はこちら:
電源を入れてすぐ使えるのがハードの強み
作業する中で、浅倉は意外なことに気付いたという。
「曲構成や各パートのタイムラインすべてを、常に頭の中で把握できていないと音楽制作が進められないんだなって。例えば、イントロではどのパートが鳴って、何小節目からコーラス・セクションが始まり、どこで終わって、それを繰り返せば合計何小節になって……っていう、現代では僕らが当たり前に見ているDAWのシーケンス画面が一切無い状態で制作しなければならないんです。これは大変だ(笑)。今ではDAW上でコピペするだけで、簡単にサビを8小節増やしたりできますからね」
当時の作業を振り返る浅倉。accessでは、オリコン1位を獲得した3枚目のアルバム『DELICATE PLANET』(1995年)までは、QX3を用いて制作していたそうだ。
「長時間、斜め下を見て作業するということを連日続けていたので、ある日突然首が動かなくなることも……。当時はかかり付けの鍼灸師をよくスタジオに呼んでいました。ほぼ真正面にあって、しかもカラーのディスプレイを見ながら作業ができる現代のDAW環境って、体にも優しいんだなと思いますね(笑)。もっと言うと、今はラップトップ1台あればカフェで作業ができちゃいますから。さすがにDX7II-FDとQX3をスタバに持っていく勇気はないですけれど。テーブルを3つくらい占拠しちゃいますもんね(笑)」
一方、ハードウェアを使うことの良さも語ってくれた。
「ハードウェアで良かったのは、電源を入れて0.5秒後には使えるところ。何か素晴らしいアイディアを思い付いたとき、すぐにスケッチができるのはハードウェアの強みです。DAWだと、コンピューターあるいはプラグインが立ち上がるまでの時間があるし、アラートやポップアップ画面が出てきたり、ついつい作業とは関係無いメールや動画などを見出してしまって集中力が削がれることもありますから」
開発時に自身がデバッグに携わっていたというDX7II-FDについて、あらためて浅倉はこう語る。
「DX7II-FDには、1つの音色を4つまで重ねられるユニゾン・モードという機能があって、その処理は本体内蔵の音源チップが行っています。そのため、それぞれの発音タイミングに若干のディレイが生じるのですが、これがDX7II-FDのサウンド・キャラクターを作る一番の要因だと思いますね。こんなに荒々しくて抜ける音を出せるシンセは、ほかに無いかもしれません」
LFOのマルチモードもお気に入りだと続ける。
「LFOの周期もポリフォニックになるので、ストリングスやパッド・シンセにおいて“独特の揺らぎ”を表現できるんです。“ランダム・ピッチ”というパラメーターを併用すれば、無機質な音色が一瞬で有機的になります。あとはピッチ・ベンダー。コードを押した際、一番低いノートだけ、または高いノートだけピッチ・ベンドする、ということができるので、ダブル・チョーキングのようなユニークな効果が作れます」
極め付けは、2基のコンティニュアス・スライダー、CS1/CS2だという。
「CS1/CS2にパラメーターをアサインし、音色に変化を付けようというものなのですが、オペレーターのフリーケンシーを割り当てることで、FM音源の要でもある“周波数比”をリアルタイムに制御可能です。この“斬新な音色変化”に興奮したのを今でも鮮明に覚えていますね! DX7II-FDは高周波倍音によるキラキラした独特のサウンド、ベロシティやスライダーでの豊かな表現力、厚みや揺らぎといったアナログライクな音色が魅力。ぜひ一度実機を触ってみてほしいです! 逆に言うと、DX7II-FDのオーディオ・サンプルやシミュレーション・プラグインでは、いまだに実機のサウンドを再現できているものに出会ったことがありません」
QX3についても伺ったところ、浅倉はこう語ってくれた。
「基本的にトラックを選択して、操作のジョブ・コマンドを押すっていうシンプルな考え方がいいんです。トップ・パネルには各ジョブ・コマンドに対応する数字が一覧できるようになっているので、マニュアルを見なくてもすぐに扱えます。ここら辺の手軽さが、長年プロの現場で使われていた理由でもあるでしょう」
楽器のようにQX3を扱っていた
DX7II-FDやQX3を用いて作られた代表的な楽曲について尋ねてみたところ、このような答えが返ってきた。
「それこそ、マニピュレーターとして参加したTM NETWORKでは、『Kiss Japan TM NETWORK Tour '87〜'88』から『Tour TMN Expo』(1992年)まで、 ほとんどQX3に打ち込んだシーケンス・トラックでサポートしました。そういえば、TM NETWORK解散時に作ったaccessの曲「DECADE & XXX」の長さは約6分なんですが、全体のラフ・スケッチは3分くらいでできたというエピソードも。このころになると、もう楽器のようにQX3を扱っていたのかもしれません(笑)。また、DX7II-FD独特のユニゾン・サウンドが聴けるという意味では、access「JEWELRY ANGEL」。ゴリゴリしたシンセ・ベースやキラキラしたシンセのほとんどはDX7II-FDです」
当時はよく“ピコピコ系は浅倉だよな”と言われていたと話す彼。その理由は、QX3での“ステップ入力”にあると教えてくれた。
「ステップ入力で曲を構築していくことが多く、その機械的なグルーブが、逆に自分のシグネチャーとして世間に認知されたんだと思います。もし僕がキーボードの演奏にたけていたら、こんなふうに言われることは無かったでしょう」
最後に浅倉は、今回の楽曲についてこう振り返る。
「テーマは、1980年代と現代ハードウェアの融合。EDMライクなトラックですけど、やはり音色がDX7II-FDなのがユニーク。EDMシーンに80'sのモンスター・シンセが現れると、“こんなに曲の印象って変わるんだ”というのを楽しんでもらえたらうれしいです。また、現代のソフト・シンセでは決して再現できない、DX7II-FDの持つキラキラ感とエッジの効いたFMシンセ・サウンドも必聴でしょう。最後に、MIDIは本当によく考えられた規格だったんだなと。約30年越しでも、すべての電子楽器同士が会話できてしまうところに深い感動を覚えますね」
浅倉大介 × YAMAHA DX7II-FD & QX3【前編】はこちら:
浅倉大介
プロデューサー/作編曲家/DJ。貴水博之とのユニットaccessのキーボーディストとしても活動する。1985年よりYAMAHAシンセサイザー・ミュージック・コンピューター部門でシステム開発に従事。またTM NETWORKのサポート・メンバーとして、マニピュレーターやキーボーディストを務めた。T.M.Revolutionのヒット曲「HOTLIMIT」「WHITE BREATH」などを手掛けたことでも知られている。
Recent work
『Sequenced Crossing』
浅倉大介