Pro Tools付属音源で完結!和楽器パートも含むデモ制作|解説:町屋

Pro Tools付属音源で完結!和楽器パートも含むデモ制作|解説:町屋

 皆様こんにちは。初めましての方もどうぞよろしくお願いいたします。和楽器バンドで、ギターとサイド・ボーカル、そしてメイン・コンポーザー、アレンジ、ディレクションを担当しております町屋と申します。我々はドラム、ベース、ギターといった基本的なバンド編成に和太鼓、箏、尺八、津軽三味線、詩吟をベースにしたボーカルという、いわゆる和楽器を融合した少し特殊な所帯の多いバンドとなっています。これらをベースにオーケストラやシンセ・トラックをアドオンするので、最終的には相当なトラック数になりますが、これらをいかにしてまとめているのかを、デモ制作から完パケまで全工程をAVID Pro Toolsで完結させている私から、自己流も織り交ぜた使い方を数回にわたってお届けいたします。

メロディ用とコード用のピアノ音色

 私がPro Toolsを使いはじめたのはおよそ20年前、初めてのDAW選択は最初の段階からレコーディング・スタジオとの互換性を最優先しました。当時は日本各地のスタジオでPro Toolsが定着してきたころで、それまでのレコーディング・スタジオにおける“アナログ or デジタル論争”のようなものもある程度落ち着いてきたころだったかと思います。

 Pro Toolsはオーディオ機能を中心に発展してきたDAWのため、当時はMIDI機能にそれほど注目されておらず、私に限らず多くの人は打ち込みを別ソフトウェアもしくはハードウェアで行った後に、オーディオ・データをPro Toolsに取り込んで作業を進行していくという使い方がメインでした。しかし、私はMIDI機能が強化されたPro Tools 7以降、打ち込みを使用したデモ制作からマスタリングまで、音に関するすべての工程をPro Toolsで完結させています。

 そんな私の使い方の特徴は、極力サード・パーティ製品を使用せず、どこのスタジオであっても作業をしやすい状態を保っているという点が挙げられるかと思います。それでは早速、その工程を紹介していきましょう。

 プロジェクトを作成したら、最初にインストゥルメントトラックを6~8トラック立ち上げ、すべてに付属音源のAIR Xpand!2を挿します。次にメロディとコードを同時に打ち込んでいくのですが、音色を区別しやすいようにメロディには硬めのピアノ音色、コードには少し柔らかめのピアノ音色を選択します。

メロディとコードはいずれもAIR Xpand!2のピアノ音色を使用。左画面がメロディ用でハード系のプリセット“Piano Hardest Layer”、右画面がソフト系の“Grand Piano Eco”

メロディとコードはいずれもAIR Xpand!2のピアノ音色を使用。左画面がメロディ用でハード系のプリセット“Piano Hardest Layer”、右画面がソフト系の“Grand Piano Eco”

 打ち込みはMIDIエディタ画面を開き、ペンシル・ツールを選んでトラック・ボールのクリックとキーボード・ショートカットのみですべて行います。これらは音色や手癖に左右されないクリエイティブな環境で作曲するための工夫です。またコードの打ち方も人それぞれですが、私はルート、3rd、7thの3和音(Omit 5th)をベースにしており、必要に応じてトライアドまたは9th以降のテンションを使用します。

 8〜16小節ほど打ち込んだら、次は楽曲のフィールを決定するために、Xpand!2でドラムとベースの音色を選択しMIDIエディタ画面で打ち込んでいきます。ドラムはベロシティまで細かくしっかり、ベースはベロシティからベンドまで作り込みます。ここまで来るとある程度、楽曲の輪郭が見えてくるので、ケース・バイ・ケースではありますが、多くの場合はそのままワンコーラスまで作ってしまいます。

上段の画面がドラム、下段の画面がベースのMIDIエディタ。デモ制作ではあっても、単純なループではなくきちんとアレンジを行って打ち込んでいく。表現面でもベロシティなどを細かく調整

上段の画面がドラム、下段の画面がベースのMIDIエディタ。デモ制作ではあっても、単純なループではなくきちんとアレンジを行って打ち込んでいく。表現面でもベロシティなどを細かく調整

和楽器もXpand!2で打ち込み

 ここからは肉付け作業が始まります。Xpand!2のプリセットからKoto、Shamisen、Shakuhachiをそれぞれ選択。これらのプリセットには特徴があり、Kotoはどちらかと言うとハープの音色に近いので、これもデフォルトで入っているAVID EQ3 7-BandとBF-76で補正していきます。BF-76はあくまで通常のコンプとして使っていますが、EQ3 7-Bandは目指す楽器の周波数特性に寄せてかなり攻めた設定をしています。また、各プリセットはベロシティやベンドでかなり音色に変化があるので、その特性の把握も重要な点になります。

