小森雅仁氏が考える自宅ボーカルREC術

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レコーディング/ミックス・エンジニアとして、数々の著名アーティストを手掛ける小森雅仁氏。コロナ禍で楽器もリモート録音になったのを機に、アーティストに宅録ディレクションをして、その素材をミックスすることも増えたという。今回は、ミックスしやすいボーカル素材を軸に考えながら、マイク選びや録音術について語ってもらおう。

【小森雅仁】Greenbird、birdie houseを経てフリーランスに。Official髭男dism、米津玄師、Yaffle、小袋成彬、iri、藤井風、PEARL CENTER、TENDRE、AAAMYYYなど数多くのアーティストの作品を手掛けてきた

宅録を行う一番のメリットは
音楽的に優れたテイクが録れやすいこと

 僕はレコーディングよりもミックスの仕事を請け負うことが多く、ましてやこのご時世なのでアーティストから素材を受け取って、ミックスしてお返しするデータでのやり取りが増えてきています。宅録完結の曲をミックスすることも多いです。

 

 まず僕の中では、宅録素材がスタジオ録音より劣っているという認識はありません。むしろ、スタジオで録っていたらこんなに素晴らしいテイクは録れなかっただろうなと思うことも多いです。宅録の一番のメリットは、音楽的に優れたテイクが録れやすいことです。スタジオ録音の場合は、あらかじめ日時を決めますし、その場にスタッフも居るので、ある種の緊張感があります。しかし、宅録の場合はアーティストが歌いたいと気分が乗ったときに録音開始できます。なので、例えばすごくパーソナルな内容の歌詞ならば、その世界に沿ったテイクになりやすいんだと思います。とはいえ、スタジオでエンジニアが録音をしたものの方が音質面では良い場合が多いですし、ミックスもしやすいです。なので今回は、より質の高い宅録素材を目指すために、音質面でも向上する方法について一緒に考えていきましょう。

マイクを選ぶための指標として
自分の声と逆の特性のモデルを試す

 まずはマイク選びについてお話ししましょう。一番大事なのは、曲調や自分の声に合ったマイクを選ぶことです。そのためには“自分の好きなアーティストが使っていたから”“誰かに薦められたから”といった理由だけでマイクを選んではいけません。自分の求めるボーカルの音像と実際の自分の声の特徴を鑑みて、ベストなマイクを使いましょう。

 

 一概には言えないのですが、マイク選びの一つの指標として自分の声の特徴と逆の音色のマイクを試してみることをお勧めします。例えば、高域の倍音が多くてウィスパー・ボイスで歌うシンガーをAKG C12やTELEFUNKEN Ela M 251のように中域が控えめで高域が奇麗に伸びるマイクで録ると、中域の芯が足りなくなったりします。そのような場合はNEUMANN U67やM149のように中域の密度が高いマイクが合うことが多いです。逆に声の中高域が強くキンとなりがちな人は、Ela M 251のように中域や中高域が控えめでエア成分をしっかりと拾えるマイクで録ると、耳に痛くなく、抜けの良いボーカルが収録できるはずです。元の声がブライトなのにブライトな音色のマイクを合わせると、細い録り音になってしまったりするので、その点を気を付けて選んでみましょう。

 

 また自分が歌っていて気持ち良いかどうかも重要な判断基準になります。僕はレコーディングの際にあらかじめ見つくろっておいた2~3本のマイクをセッティングして、アーティストと一緒に選んでいます。僕が曲や声にこのマイクが合っていると思っていても、アーティストが“これが歌っていて一番気持ち良い”と言えば、必ずそのマイクでレコーディングを行います。アーティスト自身が気持ち良く歌えるかどうかが、テイクに多大な影響を与えるからです。なので楽器店などで試奏する際に、そこで録れそうな場合は録音してプレイバックを聴いてみると良いでしょう。もしくは、客観的に意見してくれる人と一緒に行くと良いかもしれません。

