ソロ・ユニットElectric Satieやエレクトロ・ポップ・バンドOVERROCKETなどでの活動を経て、現在はスクウェア・エニックスのコンポーザーとして活躍している鈴木光人(写真下)が、新プロジェクトmojeraを始動。届けられたアルバム『overkill』は、エレクトロ・ポップ要素とシューゲイザーが一体化した、まさに鈴木でしか成し得ない仕上がりとなった。本作の鍵は、mojeraに迎え入れられたギタリスト/シンガーのnon(同上)。彼女の轟音ギターとさまざまな声色が、新しい風を吹き込んでいる。両名に制作について聞いた。
Text:iori matsumoto
シンセを使った僕なりのシューゲイズをやろう
そんなタイミングでnonのギターに出会った
ーこれまでの作品から振り返ると、鈴木さんとシューゲイザーはすぐには結びつかないなと思っていました。
鈴木 確かにシューゲイズの作品を出したことはないんですが、好きな音楽形態の一つだから、昔から機会があったらやってみたかったんです。mojeraを始めるときに、今までやっていなかったシューゲイズをやってみようというのは、当初からありました。とはいえ、アルバム中の2、3曲だけというのは嫌だったんですね。ギターを使わなくてもシューゲイズはできるから、シンセを使った僕なりのシューゲイズをやってみようと。そんなタイミングで、nonの作品に出会って。
ーシューゲイズだから、nonさんに声をかけたのですか?
鈴木 nonがやっているMenoというデュオの音源を聴いたのが2019年の初頭だったのですが、僕にとってはかなり衝撃的な内容で。ノイズ・ギターの音とか、予想できない曲の構成や展開だったり。2曲だけのシングルなんですけど(『I AM PHILOSOPHY』)、十分感じるものがあった。
non ファズ系の音を使って空間を埋めていくのが好きで。Menoでは、何でもいいから遊んでいる風に音を作って、フィールド・レコーディングしたり、スタジオでノイズを作ったりしながら、DAW上で構成を作っていたんです。
鈴木 彼女は英語が堪能なので、その後、別件でナレーションっぽいMCを入れてもらったんですが、すごく格好良いものになって。それで、僕が作っている音を聴いてもらって、“声を入れたいんだけど、どうだろう?”と相談したんです。それで3月の終わりくらいには1曲できていて、そこからトントン拍子に進みました。でも、最初にボーカルをお願いしたいと言ったら、Menoでは歌っていないと言われて(笑)。
non どこで私が歌えると思ったんだろう?と(笑)。
鈴木 でも、やってみない限り分かりませんよね? 声質が良いのは証明済みだし、まだこれから作ろうという段階だったので、幾らでも舵が切れるだろうと思っていました。
一音一音のこだわりとかは今はどうでもいい
全体像でハンコを押せる大きなものの方が大事
ーmojeraの音楽は、曲の骨格自体はポップとして成り立っていて、それとシューゲイズ的な要素が混ざり合っているのが独特だと思いました。
鈴木 ミックスをしてくれた松田正博さんから、“光人の音楽っぽいんだけど、ぽくないよね”と言われました。あと、“ボーカル何人居るの?”と(笑)。
ー確かに声の質感がいろいろ変わっていて面白いですね。
鈴木 nonと一緒に作品を作るのは初めてだったから、1曲ずつ録りながら、探りながらやってたんですね。“次はこの感じで試してみよう”って。ディレクション無しに彼女が歌うと、割とソウルっぽい感じが出てくるんです。それが格好良いときはそのまま使ったりとか。日本語の曲はストレートにしたりしていますけど。
ー特に英語詞と日本語詞だと印象が変わりますよね。
non 鈴木さんが英語/日本語のイメージだと書いてあるデモもあれば、どちらでもいいというものもありましたね。ただ、デモの仮タイトルをもらっているので、それが日本語だったら日本語詞にしたり。音もそうですが、タイトルからインスピレーションを受けたりしました。
鈴木 「demo1」「demo2」ではなく、デモにも仮タイトルを付けるんですが、渡すとそれが歌詞に反映されるということが途中で判明して(笑)。これは真面目に考えないといけないなと。
ーそのデモはどのくらいの情報量なのですか?
non 曲として完成していると私は思っていたんです。ただ、歌詞を書いて歌を録って、鈴木さんがエディットするとまた全然違う雰囲気になって返ってくることもよくありましたね。
鈴木 曲として成立するようにはなっているんですけど。歌を録った後にハモリをつけたり、曲の構成を変えたり、アレンジがまた変わったり。全く違う曲で使ったり。ミックスでも、松田さんのフィルターがかかっているし。
ー鈴木さんは、人とのキャッチボールでシナジーが生まれるのを期待している部分もある?
鈴木 あと、いろいろなことを許せるようになったんじゃないでしょうか。一音一音のこだわりとか、今はどうでもいいです。全体像でガツンと、mojeraはこれですとハンコを押せるくらいの大きなものの方が大事。nonが居るからこのスタイルになったというのはありますね。そこから全体像が生まれてくるし、彼女の引き出しをどんどん開けていくような楽しみはありました。
エフェクターのツマミをいじりながら
ノイズの素材を録り貯める
ーnonさんのギター録音はどのように?
non メインのギターはGRECOのEG-900。FENDER Jazzmasterもあるんですが、シングル・コイル系の音は掛川(陽介/TOMISIRO、Languege)さんが入れてくれたので、私はハムバッカーで作るノイズで。
鈴木 最初は外のスタジオで録ったんです。それはいろいろなノイズの素材録りとして。7分×5本みたいな感じで録り貯めていった。ギターというか、もはやノイズだから、2人でエフェクターのツマミをいじりながら録ったりとか。後に、同じようなことを僕のプライベート・スタジオでもやりました。
non もともとこういうことを私はやっていたんです。
鈴木 ちゃんと彼女がこれまでやっていたことと合致しているわけです。構成が最初からちゃんとあって、それに合わせて弾いてもらうんだったら、今回nonに声は掛けていなかったと思います。
ー録ったものから、合う部分を曲にはめていく?
