COVID-19の蔓延により、読者の皆様も外出自粛されていると思いますが、これを機に宅録を始めたり、スタジオとのやり取りのためにAVID Pro Toolsを使い始め、この記事を読まれている方もいらっしゃるでしょう。執筆時にWebサイト版『サンレコ』がローンチされましたが、連載の過去回はそちらでもご覧いただけます。
このような状況下ですが、ユーザーのテンションが上がるアップデート、Pro Tools 2020.3がリリースされたので、今回は追加されたフォルダ・トラックについて解説したいと思います。開発者の皆様ありがとう! アップデート前にワークスペースのバックアップをお忘れなく!
ベーシックとルーティング
2種類のフォルダを使い分ける
フォルダ・トラックは既に実装されているDAWも多くありました。アレンジが複雑化していたり、歌唱者数の多いアイドル・ボーカル・グループが増えていたり……さまざまな理由でトラック数が肥大しがちな昨今(余談ですが先日51人歌唱の曲を制作しましたがPro Toolsのボイス数上限に達していました)、待ち望まれていた機能だと思います。今までトラックの整理をAUXトラックを用いて行っていた方への注意点も併せて解説していきたいと思います。
このタイミングで宅録を始めたという方も多いと思いますので、まずフォルダ・トラックとは何か?について簡単に触れておきましょう。複数のトラックをフォルダにまとめ、フォルダ内トラック(メンバー・トラック)の表示/非表示を切り替えることで視認性やナビゲーション効率を上げる機能です。パソコンのフォルダをイメージすれば分かりやすいと思います。
すべてのトラックを表示させた状態では、目的のトラックやクリップへのナビゲーションは非常に大変で、時間もかかりますし、手指への負担も大きいと思います。特にMIDI/インストゥルメント/オーディオを垣根無く扱わなければいけないクリエイターにとって、ナビゲーションが複雑化していると感じます。これまで、Pro Toolsでは頻繁に処理しないトラックは積極的に非表示にしたり、トラックの高さを最小にしておいてcontrol+shift+クリック(Mac)で目的のトラックにスクロールする(ミックス・ウィンドウの表示もリンクするのでフォルダ・トラックとは関係なく覚えておいて損は無いです)というふうに工夫して作業をしていました。
今回のアップデートで追加されたフォルダ・トラックは、2つのタイプがあります。単純にトラックを整理するためのベーシック・フォルダと、フォルダにまとめたトラックをAUXトラックのようにシグナル・ルーティングする文字通りの“ルーティング・フォルダ”です。
まとめる手順は、まとめたいトラックを選択し、右クリックでメニューを表示。“移動...→新規フォルダ”を選択するだけです。
既にフォルダ・トラックが用意されている場合は、このメニューで任意のフォルダ・トラックを選択。もしくはシンプルにフォルダにドラッグ&ドロップします。逆にフォルダから出したい場合は、先ほどのメニューの“移動...”から最上階層を選択するだけです。作曲中やアレンジ中はドラッグ&ドロップで直感的に作業、ミックス用素材をテンプレートに入れ込む場合はメニューから“移動...”を選択という使い分けがよいのかなぁと感じました。
ルーティング・フォルダに移動したトラックは、アウトプットのアサインが自動変更されるので、ステムとして使うのであれば、従来の“AUXトラックを作って、入出力のアサインを変更する”という方法より楽かもしれません。
フォルダの開閉はトラック・リストやトラックでコンテクスト・メニューから“開く/閉じる”を選択。またはフォルダ・トラック左下部にあるフォルダ型アイコンをクリック、もしくはshift+Fキーで行えます。
ベーシック・フォルダはエフェクト用のAUXトラックをまとめておいたり、参考曲やバウンスした2ミックスを入れたり……アイディアや工夫次第でいろいろ使えるでしょう。
旧バージョンとのやり取りでは
ソロ・セーフのふるまいに注意
第4回で触れたように、今までAUXトラックを使ってステムにまとめていた方は、脊髄反射でルーティング・フォルダもソロ・セーフ(ソロ・ボタンをcommand+クリック)にしてしまうのではないかと思いますが、ルーティング・フォルダはソロ・セーフにしなくてもよいのです。逆にソロ・セーフにしてしまうと、ほかのトラックをソロにしても、フォルダに内包されたトラックは鳴りっぱなしになるので注意が必要です。
フォルダ・トラックはただAUXの代替手段、要素ごとにまとめるだけ……といった使い方から一歩進んで、コミット済みのソフト音源(オーディオ)と元のインストゥルメント・トラックの整理や、外部音源用のMIDIトラック/流し込んだオーディオ・トラックとの紐付けなどに用いるときにも便利だと感じました。例えば流し込んだ後にキー/サイズ変更が予想される場合は、セッションを切り分けて再度インポートするよりもかなり省力化できますね。場合によっては、上下全音程度の範囲でキー違いを事前に流し込むのもよいかもしれません。
フォルダ・トラックを用いたセッションを旧バージョンで立ち上げるとどうなるのか? これを気にされている方が多いと思うので実験してみましたが、旧バージョンではベーシック・フォルダは消え、ルーティング・フォルダは通常のAUXトラックに置換されるようです。ソロ・セーフについてはルーティング・フォルダとAUXトラックではふるまいが異なります。商業スタジオは最新バージョンで稼働していないことが多いので、やり取りがある際は注意が必要です。とはいえ、2020.3で作成したセッションであることを申し送りしておけば問題ないでしょう。筆者のテストでは、2020.3と2019.10との間でやり取りしてみると、クリップへのリンクが切れるトラブルが発生したので、しばらくは念のため、やり取りする際には各トラックをコミットしておくとよいと思います。
というわけで、5回にわたり連載を続けてきました。私自身Pro Toolsのエキスパートというわけではありませんが、さまざまなDAWを扱った経験も踏まえた原稿にしたつもりです。いかがだったでしょうか? もし読者の皆様の音楽制作の一助になることができていたら幸せです!
中土智博
Remark spiritsのサウンド・プロデューサーを経て、作編曲家として活動中。栗林みな実、乃木坂46、中森明菜、緒方恵美、立花理香などへの楽曲提供のほか、『あんさんぶるスターズ!』『アイドリッシュセブン』などのゲーム音楽も手掛ける。編曲ではJAM Project、近藤真彦、川島あいなどの作品にも参加。APDREAM所属。
問合せ: アビッドテクノロジー
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