後処理でサウンドを変えられる
シミュレーション・マイクという選択肢

 さまざまなマイク・タイプを収録したシミュレーション・マイクを使うのも一つの手です。僕はミックスを依頼していただいたアーティストが有効なマイクを持っていない場合に、SLATE DIGITAL Virtual Microphone Systemをお貸ししています。その理由は、アーティストに合うマイク・タイプをミックス段階でエンジニアが選べるからです。声に合っていないマイクで録られた素材をミックスするのはとても大変です。なので、付属のマイクとプリアンプで録音したデータをいただき、こちらで最適なマイク・タイプを選ぶんです。

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マイク・シミュレーター、SLATE DIGITAL Virtual Microphone Systemの専用プラグイン、VMC Virtual Microphone Collectionの画面。ここではNEUMANN U47を元にしたFG-47が選択されている

 シミュレーション・マイクがお好きでない方もいらっしゃるかもしれませんし、本物と全く同じサウンドかと言われたらそうではありません。しかしながら、声や曲調に合っていないビンテージ・マイクや高級なマイクで収録されたものよりかは、はるかに良いと思っています。1本で幅広いキャラクターをカバーできるので、さまざまなシンガーの歌を録るプロデューサーやトラック・メイカーの方にもお薦めです。

 

 もう一つのメリットは、マイク・タイプの切り替えをエフェクターのように利用できることです。例えば、コーラスが多い曲で、リード・ボーカルには中域に芯のあるマイク・タイプのFG-47やFG-67を選び、コーラスには中域がスッキリとして高域が奇麗に伸びるFG-800やFG-12を選択するといった使い方をすることで、曲全体の奥行きや立体感を演出することができます。

フラッター・エコーを防ぐために
壁に毛布や布団をかける

 では本格的に、ミックスする上で扱いが難しい宅録素材についてお話しします。僕の手元に送られてくる宅録素材で一番多いのは、本人が望んでいないであろう騒音や部屋鳴り、ひずみが入ってしまっている素材です。普通に生活をしている部屋では、空調の音や路上の車の音などの生活音や環境音が鳴っています。当たり前ですが、まずは第一にそういった音がマイクに入らないように意識する必要があります。そして普通の部屋は、スタジオのようにルーム・チューニングが施されていませんので、対策を行わないと本来入れたくない余計な反射音=部屋鳴りがマイクに入ってしまうのです。なので、自分でできる限りルーム・チューニングを整える必要があります。

 

 コロナ禍によりリモート・レコーディングが増えて、いろいろな方に“マイキングが大丈夫か確認してほしい”ということで実際に宅録環境を拝見し、アドバイスもしてきました。僕が教えてきた簡単なルーム・チューニングの方法として、フラッター・エコー(平行する2つの平面の間で起きる反射が繰り返し発生すること)を防ぐためにマイク側の壁には毛布や布団、コートなどをかけると良いです。また部屋に大きな姿見などがある場合は、録音中だけでも部屋の外に出すか布のカバーをかけるとよいでしょう。窓ガラスもフラッター・エコーの原因になりやすいので、カーテンを閉めるなどして対策をするべきです。

 

 また、壁に対して垂直に音を放つと音が思い切りはね返ってきてしまうので、なるべく壁に向かって垂直に歌ったり演奏しない方がよいです。四角い部屋ならば、部屋の中央から角に向かって音を発するようにしてみましょう

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壁に対して垂直に音を放つと音がはね返ってくるため「部屋の中央から角に向かって音を発して録ると良い」と小森氏は言う

 そして、そういった部屋鳴りや反射音の対策としてリフレクション・フィルターがありますが、マイクに入る壁からの反射音を減らすことができても、そもそも声の実音に悪影響を与えることがあります。具体的には、中低域~中域の位相が悪くなって鼻詰まりっぽい声で録音されてしまうことがあるのです。リフレクション・フィルターはシチュエーション次第では役立つかもしれませんが、歌でも楽器でも、まずはできる範囲でルーム・チューニングを整えることが大切です。