AVID EQ3 7-BandによるKotoのEQ。2kHzや4kHzの辺りを10dBほどブーストする一方、1kHz以下はカットする設定

AVID EQ3 7-BandによるKotoのEQ。2kHzや4kHzの辺りを10dBほどブーストする一方、1kHz以下はカットする設定

 例えばShamisenの場合、ベロシティを最大にすると長2度下からのベンド・アップになります。津軽三味線の場合、右手の強い撥(ばち)の“たたき”が特徴になるので、ベンド・アップがかかるギリギリ手前までベロシティを上げて、アタックを強調した上で出すぎている周波数をカットし、足りていない周波数をブーストするためにEQ3 7-Bandで補正します。

こちらはShamisenのEQ。中低域をブーストしつつ、高域や低域をカットして、より三味線らしい音色に仕上げていく

こちらはShamisenのEQ。中低域をブーストしつつ、高域や低域をカットして、より三味線らしい音色に仕上げていく

ShamisenのMIDIエディタ画面。このプリセットはベロシティ最大でベンド・アップする設定のため、その直前までベロシティを上げて強い撥のたたきを表現している

ShamisenのMIDIエディタ画面。このプリセットはベロシティ最大でベンド・アップする設定のため、その直前までベロシティを上げて強い撥のたたきを表現している

 また和楽器の実音は基本的にミドルを中心とした帯域が特徴的なのに対して、Xpand!2に限らずソフトウェア音源は周波数レンジが広い傾向があるので、上下はバッサリとカットしてキャラクタリスティックな帯域のみをブーストします。

 Shakuhachiもベロシティの扱いに特徴があり、最大にすると尺八の奏法の一つである“ムラ息”の成分がよく出てくるのですが、前のベロシティを次の音に引き継ぐという特性があるので、BF-76をかなり強めにかけて音量差が極力ないように作り込んだ上で、実際の音量はミキサーのオートメーションで処理します。

ShakuhachiのMIDIエディタ画面。このプリセットはベロシティ最大で、尺八のムラ息を表現できる

ShakuhachiのMIDIエディタ画面。このプリセットはベロシティ最大で、尺八のムラ息を表現できる

Shakuhachiの音量差が大きくなりすぎないように、コンプレッサーのAVID BF-76で強めに抑え込む設定に

Shakuhachiの音量差が大きくなりすぎないように、コンプレッサーのAVID BF-76で強めに抑え込む設定に

 また、“ムラ息”の出方に関しては楽曲によってどう出てほしいかがかなり変わるので、ベロシティをそこまで攻めずに、EQ3 7-Bandでかなり上の帯域の息の成分を持ち上げるという手法と併せて使うため、2トラックまたはそれ以上に立ち上げて、用途に合わせて使い分けています。

Shakuhachiのベロシティをそれほど上げないような表現を行う楽曲の場合は、EQで高域を持ち上げて息の成分を強調する

Shakuhachiのベロシティをそれほど上げないような表現を行う楽曲の場合は、EQで高域を持ち上げて息の成分を強調する

 このように作曲ではデフォルトで入っているプラグインを利用しながら、MIDI打ち込みのみで終盤まで進めていきます。オーディオ化してしまうと、キー変更が発生した場合にリカバリーできる幅が狭まるので、キーが確定するまではMIDIでの作業がメインになるのです。

 今回は連載初回ということで自己紹介に始まり、私なりのPro Toolsを使用したデモ制作をご紹介しましたが、いかがでしたでしょうか? 近年、和楽器のトラッキングの需要が高まっているようにも思いますが、メモリーを多く消費するサード・パーティのソフトウェア音源を使用せずとも、このように作り込み次第でメモリーは軽く、かつ本物の音色に近付けることが可能です。ほかにも短時間で容易に和楽器アレンジらしくする方法など、自分流のものが幾つもあるのでそれらは次回のお楽しみとしたいと思います。

怱々

初秋 月下の車中にて

町屋

 

町屋

【Profile】9月13日生まれ、北海道出身。幼少期よりギターをはじめ、インディーズでバンド活動を行う傍ら、ギタリストとして投稿した動画サイトでは圧倒的な人気を誇り、さまざまなアーティストのツアーやセッションに参加するなど多方面で活躍。アーティストへの楽曲提供も行う。和楽器バンドではギタリストとしてのみならず、数多くの楽曲で作詞作曲を手掛け、サウンド・プロデュースやアレンジ・ディレクション、サイド・ボーカルも務める。ステージ上で見せるギターの超絶プレイも人気が高い。

【Recent work】

『ボカロ三昧2』
和楽器バンド
(ユニバーサル)

 

AVID Pro Tools

AVID Pro Tools

LINE UP
Pro Tools Artist:12,870円、Pro Tools Studio:38,830円、Pro Tools Flex:129,800円
(いずれも年間サブスクリプション価格)
※既存のPro Tools永続版ユーザーは年間更新プランでPro Tools|Studioとして継続して新機能の利用が可能
※既存のPro Tools|Ultimate永続版ユーザーは、その後も年間更新プランでPro Tools|Ultimate搭載の機能を継続して利用可能

REQUIREMENTS
▪Mac:macOS 10.14.6以降、INTEL Core I5以上のプロセッサー
▪Windows:Windows 10以降、INTEL Core I5以上
▪共通:16GBのRAM(32GBもしくはそれ以上を推奨)

製品情報