音の匠 SPECTRASONICSは なぜ愛され続けるのか?〜Trilian編

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 モンスター・シンセのOmnisphereをはじめ、キーボード音源のKeyscape、ベース音源のTrilian、リズム&グルーブ音源のStylus RMXを生み出してきたソフトウェア・メーカー、SPECTRASONICS。多くのソフトウェアをリリースするのではなく、少数精鋭のラインナップでそのサウンドのクオリティに磨きをかけ続けるスタイルは、まさに音の匠と言える存在だ。2020年8月号掲載の特別企画では、4名のクリエイターにSPECTRASONICSのソフトウェアの解説とともに、その魅力が伝わる音例も作成いただいた。ここでは杉山圭一にTrilianについてを語っていただく。

 

Trilian

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音を止めたときの音まで再現する
生/エレキ/シンセを網羅した総合ベース音源

 2002年に発表されたTrilogyを祖とするベース音源。アコースティック・ベースからエレクトリック・ベース、シンセ・ベースを網羅したライブラリーは34GBに及ぶ。高品位なサンプル・ストリーミング技術のSTEAMエンジンを採用し、多彩なアーティキュレーション、ラウンド・ロビンを駆使したリアリティのあるベース・サウンドを実現する。

 

 マイクやピックアップのバランスを設定できるほか、弦へ指が当たることで出るリリース・ノイズの調整も可能。さらに33種類のエフェクトを装備しており、補正的な音の調整から、大胆にキャラクターを変化させる音作りもできる。ステップ・シーケンサーのようにパターンを作れるアルペジエイターも搭載。

 

●REQUIREMENTS
Mac:OS X 10.10以降(32ビット/64ビット両方に対応)、AAX/AU/VST対応のホスト・アプリケーション(スタンドアローンにも対応、AUでの使用時は要Cocoa対応)、6GB以上のRAM(Sample Server機能の使用には6GB以上を推奨) Windows:Windows 7以降(32ビット/64ビット両方に対応)、AAX/VST対応の64ビット・ホスト・アプリケーション(スタンドアローンにも対応) 共通:クロック周波数が2.0GHz以上のプロセッサー、4GB以上のRAM(8GB以上を推奨)、40GB以上の空きディスク容量

 

www.minet.jp

 

杉山圭一が解説! Trilianが愛される理由

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【Profile】SEGAにてゲーム音楽や効果音などの制作に携わった後、独立。キーボーディストとしてアーティストのライブ・サポートを行うほか、ゲームやテレビCMの楽曲も幅広く手掛けている。

 

Release

LANDSCAPE

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  • KERA
  • J-Pop
  • ¥2444

 

ラウンド・ロビン用のサンプルによって
自然な聴き心地のサウンドを実現

 Trilian2009年に発売された、エレクトリック・ベース、アコースティック・ベース、シンセ・ベースなど、ベースに特化したインストゥルメントです。34GBに及ぶ膨大なライブラリーは当時としても大容量でしたが、その豊かな表現力のため、11年がたった現在も多くのミュージシャンに愛用されています。

 

 特筆すべき機能はSPECTRASONICSのストリーミング再生技術であるSTEAMエンジンでしょう。音色によっては3GB以上も容量があるのですが、STEAMエンジンによって音色のデータをメモリーへ一度に読み込んだときと比べても全く遅延せず、ストレス無く演奏することが可能になっています。

 

 Trilianのリアルな音色の基礎となっているのはラウンド・ロビン機能です。これは同じノートを一定のベロシティで弾いたときに、同じサンプルが連続で発音されるときの不自然さ……いわゆるマシンガン効果を回避するための機能。しっかりと聴かないと気付きにくいのですが、Trilianでは同じノートに対しても数種類のサンプルが用意されていて、実際に人間が演奏したときのような自然な聴き心地を実現しています。

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Trilianは特殊奏法やリリース・ノイズのサンプル、ラウンド・ロビンによってリアルなベース・サウンドを実現している。SOUNDSOURCE ZOOMの画面では、それらのパラメーターを調整可能だ

 

 また、フレットを普通に押さえたときの音だけでなく、スライド・アップ/ダウンやグリス・アップ、ハーモニクスなどの音も別途サンプリングされています。これまでのPCM音源ではピッチ・ベンドなどで擬似的に表現していた特殊な奏法も、Trilianでは実際にフレットの上で指を滑らせて弾いた音そのものが搭載されているので、本当にリアルなベース演奏表現が可能になっているのです。

 

