ビョーク本人が明かす『フォソーラ』の制作手法

ビョーク本人が明かす『フォソーラ』の制作手法

アップカミングな音楽とその制作手法を取り入れ、先鋭的なポップ・ミュージックを提示し続けてきたビョーク。9月にリリースされた『フォソーラ』は、グラミー・ノミネート作『ユートピア』以来、約5年ぶりのアルバムで通算10枚目となる。収録曲の大半が、一聴しただけでは“曲の骨組み”を読み取れぬほど複雑であり、セリエル音楽のようにも教会音楽のようにも、はたまたアバンギャルドなテクノのようにも感じられる。この前人未踏の楽曲群は、いかにして生み出されたのか? まずはビョーク本人へのインタビューを通して『フォソーラ』の構造に迫りたい。

自身の声をサンプリングしコードを作成

コマーシャリズムやトレンドにとらわれない、まさに孤高のアルバムとなりましたね。

ビョーク 自分がなりたいと思う女性の職人に、どんどん近づいている気がする。アルバムごとに、頭の中にある音楽へ近づくためにより多くを学んでいるから。誰にだって、心の中にコード・ストラクチャーや音楽の景色があると思う。特に私は、ストリングスやクラリネットのアレンジが得意なので、このアルバムの曲を書くのはとても楽しかった。当初はクラリネットのアルバムを作ろうとしていたんだけど、コロナのロックダウンのせいで叶わなくなってしまったから、近くにいる人たちと一緒に仕事をすることにしたの。

 

コード・ストラクチャーと言えば、幾つかの曲でセリエル音楽の和声のように聴こえる場面があります。

ビョーク サンプリングした自分の声でスケールを作り、そのスケールを元にコードを作った。それが、このアルバムの作り方と言える。アイスランドの合唱団ハムラリッド・クワイアとよく仕事していたこともあり、アイスランドの合唱音楽にものすごくインスパイアされてね。合唱音楽では特定のコード・ストラクチャーが使われるので、その世界に入っていきたかった。ただし、私なりのやり方で。

 

声を素材にしたコード作りは、どのような方法で?

ビョーク ラップトップにインストールしているAVID Pro Toolsを使った。まずはン~、ウ~、ア~という3種類の声を録音し、それぞれを12音のスケールにした後、4オクターブに広げた。そこからコードのフレーズを作ったんだけど、フリー・タイム……つまりグリッドへ合わせずにやっていたから、より複雑な響きを作り出せる余地があったんだと思う。私が求めていた、より複雑なものに到達することができて、とても自由に感じられた。そういったボーカルのコードをトロンボーンのフレーズとしてアレンジし、エンジニアのベルガー・ソリソンにトロンボーンを吹いてもらったのが「オヴュール」という曲。彼はトロンボーン奏者でもあるのよ。

 

声を使ったコードが、ほかの形に発展するというのが興味深いです。

ビョーク Pro Toolsのほかには、録音とコードの入力ができる自作のスマートフォン・アプリを使った。歩いているときに曲を作ることもあるので、マックス・ワイゼル(アメリカのソフトウェア・エンジニア)と一緒に開発してね。歩きながら、ちょっと歌って録ってコードを作ったら、その場で聴ける。とても楽しいアプリよ。「アトポス」や「ハー・マザーズ・ハウス」といった曲に活用した。

 

ビョーク

5度や不協和音を多用するアイスランド音楽

「ハー・マザーズ・ハウス」の木管や「ソロウフル・ソイル」のクワイアは教会音楽のような響きだと感じます。

ビョーク 「ソロウフル・ソイル」のクワイアはハムラリッド・クワイアによるものだけど、彼らが歌うのは必ずしも宗教音楽ではなく、むしろアイスランドの自然についてなの。“自然を愛でること”が、アイスランドのクワイアにおける重要な伝統で、とてもスピリチュアルね。音楽的には、5度の和音を多用したアイスランドらしいコード進行を採ることが多い。あとは不協和音もよく出てくる。

 

「ソロウフル・ソイル」の不思議な響きは、アイスランド的な和声からきているのですね。

ビョーク あの曲のクワイアは9声から成っている。クワイアは普通、ソプラノとアルト、テノール、バスの4声だけど、私は3つのグループを作って、それぞれを3声にした。最初のグループはソプラノ、ソプラノ、アルト。2つ目はソプラノ、アルト、テナー。3つ目はテノール、テノール、バス。それら9声は、常に同じタイミングで歌われるわけではないんだけれど、ぶつかり合ってしまったのでリハーサルに3カ月を要した。合唱するのが難しかったのね。だから、うまくいったときは大喜びだった。私たちにとって大切な瞬間だったわ。

 

アルバムの楽曲は、声のハーモニーから作り始めることが多かったのでしょうか?

