音の匠 SPECTRASONICSは なぜ愛され続けるのか?〜Omnisphere編

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 モンスター・シンセのOmnisphereをはじめ、キーボード音源のKeyscape、ベース音源のTrilian、リズム&グルーブ音源のStylus RMXを生み出してきたソフトウェア・メーカー、SPECTRASONICS。多くのソフトウェアをリリースするのではなく、少数精鋭のラインナップでそのサウンドのクオリティに磨きをかけ続けるスタイルは、まさに音の匠と言える存在だ。2020年8月号掲載の特別企画では、4名のクリエイターにSPECTRASONICSのソフトウェアの解説とともに、その魅力が伝わる音例も作成いただいた。ここでは深澤秀行にOmnisphereについてを語っていただく。

Omnisphere

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インスピレーションをかき立てるサウンドの宝庫
SPECTRASONICSを代表するパワー・シンセ 

 2002年にリリースされたAtmosphereの後継として、2008年にデビューしたソフト・シンセ。8つのパートを持つマルチティンバーで、サウンドは4つのレイヤーから構成されている。オシレーターとして扱えるソースは生楽器のサンプルからビンテージ・シンセの波形、複雑なデジタル波形まで多種多様にあり、ユーザー所有のサンプルも読み込み可能。FMやリング・モジュレーション、グラニュラーなどの変調にも対応し、58種類のエフェクトやアルペジエイター、モジュレーション・マトリクスも備えている。

 

 合計14,000以上の膨大なサウンド・ライブラリーには、エリック・パーシング氏やサウンド・デザイナーのディエゴ・ストッコ氏らが作成したサウンドのほか、同社が発売してきたハードウェア・・サンプラー用ライブラリー、著名ハードウェア・シンセのライブラリーなどを収録。サウンドの検索機能も優れており、カテゴリーやジャンルでのフィルターだけでなく、ロードしたサウンドと似たプリセットを検索できるSound Match、特定のパラメーターだけ固定して新しいプリセットを読み込めるSound Lockを実装する。

 

●REQUIREMENTS
Mac:OS X 10.11以降、AAX/AU/VST対応の64ビット・ホスト・アプリケーション(スタンドアローンにも対応)

Windows:Windows 7以降、AAX/VST対応の64ビット・ホストアプリケーション(スタンドアローンにも対応)
共通:クロック周波数が2.4GHz以上のプロセッサー、8GB以上のRAM、64GB以上の空きディスク容量

 

www.minet.jp

 

深澤秀行が解説! Omnisphereが愛される理由

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【Profile】シンセサイザー・プログラマー/作編曲家。矢野顕子や松下奈緒などからサウンドトラック、CM音楽まで幅広く手掛ける一方、モジュラー・シンセ・ユニット電子海面のメンバーとしても活動する。

Release

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『Fate/stay night [Unlimited Blade Works] Original Soundtrack』

深澤秀行

©TYPE-MOON・ufotable・FSNPC

 

優れた世界観と空気感を持つ
膨大なライブラリー

 SPECTRASONICSが誇るモンスター・シンセ、Omnisphere。魅力は語り尽くせないほどありますが、最初に挙げたいのは収録された膨大なライブラリーです。守備範囲は、レトロなアナログ・シンセからEDM、実験的なエレクトロニックまでをもカバーするシンセ・サウンドはもちろん、生楽器のシミュレーション、サウンドトラック系の効果音にも幅広く対応しており、バーチャル・シンセサイザーの域を大きく逸脱します。

 

 同時に、SPECTRASONICS設立者であるエリック・パーシング氏や同社サウンド・デザイナーのディエゴ・ストッコ氏といったアーティストの説得力のある強力なプリセットはもちろん、さらにHans Zimmer GuitarsやHeart of Africa、Symphony of VoicesといったSPECTRASONICSの誇るハードウェア・サンプラー用高品質ライブラリーも惜しみなく収録されているのが特徴です。

 

 膨大なライブラリーの中でも特にOmnisphereの個性を形成するのが“Psychoacoustic”とカテゴライズされる生楽器のマルチサンプル群にあります。自転車の車輪を回して弓で弾いたもの、アップライト・ピアノに実際に火を放って収録したものなど、一見するとクレイジーなだけの産物になりがちなアイディアがアーティストによって実際に音楽的に使えるサウンドに落とし込んであり、同社の一つ一つの音色に対するこだわりが強く感じられます。


