こんにちは、作詞/作編曲家の谷口尚久です。これから2カ月連載を担当します。初回は、録音現場のエンジニアに役立つ、簡易メロディ譜面の作り方を紹介します!
声優のボーカル録音現場ではメロディ譜面の用意が重要
ポップスの現場において楽譜は“楽器演奏者のもの”という扱いを受けてきました。そして、楽譜と言ってもマスター・リズム譜面がほとんどで、音符の書かれた譜面というものはほとんど必要とされてきませんでした。しかし、この10年ほどで声優の皆さんが歌唱する楽曲が増えたことにより、状況はガラッと変わりました。経験した読者の皆さんはお気付きかと思いますが、声優の居る現場にはメロディの譜面(以下メロ譜)が常に存在します。過密スケジュールをこなす彼らには、スタジオで試行錯誤する余裕がありません。スタジオ入り前に完ぺきに予習しており、現場ではどれだけアニメのキャラクターに近付けるか、つまり“キャラ感”の調整のみに徹しています。
オープニング/エンディング曲のみならず、劇中のキャラクターとして歌うキャラクター・ソングを含めると楽曲は膨大です。また、複数人で歌う曲、デュエットなども多く、この場合それぞれが入れ違いでスタジオに入ることが常です。こういった現場では、声優やディレクターがメロ譜を頼りに作業を進めます。そこで、楽譜なんて自分は使わないと思っているエンジニアの方にこそ、楽譜の便利さを知っていただきたいです。その効用はまた来月ご説明するとして、まずはPro Toolsで楽譜を起こす手順を確認しましょう。
メロディのMIDIデータを用いて楽譜エディタで譜面を作成
声優の歌を収録する際、アレンジャーは以下のようなデータをレコード会社や制作会社のスタッフから求められます。歌詞、歌詞入りメロ譜、仮歌入りデモ、歌メロのシンセ入りデモ、各トラックのメロディのMIDIデータ、カラオケ。このメロディのMIDIデータを使って楽譜を作ってみましょう。
AVIDにはSibeliusという優秀な楽譜作成ソフトがあるため、Pro Toolsには高度な楽譜編集機能はありませんが、録音現場で必要になるのは“最低限の機能”でしょう。この場合はPro Toolsで十分です。では、作ってみます。
まずは新規インストゥルメント・トラックを作成して、各パートのMIDIファイルを並べてみます。このときに、Pro Tools付属プラグイン・ピアノ音源であるAIR MiniGrandなどで音が鳴らせる状態だと良いです。ここまでは、録音エンジニアの皆さんがいつもやっていることかもしれません。録音の途中で“シンセのメロディを聴かせてください”と言われた際には、こちらを再生すれば良いですね。
ここからが楽譜作成です。ウィンドウ>楽譜エディタで楽譜の画面が開きます。楽譜エディタを開くショートカット・キーは、Macならoption+contol+等号キー(テンキーの=)で、WindowsならばAlt+Start+等号キー(=)となります。きっと表示されているのは、何だか違和感を覚える譜面だと思います。多くの人がここで“どうせ無理っぽいし、面倒だからもうやめようかな”となってしまうのではないでしょうか。しかし、ここであきらめずに少し編集してみましょう!
楽譜エディタ・ウィンドウの左にあるトラック・リストに小さい下向きの三角があります。そこをクリックしてまずは“記譜表示トラック設定”という項目を選んでウィンドウを表示してみましょう。
記譜表示トラック設定で音部記号やクオンタイズを調整
楽譜を見やすくするポイントを3つにまとめました。
①音部記号をト音記号にする
②男声パートであればオクターブ調整する
③クオンタイズを調整する
まず①は、記譜表示トラック設定の左上に音部記号というものがあります。デフォルトでは大譜表になっています。これは、ピアノでよく見るト音記号を右手、ヘ音記号を左手で弾くパターンで、メロ譜には向いていません。そこで音部記号をト音記号に設定します。
次は②で、男声パートであれば本来の音域はヘ音記号に相当しますが、楽譜ではト音記号を使います。理由は2つあり、一つはト音記号の方が見慣れている人が多いということ。もう一つは、五線譜の外にはみ出す表記が少なくて済むということです。女性ボーカルでよく使われる音域はト音記号の五線譜で“下のドから上のド”なのに対し、男性ボーカルは“ヘ音記号のソから、五線譜の上にはみ出したのソ”の1オクターブです。一般的な楽曲コンペティション情報に記載の条件を見ても納得してもらえると思います。というわけで、男性ボーカルのメロディをヘ音記号の譜面で作ると、五線譜をはみ出す部分が多くなります。そのため実音から1オクターブ上げて、ト音記号で表記するのです。
Pro Tools であればMIDIをいじることなく“移調表示”というスライダーを1オクターブ上げるだけでこの表記になるので、とても便利。この“調号”は来月取り上げたいと思います。
③のクオンタイズ調整は、デフォルトは16分音符になっています。曲によっては8分音符にしたり、3連符のシャッフルならば“スウィングをストレートに”する方が見やすくなることもあります。その下の“ノート重複可”は、今回作っているのがメロ譜なのでチェックを外したままがお勧めです。
楽譜設定ウィンドウでタイトルと作曲者名を記して完成
最後に体裁を整えましょう。“楽譜設定”ウィンドウを開き、タイトルと作曲者を入力します。ちなみに今回この記事で使った曲は、私が今年の7月にWAFERS RECORDS名義で配信リリースした「SEASONS feat.川畑要(CHEMISTRY)」でした。あとは用紙サイズを設定すれば完成です。
随分と見やすい楽譜になったと思いますが、いかがでしょうか。来月は引き続きメロ譜について、エンジニアの目線でさらに深く掘り下げてみます。調号や、メロ譜を使うメリット、そしてMIDIが無いときの対処法について触れる予定です。よろしくお願いいたします!
谷口尚久
【Profile】13歳で音楽指導者資格を取得。東京大学経済学部卒業。学生時代からバンド活動を開始。同時期に作詞/作曲/編曲家としての活動も始め、CHEMISTRY、SMAP、V6、関ジャニ∞、SexyZone、中島美嘉、倖田來未、JUJU、TrySail、すとぷりなど多くのアーティストを手掛ける。東京都世田谷区にWAFERS Studioを構え、個人名義ではアルバム『JCT』『DOT』をリリース。
【Recent work】
『WAFERS records "RED"』
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(WAFERS records)
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