ビョーク 私は大抵、さまざまなやり方で曲作りにアプローチするよう心がけているから、どの曲も異なる方法で制作した。でも確かに、ボーカルのコードは今回のプロダクションの大事な要素で、例えば「オヴュール」の場合、さっき話した声のライブラリーでイントロのコード進行を作ってからメロディを乗せていった。そのとき私は、自然あふれる屋外を歩いていて、付近には溶岩がたくさんあったの。そこでメロディを書いたわ。

 

「アンセストレス」以降に収録されている多くの楽曲で、声をステレオの左右へ大胆に振った音作りが目立ちます。

ビョーク Pro Toolsでボーカルのエディットをしているときに、パンさせるのが大好きでね。配置をよく変えるのよ。サプライズの要素が大好きだから、大抵は時間をかけて定位を作り込み、ステレオ・フィールドのレンジをたっぷりと使うようにしている。

 

モニタリングは、どのような機材で?

ビョーク GENELECのスピーカーを使っている。

 

ビョーク

東アフリカのテクノに夢中

ビートのプログラミングやエディットも、ビョークさん自身が数多く手掛けています。

ビョーク 主にPro Toolsでやっていた。Pro Toolsを使いはじめたのは1999年で、録音から出発して用途を広げた。当時は『ヴェスパタイン』というアルバムを作っていて、“身の周りで発見する音”にこだわっていたので、家の周辺で得られる音からビートを作ったりしていたわ。シンセサイザーの音ではなく、マイクで拾ったアナログ・サウンドをエディットしてビートにしていた。そのプロダクションにPro Toolsが最適だった。エレクトロニック・ミュージックの制作に使われるソフトの大半は、4/4拍子を基本にしているよね。でもPro Toolsは、ナレーションや会話のレコーディングにも活用されてきたから、言葉による複雑な拍子へより簡単に対応できる。そして時代とともに進化しているので、アルバム制作のたびに磨きのかかったバージョンを使える。23年間も使用し続けているし、エディットのスキルはどんどん向上している。

 

例えば「オヴュール」のビートは変拍子の嵐といった感じで、強拍と弱拍の位置を捉えるのが困難だと思います。

ビョーク あのビートは、私が作ったの。レゲトンのような感じで、オーソドックスなサウンドを使ってプログラミングした。でも6/4拍子、5/4拍子、4/4拍子がランダムに出てくるから、プログラミングがとても複雑で……。ビートを組んだ後、スペイン在住の友人であるエル・グィンチョにバス・ドラムのサウンドを提供してもらった。それからサイド・プロジェクトというアイスランドのトリオが、バス・ドラム以外のサウンドを手掛けてくれた。

 

リズム・ワークのトピックとしては、「アトポス」「ファンガル・シティ」「トロラガバ」「フォソーラ」でインドネシア・バリ島のガバ・デュオ=ガバ・モーダス・オペランディ(Gabber Modus Operandi)とコラボレーションしたことが挙げられます。なぜ今、ガバに関心を?

ビョーク ガバには以前から興味があったんだけど、それ以上に私はカシミン(DJ Kasimyn。同デュオのビート・メイカー)と一緒に仕事をするのが好きで。もう1人の方とは仕事をしなかった。彼らのアプローチは、とにかく興味深い。ものすごく“自然”が聴こえてくるの。カシミンはバリに住んでいるからね。あとリズムが複雑。彼らのポリリズムには、ガムラン音楽の血が入っている。カシミンは、そのリズムにテクノ・サウンドを乗せるので、私にはそこがとても面白い。私も同じような手法を採っているのかもしれないしね。それに私たちは、音楽の趣味もよく似ていると思う。今、2人共、ウガンダやケニアといった東アフリカ産のテクノにハマっているのよ。

 

ガバ・モーダス・オペランディとの出会いは?

ビョーク もともとはWhatsApp(コミュニケーション用アプリ)で連絡を取り合っていて、やがてビートや音楽を共有するようになった。カシミンからビートが送られてきたので、それを自分でエディットして曲に使ったの。誰かと一緒に仕事をするのは友情があるからで、普段は実際に顔を合わせるようにしているんだけど、今回はコロナが流行していたからインターネット経由でのコラボレーションだった。

 

ビョーク

音楽は必ず“買う”ようにしている

アルバムに入っているビートは、すべてエレクトロニックなサウンドに聴こえますが、生のドラムやパーカッションは全く使われていないのでしょうか?