 また同社の鍵盤音源Keyscapeやベース音源Trilianなどのライブラリーも統合して一元管理が可能です。ライブラリーのことだけをとっても、本当の“総合音源”の名を語れるのはOmnisphereだけかもしれません。

 

目的の音を見つけ出す
優れたサウンド検索能力

 Omnisphereユーザーにとって音楽制作の時間は“クリエイティブな音色選び”からスタートします。Patch Browserによって膨大なライブラリーの大海原の中からイメージにより近い音色へとフォーカスできることがOmnisphereの強みです。頭の中で“シンセ・ブラスの音が欲しい!”と思っても、ライブラリー内には無数の似通った音色があるものです。しかも名前もバラバラ。そんなときは、似ているサウンドのプリセットを絞り込める機能=Sound Matchを使って類似した音色を表示させてみてください。そのバリエーションに圧倒されるはずです。


 偶然発見したサウンド……例えばアルペジエイターのかかった音色からインスピレーションを得たときには、Sound Lockによってアルペジエイターのパターンをほかの音色に適応させながら検索を続けることも可能です。このSound Lockは、一部のパラメーター設定を固定して、別のプリセットを読み込める機能。アルペジエイターだけでなくフィルターやエフェクト、モジュレーション・マトリクスさえも自由にロックし、検索結果に“強制的に”適応させます。この機能だけで音色が何倍にも……いや、無数に生成できると言えますね。

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膨大なライブラリーから目的の音を見つけ出すのに特化したパッチ・ブラウザー。類似のサウンドを検索できるSound Match、特定のパラメーターを固定できるSound Lockを備える

サウンドを追い込んでエディットできる
多彩なシンセシスやパラメーター

 検索で選び抜かれた音色も、さらにイメージに近付けるためにエディットすることは多いでしょう。Omnisphereは、波形やエンベロープ、フィルターといった基本的な重要パラメーターは階層に潜ることなく、直感的に触れることが可能なユーザー・インターフェースが秀逸です。バージョン2.6ではプラグイン画面自体も解像度が自由に変更できるようになり、Modulation Envelopeなどの細かい編集がさらに楽に行えるようになりました。


 そしてもちろんより細部にこだわって編集を追い込むためのあらゆるパラメーターが多数用意されています。オシレーターだけをとってもFMやRing Modulation、 Waveshape、Harmonia、Granularといったパラメーターをダイナミックにも繊細にも調節可能です。


 もともとクオリティの高いエフェクト・エンジンですが、バージョン2.6でさらに追加されたものもあります。その一つがCreativeカテゴリーに属するINNERSPACEという、いわゆるIR(インパルス・レスポンス)データを使ったエフェクトです。これはもうリバーブというよりも、むしろ劇薬的なサウンド・チェンジャーのような存在。サウンドに新鮮味が無くなったらぜひ試してください。

 

減算方式からグラニュラーまで
充実のシンセサイズ性能

 減算方式に代表されるスタンダードなシンセサイズの基本性能は十分にパワフルです。あまり知られていないかもしれませんが、現代では必須のウェーブテーブルやFMといったシンセシスもアップデートされており、ダイナミックな倍音変化のバリエーションに抜かりがありません。特にバージョン2.6で追加された数多くのState Variable FilterやFormant Filterでダイナミックな音色変化が得られるので、ダブステップやEDM、トラップですらも余裕でカバーできるようになりました。


 またGRANULARの新アルゴリズムも追加され、ハンディ・レコーダーでフィールド・レコーディングしたオーディオ・ファイルをインポートしてテクスチャー系パッド生成に活躍しています。後発の他社グラニュラー系プラグインにも負けない存在感です。以前のバージョンで搭載していたアルゴリズムは非常に癖が強かったのですが、現在でも“LEGACY”として残存しているところが秀逸ですね。

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Omnisphereに搭載されたシンセシスの一つ、GRANULAR。サンプルを細かく断片化して再生スピードの変更やタイム・ストレッチ、フリーズなどをしてサウンドを合成する

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WAVESHAPERというシンセシスでは、波形自体を変化させることでひずみを加えて倍音に変化を与え、サウンドを生成する。ビット&サンプリング・レートの調整やひずみアルゴリズムの選択などが可能だ