スタジオの録り音に近付けるよりも
素材の質感や部屋鳴りまで生かす

 また、必要な機材がそろっていないのでとりあえず手持ちの機材で録音したというケースもあったりします。そうして録音した方々の中には“本当はスタジオで録ったみたいな音にしたかったんだけど……”と言う方も居ます。そういったケースでは僕自身も最大限の努力をしますが、例えばSHURE SM58で録った声を、後処理でSONY C-800G/9Xで録ったような音にすることは不可能です。ですので、このような場合に僕がまず試すことは、その宅録素材の質感や部屋鳴りを生かしたミックスを提案できないか考えることです。例えば海外で録られたボーカルなら、部屋が日本よりも広い場合が多いので、盛大に部屋鳴りが入っていたりします。しかし、曲によってはその部屋鳴りが曲にマッチしていたりする場合もあるんです。なのでそういった素材のさまざまな質感をとらえて生かす方向で作業を始めます。それが曲の雰囲気に合わないとなれば、IZOTOPE RX 7などで地道に音を処理をしていきます。

 

 その際には、部屋鳴りの軽減のためにIZOTOPE RX 7 De-Reverb、意図せずにひずんでしまった音にはIZOTOPE RX 7 De-Clipでトリートメントをします。リップ・ノイズの除去にはIZOTOPE RX 7 Mouth De-Clickを使い、マイクの吹かれの除去にはIZOTOPE RX 7 De-Plosiveを使用しています。これらはもちろん、トラック全体に一括で処理するのではなく、必要なところにだけ1カ所ずつ適用していきます。当然手間と時間はかかりますが、録りで失敗するとそれだけ後処理が大変になるということです

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IZOTOPE RX 7 De-Clip画面。ボーカルの意図せずにひずんでしまった音を削る目的で使用しているという

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マイクの吹かれの除去にはIZOTOPE RX 7 De-Plosiveを使用

自分の意図する音像を明確に持つことと
想定外の発見を受け入れることが大事

 またラップトップの内蔵マイクやスマホで録音した素材を扱うこともありました。その場合は、内蔵マイクの質感を生かし、それをプッシュしていくようなアプローチでミックスしていきます。ローファイ方向でボーカルを処理していく際に、極端に汚したいときはIZOTOPE Trash 2などを使います。ラジオ・ボイスのような音に加工する場合は、MCDSP FutzBoxなどを使用することが多いです。ほかにもANTARES Auto-Tune EFX+はフィルターのひずみ方が独特なので、ピッチ補正は入れずにトーン・シェイパーとして使うこともありますね。かすかにサチュレーションを加えたいときには、PLUGIN ALLIANCE Black Box Analog Design HG-2やKUSH AUDIO Omegaシリーズのプラグインを使っています。

 

 ちなみに、いわゆるデジタル・クワイア系のボーカル・プロセッサーの中では、個人的にANTARES Harmony Engine Evoが音も奇麗でお薦めです。IZOTOPE VocalSynth 2も面白いプリセットがたくさん入っていて使いやすいですね。グラニュラー合成を用いたプラグイン・エフェクトのOUTPUT Portalは、かなり派手にかかるので楽曲の風景を変えたい部分の飛び道具として有効です。

 

 録りでもミックスでもとにかく大事なのは、自分が意図するサウンド・イメージを明確に持つことです。それと相反するようですが、常にオープンでいることも重要です。マイクのチョイスでもプラグインのプリセットでも、いろいろと試してみると“当初の意図とは違うけどこれも面白いな”という場面があるはずです。そのような制作中の発見もうまく作品に取り込んでいくことが、オリジナルで新しい音作りにつながると思っています。

おすすめプラグイン : EQ

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UNIVERSAL AUDIO UAD-2 Manley Massive Passive EQは「シルキーな質感で高域を持ち上げたいときに使う」と小森氏は語る

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エア帯域を持ち上げたいときに使用しているというUNIVERSAL AUDIO UAD-2 Pultec EQP-1A Program Equalizer

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ACUSTICA AUDIO Gold3は中域を押し出したいときに使用しており、小森氏によると「ほかのプラグインでは得られない密度や質感が魅力」とのこと

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余分な帯域をカットするときに使うFABFILTER Pro-Q3

おすすめプラグイン : Lo-Fi Processor

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IZOTOPE Trash 2は「ボーカル・サウンドを思いっきり汚したいときに使う」という

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ラジオ・ボイスに加工する際によく使うというプラグインのMCDSP FutzBox

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ANTARES Auto-Tune EFX+は「フィルターやひずみ感が独特なのでトーン・シェイパーとして使う」と小森氏は話す

プロ20組の歌録り機材&テクニック! 自宅ボーカルREC術

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