音の匠 SPECTRASONICSは なぜ愛され続けるのか?〜Keyscape編

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 モンスター・シンセのOmnisphereをはじめ、キーボード音源のKeyscape、ベース音源のTrilian、リズム&グルーブ音源のStylus RMXを生み出してきたソフトウェア・メーカー、SPECTRASONICS。多くのソフトウェアをリリースするのではなく、少数精鋭のラインナップでそのサウンドのクオリティに磨きをかけ続けるスタイルは、まさに音の匠と言える存在だ。2020年8月号掲載の特別企画では、4名のクリエイターにSPECTRASONICSのソフトウェアの解説とともに、その魅力が伝わる音例も作成いただいた。ここでは冨田謙にKeyscapeについてを語っていただく。

Keyscape

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バリエーションに富んだ36種類の鍵盤楽器を収録
楽器本来の表現力に富んだキーボード音源

 アコースティック・ピアノからエレクトリック・ピアノ、クラビネット、チェレスタ、トイ・ピアノ、珍しい楽器まで、さまざまな鍵盤楽器のサウンドを収録するインストゥルメント。丁寧にマルチサンプリングされたダイナミクスに富む音が収録されている。楽器は36種類あり、音色違いのバリエーションも豊富に用意。搭載プリセットは629種類にも及ぶ。Omnisphereを持っていれば、KeyscapeをOmnisphere内に統合することができ、そのシンセシスと組み合わせた1,200ものプリセットも利用可能となる。

 

 MAIN画面には各プリセットに合わせたコントロール・ノブが表示され、素早いサウンド・エディットが可能。さらに、EQやCOMP、TONE、EFFECTなどはプリセットによって適した操作画面が追加され、サウンドの微調整も容易に行える。そのほか、2つのプリセットのレイヤーにも対応しており、より複雑なサウンド・メイクが可能だ。

 

●REQUIREMENTS
Mac:OS X 10.10以降、AAX/AU/VST対応の64ビット・ホスト・アプリケーション(スタンドアローンにも対応)
Windows:Windows 7以降、AAX/VST対応の64ビット・ホストアプリケーション(スタンドアローンにも対応)
共通:クロック周波数が2.4GHz以上のマルチコア・プロセッサー(INTEL Core I7推奨)、8GB以上のRAM、80GB以上の空きディスク容量(Lite版は30GB以上、SSD推奨)

www.minet.jp

冨田謙が解説!
Keyscapeが愛される理由

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【Profile】鍵盤奏者/アレンジャー/プロデューサー。1993年、Small Circle of Friendsに参加。ソロのほか、ORIGINAL LOVE、NONA REEVES、一十三十一、藤井隆、黒沢秀樹などのサポート、CM音楽制作などで活躍。

Release

bless You!

bless You!

  • ORIGINAL LOVE
  • J-Pop
  • ¥2139

 

楽器への愛情が垣間見られる
博物館のようなコレクション

 Keyscapeは2016年の発売以降、打弦/撥弦系ビンテージ・キーボードのソフトウェア音源として不動の人気を勝ち得ています。他社でも同様の音源は素晴らしいものが多数リリースされ続けていますが、その中でも独自の評価を確立しており、Keyscapeのライブラリーの音色や表現力に魅了されたプレイヤー、クリエイターからの熱烈な支持は増え続けているのです。常に新しいものを求められるソフトウェア音源の世界では、このような普遍的な人気を勝ち得ることはなかなか困難なこと。発売以降、大幅なアップデートをしなくとも変わらない評価やセールスが続いているのは、開発の段階から長く使い続けられる魅力、品質に大きな重点を置いたからに間違いないでしょう。

 

 Keyscapeに収録された楽器数は36種類。アコースティック・グランド・ピアノにはオールマイティなYAMAHA C7、エレクトリック・ピアノにはRHODES、WURLITZER、HOHNER Pianetなどが数タイプずつと、YAMAHA CP70エレクトリック・グランド・ピアノ、現代のものはVINTAGE VIBEのバリエーションなどがあります。ほかにも、アップライト・ピアノ、クラビネットが3タイプ、チェレスタ、クラビコード、トイ・ピアノ、キー・ベース、スチューデント・タイプのミニ・ピアノや聞いたこともなかったようなレアな鍵盤楽器まであり、まるで博物館のようです。中にはRHODESの開発者ハロルド・ローズ氏が第二次世界大戦中の兵士の慰安のために作ったと言われる“Pre-Piano”(後のRHODESのアイディアの元になったとされる)や、SPECTRASONICSの創業者でありクリエイティブ・ディレクターでもあるエリック・パーシング氏がROLAND在籍時代に開発に関わったMKS-20なども収録されています。各楽器のエディット画面にはINFO欄があり、その楽器の成り立ちや収録するにあたって携わったエンジニアの名前、シリアル・ナンバーが記述されているものもあるなど、単にビンテージ・キーボードのコレクションというよりは、楽器やその歴史への愛情をしっかり盛り込んであるのです。 

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Keyscapeに収録されている楽器のイメージ。アコースティックからエレクトリック、貴重な鍵盤楽器を含む36種類を用意する

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INFO画面では、そのプリセット・サウンドについての説明が書かれており、制作者やその歴史的背景などにも言及されている