 
 音作りにおいて便利な新機能がハードウェア・シンセ・インテグレーション。60種類以上のハードウェア・プロファイルを有しており、対応するハード・シンセのノブやフェーダーを使ってOmnisphereの直感的なコントロールが行えます。筆者のMOOG Sub 37と接続したOmnisphereはソフト/ハードの境界が無くなり、どちらをコントロールしているのか一瞬混乱してしまうほど完成度が高いです。ROLAND JP-08やYAMAHA Reface CSなどのテーブルトップ/デスクトップ・シンセとの相性も良いかもしれません。また、バージョン2.6からハードウェア・シンセのライブラリーも多量に追加されています。Omnisphereに出せない音など無いのかもしれませんね。

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バージョン2.6で搭載された新機能、ハードウェア・シンセ・インテグレーションに対応するシンセ一覧。ハードウェア・シンセ・インテグレーションでは、対象のハード・シンセの操作子とOmnisphereのパラメーターがリンクし、直感的なエディットが可能だ。MIDIラーンとは違い、それぞれのハードウェア・シンセ用プロファイルが用意され、シームレスな連携を実現している


 ライブラリーは作曲家や演奏家にとってインスピレーションの源です。Omnisphereには深遠なパッド系、空気感を閉じ込たアトモスフィア系、パワフルで存在感のあるシンセ・ベース、コレクターのみが所有するビンテージなシンセや鍵盤楽器、サーキット・ベンドや改造された電子楽器など、丁寧に調整された貴重なサンプルから無数のプリセットが用意され、演奏されるのを待っています。そして得意なカテゴリーはシンセだけにとどまらず、Ethnic Worldと名付けられたエスニック/ワールド・ミュージック系楽器をはじめ、Bowed ColorsやPercussive Organicといった珍しい生楽器をさまざまな奏法で収録したライブラリーも非常にクオリティが高く、簡単な演奏で雰囲気を作りやすいです。単体で鳴らす場合でも、ほかのシンセとレイヤーさせても、その音の良さが残ってくれます。また、得意なテクスチャー系は演奏に向いたPlayableと単音での利用が前提のSoundscapesに分けられており、音色を選ぶ側への細かい配慮すら伺えることがSPECTRASONICSが愛される理由の一つかもしれません。これらすべてがOmnisphereを“セッションの最初に読み込ませるシンセサイザー”として不動の地位を築いているゆえんであり、これからもその地位は揺るがないと信じています。

 


深澤秀行が実践! Omnisphereでのサウンド・メイク

ここではOmnisphereを使って深澤が作成した音例を紹介。多彩なシンセシスを活用したサウンドを体感してみてほしい。

①倍音変化のコントロールで深遠な世界を演出

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ウェーブテーブル的な倍音変化を出すために読み込んだ“Twelve String BowDrone 3”。Psychoacousticにカテゴライズされているプリセットだ。SAMPLE STARTをモジュレーション・ホイールで操作できるようにして、サウンドに動きを付けている

 Omnisphereを立ち上げた直後は“SawSquare Bright”という波形がテスト・トーンのように読み込まれます。その波形をアルペジエイターでシーケンス的に発音させましたが、このアルペジエイターを“CHAOS”モードに設定すると、モジュラー・シンセシスにも似たランダムなシーケンスが可能になります。アンプ・エンベロープは短めに設定し、フィルターは基本通りの“Basic 12db Lowpass”を使用。カットオフをモジュレーション・ホイールで開閉できるよう設定しました。エフェクトではCHORUS ECHOとPRO-VERBを使用し、深遠な世界を演出しています。

 

 これだけでも十分味わい深いシーケンスですが、レイヤーBにはOmnisphereらしい高品位サンプルを使ったウェーブテーブル的な倍音変化をレイヤーしてみました。選んだサンプルは“Twelve String BowDrone 3”。12弦ギターをバイオリンの弓で演奏した、持続音での倍音変化が豊富なサンプルです。アルペジエイターの短い発音の繰り返しでは音色の持つ倍音変化が発揮できないので、今回はSAMPLE STARTという波形の再生開始タイミングのパラメーターをモジュレーション・ホイールで動くように設定し、レイヤーAのフィルターと同時に倍音変化をコントロールしてみました。

 

②ダイナミックな変化を見せるウォブル・サウンド

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ダイナミックな広がりを実現したのが、デチューンさせたボイスを重ねるUNISON。ここでもモジュレーション・ホイールを使い、動きを付けることで変化に富むサウンドになっている