鈴木 そうそう。山ほど録ったノイズ・ギターの素材の中から、偶然に出ている格好良い響きを、2小節のループにするところから始まる。そうやって上モノの壁がある程度できれば、ベースでどうにでもなるし。別の展開にしたければまた別の素材を探せばいいわけであって。コラージュにも近いし、遠回りではあるんだけど、予定調和な感じにもならないですよね。
ーポップとシューゲイズを両立する秘密は、そこですね。
鈴木 完全に僕の狙い通りです(笑)。対してメロディはまた違った脳を使うのですけどね。
自分で曲を作りながら
その最終形態を早く聴きたいと思っている
ー「master & slave」「prism」でROLAND TB-303系のベースが聴こえます。前者はアシッドだけど柔らかい音で、後者はキラッと立つサウンドですね。
鈴木 前者はTB-303、後者はROLAND Juno-106です。「master & slave」は箸休めとしてインストがあってもいいかなと思って、最後に急きょ入れました。作業に行き詰まったときにリアルタイムで演奏したこういうものを録り貯めていて。元になったのは3、4年くらい前に録ったもので、ほんの少し編集したくらい。KIMKEN STUDIOの木村健太郎さんにマスタリングしてもらったときに、“「master & slave」は全部ハードウェアですよね?”と当てられました。
ー「DJ non Machine Language」は、先程おっしゃっていたようなMCで、この曲自体を英語で説明するという内容ですね。“808”と言っていますが、これは……?
鈴木 ACIDLAB Miami。サンレコでROLAND TR-08のレビューをしたときに(2017年12月号)、このトラックをテストで作っていたんです。そのリアルタイムで演奏したパターンをMIDIでSTEINBERG Cubaseに録っておいて、後でMiamiを鳴らしました。揺れは直したんですが、ライブ性が良くて。ベース・ラインも同じMIDIデータで鳴らしています。
ーリズムは、マシン系も生音のサンプルもありました。
鈴木 サンプルは全部NATIVE INSTRUMENTS Maschine Studioです。生っぽくてもブレイクビーツっぽくても、全部MIDIだから後で自由にテンポを変えられるのが便利で。それを後から汚していく。大胆に汚していくときはNATIVE INSTRUMENTS Guitar Rig。かかり方が大/中/小くらいにはっきり分かれているのが良いです。その選択で迷うよりは次の曲を作った方がいいから。だから、シンセやギターもかなりGuitar Rigはよく使っています。
ー「camoufrage」でシンセがひずんでいるのも?
鈴木 まさにGuitar Rigだったと思います。でも、これはnonのギターです。シンセのパッドみたいな音になっているんだけど。ああいう効果を出しやすいんですよね。
ーシンセはほかには何を使いましたか?
鈴木 ほとんどはSEQUENTIAL Prophet-5ですね。「overkill」のコードや「hanamogera」の笛っぽい音とか。あとはROLAND JX-3P。BOSS DD-20 Giga Delayでフィードバックを最大にして2、3音弾くと、奇麗なパッドになる。
ー「rain bringer」で歌詞のストーリーと音がリンクしているのもユニークでした。遠くでピアノが鳴っていて、雨が止むとビートだけ残るとか。
鈴木 土台は、最後に鳴っているSEなんですよ。わざわざフィールド・レコーディングした音なので、これを使って曲を作りたいなと。途中で鳴る雷も、できればオリジナルの音でやりたいなと思ったら、nonが持っていて(笑)。
non 普段はハンディ・レコーダーで録っているんですが、これは急に雷が鳴ったものをAPPLE iPhoneでムービー撮影していて。そこから音を抜いて、IZOTOPE RX7でノイズを除去しました。叫び声や車の音とか入っていたので。
ーこうしたいろいろな要素をポップな形にまとめ上げられるのは、さすがだなと思いました。
鈴木 でも、自分で曲を作りながら、それの最終形態を早く聴きたいと思っているんですよね。できたものをnonにも、たくさんの人にも共有したいし。
ー同時に、鈴木さんのポップ・センスとは明らかに違うものがちゃんと混ざった作品とも感じます。
鈴木 最初にnonに話をしたのは、フィーチャリングという形ではなく、ゼロからのスタートを一緒にやりたいということだったんです。nonというアーティストとコラボレートとして一緒に作品を作りたいというのはありました。mojeraは固定メンバーでもなく出入り自由なので“構えないでね”って。
『overkill』
mojera
mojera files & records/MIK Ltd.
- hanamogera
- overkill
- pluto
- rain bringer
- mojera
- master & slave
- prism
- dj non machine languege
- camoflage
- シナプス旅行
- 2019
Musicians:鈴木光人(syn、prog)、non(g、vo、prog、theremin)、掛川陽介(g)
Producer:mojera
Engineer:松田正博、鈴木光人、新保正博
Studio:プライベート