音色ごとに用意されるエディット画面
簡潔ながら音楽的な調整ができる

 Keyscapeはフル・インストールで77GB、ステージ・ユース向けの“Lite”のインストールでも30GBとかなり巨大なライブラリーです。それだけ細かくマルチサンプルされているということでしょう。マルチサンプルの境目などは全く感じられず、演奏することに集中できるレベルに仕上がっています。MIDIキーボードによるベロシティでの表現は、SETTING画面で使用しているMIDIキーボードに合わせたプリセット選択が可能。メーカーごとの主要な機種名で選べる上に、それを元にユーザー・プリセットとしてセーブもできます。実際に調節してみると、ピアノ系音源においてはいかにタッチでの表現が重要なのか、演奏での表現に開発側が重きを置いているかを痛感させられます。

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SETTING画面では、使用しているMIDIキーボードに合わせたベロシティ設定のプリセットを選択できる。ダイナミクスに富んだKeyscapeの演奏には欠かせない

 それぞれの楽器には多種のバリエーションが用意されており、そのバリエーションごとにエディット画面へ的確なノブが簡潔に配置されます。アコースティック・ピアノのピュアな音色ならMAINタブにリバーブの各パラメーター、リリース・ノイズ、ペダル・ノイズ、ベロシティ・センスのノブが表示され、EQとCOMPタブにはピアノに最適なEQポイントとコンプとテープ・コンプレッションのパラメーターが現れます。調節できるのはこれだけなのですが、その変化の幅がとても音楽的であるのがポイントです。アップライト・ピアノの“Honky Tonk”では、ハンマーに打ってある画鋲のニュアンスを調整できたりもします。面白いところでは“Wurlitzer 200A”のMAIN画面で“Wurlitzer”と“Mechanical”のレベルの調整ができ、“Mechanical”だけにすると弾いているときの鍵盤のカタカタという音と本体から薄く聴こえてくるリードの音だけになります。レベルを調整すれば、本体の内蔵スピーカーの音をマイクで拾ったようなサウンドにすることも可能です。クラビネットの音色ではベロシティによって変わるチューニングの揺れやアタック、リリースのノイズ感が非常に生々しくサンプリングされていて、かつ調節が可能クラビネットの生楽器としての味わい、荒さ、不確実さが素晴らしく再現されています。こういった曖昧な要素こそクラビネットのファンキーな印象につながるだけに、ソフトウェア音源で楽器としての表現力を最大限再現したいという執念がうかがわれます。

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“Wurlitzer 200A”をロードしたときのMAIN画面。“Wurlitzer”と“Mechanical”というノブのほか、TREMOLOやPERFORMANCEのパラメーターも並ぶ。読み込んだプリセットに合わせて、適切なパラメーターが配置されるようになっている

 Keyscapeは一つ一つの楽器の音色だけでなく、味わいや癖を深く考察した上でその音色や表現を丁寧にサンプリングして作り上げられたのだと感じます。それはもはや音源というよりは楽器を再構築したようなもの。どの音色を立ち上げても、リアルな楽器に向き合ったときのイマジネーションを触発される感じが得られます。ソフトウェア音源の宿命としては、起動したらプリセットを次々と切り替えながらイメージに近いものを探し、見つかったら微調整……というような使い方が多くなりますが、Keyscapeを起動するときはまずは弾いてみて、そこから触発されて生まれるものを楽しみにするような気持ちになるのです。私自身リリース直後から日常的に使い続けていますが、起動するたびにポロポロと弾きたくなるワクワク感が今も続いています。

冨田謙が実践! Keyscapeでのサウンド・メイク

 Keyscapeの魅力が伝わる2つの音例を冨田が作成してくれた。深みのある音色に耳を傾けてみよう。

①幻想的な響きを持つグランド・ピアノ

 Keyscape収録のグランド・ピアノはYAMAHA C7のみ。Keyscapeが発売されたとき、STEINWAYなどそのほかのピアノ・メーカーの名前が無いことにずいぶん割り切ったなと感じましたが、使ってみるとスタジオにしっかり調整されたピアノが1台あれば音作りでいろんな幅を作り出すことができるのだということに気付かされました。MAIN画面にあるCHARACTERノブでは“SOFT”“WARM”“HARD”などのキャラクターの選択ができ、その調整で求める音色の方向性に的確に近付けられます。簡潔な調整でも音楽的に幅広く変化できるように練られているのを感じますね。

 

 C7のバリエーションの一つである“Cinematic”では深く繊細なリバーブと上品なテープ・コンプレッションで作られた深淵で幻想的な響きにいつもイマジネーションを触発されます。

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YAMAHA C7のプリセット“LA Custom C7 - Cinematic”

②90’sのR&B感にフィットするレイヤー・サウンド

 2種類の楽器を組み合わせたDuoサウンドも用意されています。グランド・ピアノにベル・トーンのキーボードをレイヤーしてアタックを幻想的にしたものや、1970年代のRHODESとVINTAGE VIBEのエレクトリック・ピアノをミックスしたものなど、単にレイヤーというよりは単体で実現できないような微妙な音作りのためにチョイスされた組み合わせのようです。

 

 R&Bの世界では今でも人気のあるROLAND MKS-20などのビンテージ・デジタル系ピアノは、本来単体だとややくぐもった音色だったり、中域の粘り感が足りなかったりして、音作りしていくのはそれなりに手をかける必要があります。しかし、DuoサウンドのプリセットにはMKS-20の“E.PIANO 2”とROLAND JD-800の“Crystal Rhodes”との組み合わせがあり、うまくブレンドすることによって単体の音色のような雰囲気で、きらびやかさとリッチさを表現。メロウでソリッドな90’sのR&B感にはぴったりです。

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2つの楽器をレイヤーしたDuoサウンド“Duo - Hybrid Digital E.Piano 3”

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