 1つのオシレーターが持つパラメーターをふんだんに使って倍音変化を演出してみましょう。フィルターやエフェクトは一切使用していません。主要パラメーターは“MAIN”でSHAPE、SYMMETRY、HARD SYNCを、“WAVESHAPER”でBIT CRUSH、CRUSH FORCE、MIXを、“UNISON”ではDEPTH、SPREAD、DETUNEの合計9つをMIDI CCにアサインし、APPLE Logic Pro上にオートメーションを書き込みました。

 

 ノートは音程ごとに全音符1つだけであり、発音タイミングはLFOによって管理されています。まるでサイド・チェイン・コンプレッサーがかかっているように聴こえる音量変化です。ノコギリ波のLFOが反転されて逆の山形に盛り上がる波形になっており、MIDI CCによってRATEをコントロールしてウォブル的な効果を演出しています。

 

 音例の始めに聴こえるのは基本的な“SawSquare Fat”の単調な音色ですが、時間の経過とともに倍音がダイナミックに変化し、LFOによる音量変化も過激になっていきます。終わりにはまたシンプルな波形に戻ることで、いかにその倍音変化の幅があるのかがよく分かるでしょう。

 

③ピアノとグラニュラー・シンセシスによる優しいパッド

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Omnisphereは、KeyscapeやTrilianのライブラリーを統合して読み込むことが可能。Omnisphereのシンセ・サウンドと組み合わせて、複雑なレイヤー・サウンドが実現できる

  この音例ではOmnisphereを2つ用意し、1つ目にはOmnisphereの独壇場でもあるアトモスフィア/テクスチャー系を、2つ目にはKeyscapeライブラリーで追加されるLA Custom C7を使用した“Cinema Tender Felt Piano”を立ち上げました。読み込んだピアノのサウンドはその名の通り、映画で使われていそうな圧倒的な空気感を持っています。優しく爪弾くだけで、世界観の構築が可能です。


 2つ目は“Bowed Bicycle 1”というサンプルを読み込み、GRANULARを使って雰囲気のあるパッドに仕上げています。オリジナルのサンプルだけでは少々音楽的に使いづらい場面もありますが、GRANULARによってサンプル再生速度を操作し、まるで時間が止まってしまったような雰囲気を音に閉じ込めてみました。また、エフェクトはPRO-VERBとCHORUS ECHOのほかに、INNERSPACEというインパルス・レスポンスを利用したエフェクトをかけることによってオリジナルにはなかった倍音や空気感を演出しています。

 

④4レイヤーをフル活用したモーフィング・サウンド

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レイヤーの1つに読み込んだ“Boys Multiphrase Kyrie”。これはもともと同社が発売していたハードウェア・サンプラー用ライブラリー“Symphony of Voicer”に収録されていたものだ。同社のレガシー・サンプル・パックが数多くプリセットとして用意されているのもOmnisphereの魅力

  4つのサウンドをレイヤーしてサウンドを構築できるOmnisphereならではの、美しいサンプル・ライブラリーを使った音色を作ってみました。レイヤーAでは“Streamsonic Cold Stream 2”(ディエゴ・ストッコ作のサウンド)を使用。レイヤーBではエリック・パーシングと作曲家のルパート・グレッグソン・ウィリアムスにより録音されたSymphony of Voicerライブラリーに収録の“Boys Multiphrase Kyrie”をロードします。レイヤーCでは、中東のサズという複弦楽器のトレモロ奏法のサンプルである“Saz Tremolo”、レイヤーDではベロシティ・レイヤーされたクリスタルのガムラン・サンプルの“Dynamic Crystal Gamelan”を使いましょう。“Dynamic Crystal Gamelan”は、FMやWaveshaperといったシンセサイズによってさまざまな倍音が浮き出ち、真価を発揮します。

 

 この音例は4つのレイヤーをA+DとB+Cという2つのグループに分け、各グループをモジュレーション・ホイールによって音量変化させているのみです。それぞれ別の世界観をモーフィングすることに成功していると思います。いわゆる“4つサンプルを並べてバランスを変えているだけ”ですが、これほどクオリティの高いパッド/アトモスフィア/テクスチャー系サウンドを瞬時に作れるパーチャル・シンセはOmnisphere以外に無いでしょう。

 

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