ビョーク 実は「オヴュール」と「アンセストレス」には、ソラヤ・ナイヤルというパーカッショニストが参加している。彼女はアイスランド交響楽団に所属するパキスタン人のプレイヤーで、「オヴュール」のティンパニーや「アンセストレス」のゴング、チューブラー・ベル、クロタレスなどを演奏してくれた。クラシック音楽のパーカッション奏者だから、使う楽器も交響楽団用のものばかりでね。

 

「オヴュール」のティンパニーや「アンセストレス」のパーカッションは、ビョークさんがアレンジを手掛けています。やはりPro Toolsで作ったのですか?

ビョーク 「アンセストレス」ではAVID Sibeliusを使った。パーカッションのプリセット音源が豊富で、ゴングやチューブラー・ベル、クロタレス、それからティンパニーも入っている。Sibeliusのティンパニーは、少し変わった音がするんだけどね。このアルバムのクラリネットやストリングス、フルートのアレンジにもSibeliusを使っている。クラシック音楽用のソフトだから、使い勝手が良い。

 

今回のアルバムのように斬新なサウンドを生み出すためには、普段からのインプットが大事だと思います。

ビョーク 私は常に音楽を探している。無料で聴くより音楽に対してお金を払う方が好きなので、必ずオーディオ・ファイルを買うようにしている。できるだけミュージシャンにお金を払いたいからね。オリジナルのプレイリストを作っていて、新しく買ったものをしょっちゅう追加している。

 

近年、1970~80年代に日本人のミュージシャンたちが作った“シティポップ”が世界中で再評価されていますが、関心はありますか?

ビョーク それについてはよく知らない。『ユートピア』を作っていたときだから、2016年かな……当時、友達がくれたプレイリストに入っていたかもしれない。私が思っているものが正しいとしたら、それよ(笑)。でも最近は知らない。東アフリカのテクノをよく聴いているから。

 

最後に、日本のリスナーへメッセージをください。

ビョーク いつも言いすぎてしまうので、これくらいにしておくわ(笑)。バ~イ。

 

ビョーク

Release

『フォソーラ』
ビョーク
ビッグ・ナッシング/ウルトラ・ヴァイヴ:TPLP1485CD1J

Musician:ビョーク(vo、prog)、ガバ・モーダス・オペランディ(prog)、フェルディナンド・ラウター(prog)、エル・グィンチョ(prog)、サイド・プロジェクト(prog)、ジェイク・ミラー(prog)、ルシンドリ・エルドン(vo)、エミリー・ニコラス(vo)、サーペントウィズフィート(vo)、イザドラ・ビャルカルドッティル・バーニー(vo)、ボールドヴィン・イングヴァル・トリグヴァソン(clarinet)、グリムール・ヘルガソン(clarinet)、ヘルガ・ビョルグ・アルナルドッティル(clarinet)、ヒルマ・クリスティン・スヴェインスドッティル(clarinet)、クリスティン・トラ・ペトゥルスドッティル(clarinet)、ルナル・オスカーソン(clarinet)、アシルドゥル・ハラルドスドッティル(fl)、ベルグリンド・マリア・トマスドッティル(fl)、ビョルグ・ブリャンスドッティル(fl)、ダニー・マリノスドッティル(fl)、エミリア・ロス・シグフスドッティル(fl)、ハフディス・ヴィグフスドッティル(fl)、メルコルカ・オラフスドッティル(fl)、パメラ・デ・センシ(fl)、シングリングッシュ・ヒョルティス・インドリザドッティル(fl)、ソルヴィフ・マグヌスドッティル(fl)、ステンヌ・ヴァラ・パルスドッティル(fl)、スリィドゥシュ・ヨンスドッティル(fl)、マティアス・サプライヤー・ナルドー(oboe)、ソラヤ・ナイヤル(perc)、ベルガー・ソリソン(tb)、ハムラリッド・クワイア(cho)、ソルギェルズル・インゴルフスドッティル(conductor)、ラッキゥシュ・イングン・ヨハンスドッティル(conductor)、ウナ・スヴェインビャルナルドッティル(vl)、ヘルガ・ビヨルグヴィンスドッティル(vl)、イングリッド・カールスドッティル(vl)、ゲイスルーブシュ・オウサ・グルズォンスドッティル(vl)、ソウルン・オウスク・マーリノウスドウッティル(vl)、ルチャ・コチョット(vl)、ローラ・リウ(viola)、シグルズル・ビャルキ・グンナルソン(vc)、ジュリア・モゲンセン(vc)、ヤン・シュン(contrabass)
Producer:ビョーク
Engineer:ベルガー・ソリソン、ヘバ・カドリー、ジェイク・ミラー、ゲストゥシュ・スウェンソン、エイヴィッド・ヘルゲロッド、サーペントウィズフィート
Studio:Sýrland、Víðistaðakirkja(教会)、Háteigskirkja(教会)、Gorong Gorong Records、他

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