ギターやベース、キーボード、ドラムによるロック・バンド・サウンドは各演奏者のアンサンブルが魅力だ。しかし、狭い空間に多くの人が集まることを避ける必要がある現在、バンドでの演奏は難しくなってしまっている。そういう事情もあり、昨年から自宅の制作環境を整えた人は多くなったが、バンドマンが一人自宅で作曲をするとなったとき、“自分の担当楽器以外は演奏できない!”となるのはよくあることだろう。だが、今は高品質なソフトウェア音源がたくさんリリースされており、生楽器と比べてそん色無いサウンドを打ち込みで鳴らすことが可能な時代。あと必要なのは、どうやって打ち込めばそれを実現できるのかだ。ロックを軸にドラム/ベース/ギター/キーボードの演奏を打ち込みで表現するテクニックを紹介。ボカロP/エンジニアのかごめPに、バンド・サウンドを音源だけで作り上げるコツを伝授してもらう。
かごめP
【Profile】ボカロPとしての活動のほか、数多くのボーカロイド楽曲のミックスやマスタリング、インターネット配信業務も手掛ける。クリエイター集団VOCALOMAKETSとしても活動
https://note.com/kagome_p / https://twitter.com/kagome_p
鍵盤奏者の演奏をイメージする
キーボードと一口に言っても、鍵盤があれば実質世界中すべてのシンセサイザー方式を鳴らせてしまうので、その音色も弾き方もさまざまです。なのでこのコーナーでは、バンド演奏を前提とし、ピアノやパッド音などを想定した“キーボーディストはこう弾く”という打ち込みテクニックを紹介していきます。
キーボーディストが持ち込むシンセならば、スイッチ一つで音色が切り替わりますが、DAW上で扱う場合はそれぞれの音色を自分で選択しなくてはいけません。最初はDAW付属音源で事足りると思いますが、物足りなくなったら各楽器の専用音源に手を出してみると良いでしょう。ピアノならSPECTRASONICS Keyscape、XLN AUDIO Addictive Keysなど。ちなみに筆者のお気に入りピアノ音源はVI LABS Ravenscroft 275です。シンセ系なら最初はREFX Nexusが使いやすいと思います。ライブ映えするストリングスやブラス音色も収録されているので、ことバンド・サウンドに関しては非常につぶしの効く音源です。
人間の手は、当たり前ですが開く広さに限界があります。大多数の人間が片手で届く広さは1オクターブが限度だと思っておいてください(一説には、ラフマニノフは2オクターブ近く手が開いたという話もありますが、それはそれ)。なので、右手も左手も、和音は片手で足りるように構成する必要があります。具体的には、9thなどのテンション・コードを弾く際に、響きの制限が生まれることがあります。
外側の音を強くタイミングを早くする
また、ピアノを習って育ったキーボーディストは、基本に外声部(両手の小指で弾く音)を内声部より強く、若干早いタイミングで弾きます。これは、メロディ(最高音)とベース(最低音)を強調することで、聴く人の耳にすんなり曲を聴かせるためのテクニックです。ただ、最近の音楽ではピアノはジャストで鳴らした方が良いケースも多いので、タイミングをいじる必要性は低くなってきています。これに、これまで述べてきた“裏拍のベロシティを落とす”を加えたものが、ピアノのベロシティ操作の基本となります。
こうして右手側のフレーズができ、左手も考えたいけど思い付かない……そんなときは、ひとまずベースと同じラインをルートとして、1オクターブ上を弾いておきましょう。もちろんあえて左手は“弾かない”というのも一つの手段となります!
コード/アルペジオ/単音を使い分け
ピアノの場合、ロック・サウンドに合わせる際の基本は、和音→アルペジオ→和音→アルペジオ……の繰り返しです。これを、C3〜C5辺りの音域で行います。ジャンルやテンポを問わず、大体の曲でこれは共通しています。
和音とアルペジオの組み合わせ
和音とアルペジオを交互に演奏するのが基本形。ベロシティの強弱も工夫してみよう
ストリングス音色やオルガンなどのロング・トーン中心の楽器を弾く場合は、ギターやボーカルより高い音域で存在感を出していくのが定番。ストリングスは、音源によってはレガート(アタックの遅い持続音)やマルカート(アタックが短く鋭い音)の区別があるので、セクションによってはピアノのようにかき鳴らすことも可能です。
ストリングスは高い音域で鳴らす
ストリングスの音色を使う場合は、ギターやボーカルよりも高い音域で鳴らすと存在感が出る
逆に、主にBメロや落ちサビなど、音数の少なくなるパートでは、ストリングスに低い音でベースを担当させるのも定番テクニックです。
シンセ音色の場合は少し複雑で、“和音を鳴らすためのシンセ”と“アルペジオを鳴らすだけのシンセ”を別々のトラックに構えて鳴らすことが多く、一つのシンセ/トラックで両者を完結させることはまれです。
シンセ音色で動きのあるフレーズを作りたい場合は、アルペジエイターという、鍵盤を押さえるだけでテンポに追従したアルペジオ(ド、ミ、ソ、ドのように順番に和音を分散すること)を鳴らしてくれる機能や音色もありますので、任意のシンセでArp(Arpeggiator)をキーワードにプリセット音色を検索してみましょう。
ちなみに、EDMなどでよく聴かれるキラキラした派手なシンセは、“Trance”や“Stack”といった検索ワードでたどり着ける可能性が高いです。
強調したいフレーズはオクターブ・ユニゾン
サビ中のオブリガート(裏メロ:メロディと呼応するようなカウンター・メロディ)など、盛り上がる部分でのキーボードのメロディは、オクターブ・ユニゾンで強調していきましょう! 元のフレーズの1オクターブ下、または上に同じフレーズをコピーします。これにより、目立たせたいフレーズに厚みが増すので、しっかり聴かせることができます。このとき、右手側はメロディに集中して、左手でコードを弾くのが定番。ピアノに限らず、キーボードが担当するすべての音色/楽器に対して有効なテクニックです。
1オクターブ下を重ねる
目立たせたいフレーズ(ここではG#5〜E6)は、1オクターブ下(G#4〜E5)にコピーしてレイヤーし、音の厚みを加える。別トラックで別の音色を重ねてもよい
またシンセで和音を鳴らすときも、最高音だけオクターブ・ユニゾンをかけることで、よりフレーズを目立たせることができます。さらに強調したいときは、パワー・コードの要領で5度上/4度下(ドに対してソ。半音7つ分上もしくは5つ分下)の音や、コードの構成音を追加するのも有効です。
コードの構成音もレイヤー
ここではC#5に厚みを出すために1オクターブ下のC#4をレイヤー。さらにEメジャー・コードの構成音であるE3、G#3も重ねた。このときも最高音と最低音のベロシティを強くしている
ロックにおいてキーボードの音は埋もれがちになることもしばしばありますが、その原因の多くは、
●最高音のベロシティを強調していない(≒すべての音を同じベロシティで弾いている)
●目立たせたい音をオクターブ・ユニゾンで弾いていない ……ことに起因するものが多い印象です。
この2点をしっかり押さえるだけで、前に出したいフレーズがきちんと聴こえるようになってきます。
遅い音は“弾き始め”を早くする
ストリングスやパッドなどを打ち込んでいると、周りの音に比べて発音がモタって聴こえることがあるかと思います。アタックが遅い音色なので、ドラムやピアノなど、アタックの鋭い周りの音とピークがズレてしまうために起こります。
これを解消するために、アタックの遅い音は若干発音タイミングを早めてあげましょう。ピアノロール画面で直接ノートを動かしてもいいですし、トラック・ディレイでマイナス方向に調整してもOKです。どの程度早めるのかは、テンポや音色にもよるので、実際に聴いて違和感の無い範囲で調整してみてください。ちなみに、ライブ現場でも、ストリングスを弾くキーボーディストは若干早めに弾いていることが多いです。
MIDIノートを前にシフト
アタック(立ち上がり)の遅い音は、少し早めのタイミングで鳴らし始めると、コード・チェンジのタイミングやアタックの盛り上がった部分がほかの楽器となじむようになる。ここでも最高音/最低音のベロシティが高い点にも注目
また、レガートのストリングスを打ち込んでいて、音のつながりに違和感がある場合は、深めにディレイをかけてあげましょう。ディレイ音が次のフレーズと重なるので、音のつながりをなじませることができます。ストリングスに限らず、パッドなどアタックの遅い音を使う際の定番テクニックですので、覚えておきましょう。
フレーズをディレイでつなげる
レガート(音の長さが長い演奏)でフレーズのつながりが悪いときには、ディレイをかける。ここではストリングスのトラックにインサート。MIXを25%程度まで上げて深めにかけた
ここまで打ち込みでバンドの生演奏のようなサウンドにするポイントを多数紹介してきました。実際の楽器の演奏を知ることで、それを再現する方法も理解しやすくなると思います。まずは今回紹介したテクニックを試してみてください。
【特集】打ち込みでバンド・サウンドを作る!
Part 1|バンドを支えるドラムを打ち込む
Part 2|生感のあるベース・ラインを作る
Part 3|打ち込みでの鬼門=ギターを表現
Part 4|ピアノ/キーボードを聴かせるワザ
Part 5|バンド・サウンドをまとめるミックス
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