 もう一つ重要なポイントは、音を弾き終えたときに、弦をリリースした際の弦のノイズがしっかり鳴っていることです。これはベース演奏においては非常に重要な機能。ベーシストの方は理解が早いかと思いますが、ベースという楽器は弾くタイミング以上に音を止めるタイミングも非常に大切で、むしろ音を止めるタイミングによって演奏のグルーブ感に大きく変化を持たせることができます。音を止めたときの音によるストップ感が、ベース演奏の表現では非常に重要になってくるのです。また、指弾きであれピック弾きであれ、同じ弦の同じフレットを連続で弾いた場合、運指としては次の音を弾く前に必ず指またはピックが弦に当たることにより、前まで弾いていた音が一瞬止まることになります。こういった細かい表現を行うときにも弾き終わりの音がしっかり鳴っているということによって演奏のリアリティがさらに向上するのです。

 

曲全体を支えることができる
音抜けの良さ

 ここまで褒めてばかりのTrilianですが、“リアリティがある故にアタックが後ろに聴こえる”という特徴も持っています。これは実際にTrilianの音をDAW内で録音して波形を見てみると分かるのですが、弾き始めに指が弦に当たって滑り始める瞬間から実際に弾くまでの音をきっちりと収録しているため(無音ではなくちゃんと小さく鳴っています)、音色によっては音のアタック部分に到達するまでに大きいもので1,500サンプル程の遅れがあるのです。そのため、そのままジャストのタイミングで打ち込むとドラムやリズム・マシンのアタックに対して後ノリに聴こえてしまう現象が起こることがあります。これはリアリティをとことん追求したことによる現象だと思いますし、そのままベタ打ちしても生っぽいグルーブが出ることにもつながります。もしドラムなどに対してカチッとしたタイミングの楽曲にしたい場合やグルーブ表現をさらに追い込みたい場合は、MIDIデータを前にずらすという作業が有効です。このような後ノリは実際のベーシストも演奏時に自然と行っていることで、筆者もそのようにタイミングに対する対応をするようにしています。

 

 Trilianが発売されてから現在まで、他社からもさまざまなベース音源が発売されました。特に物理モデリング音源によるプラグインは必要となる空きディスク容量の小ささもさることながら、弦やボディの材質、ピックアップや回路、演奏時の運指やピッキングのポジションなどを細かく調整することができ、より繊細な表現が可能な音源も出てきています。そんな中、筆者も他社のベース音源を試して使ってみることはありますが、結局はTrilianに戻してしまうケースが多いです。その理由は幾つもあるのですが、一番大きいのはPCM音源であることによる“音抜けの良さ”です。その差は特にひずみ系のギターが多く入ったロック系やポップス系のアレンジで顕著に現れます。楽曲全体の音色がハデ目でほかの楽器の倍音も強めの場合、物理モデリングのベース音源ではベース・ラインの輪郭がどんどんボヤけていって見えなくなっていくケースがあるのです。しかし、Trilianの場合は音量を上げなくても輪郭が埋もれず、曲の中で全体をしっかりと支えることができます。同じエレクトリック・ベースでも、通常の指弾きからロック系のちょっと強めのタッチのもの、ミクスチャー系で便利なゴリっとしたサウンドまで、曲調に応じて対応することが可能なベース音源がこのTrilianなのです。

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33種類もの高品質なエフェクトを備えており、複雑なサウンドを生み出すことも簡単に行える

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ARPEGGIATORではステップ・シーケンサーのようにパターンを生成できるほか、Groove Lock機能によってStylus RMXや読み込んだMIDIファイルのグルーブに沿ったアルペジオが再生できる

 

杉山圭一が実践! Trilianでのサウンド・メイク

Trilianのリアルなベース・サウンドによる音例を紹介しよう。聴けばその生々しさに圧倒されるはずだ。

①指弾きをシミュレートしたロック・ベース

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APPLE Logic Pro Xに打ち込んだMIDIノート。指弾きによる人差し指と中指での音色変化をシミュレートするため、ベロシティを使い分けている。また、MIDIノートの長さも少し短くすることでリリース・ノイズを出し、よりリアルな演奏の再現を目指した

 ベーシストが指で弾く場合、弦を人差し指と中指で交互に弾いているので、Trilianを使う際も音の交互で微妙に変化させるようにしています。具体的には、ベロシティによって違うサンプルが呼び出されるということを利用した音色変化です。今回の例で言うと、アクセントを付ける方の指で弾いた音は倍音成分の多いベロシティ121、もう1本の指の方で弾いた音は倍音成分の少ないベロシティ71とし、後からコンプをかけることによって音量を整えています。

 

 また、指で弾く場合は弾く直前に弦に指が触れることによって前の音の響きが止まるので、それもシミュレートします。今回の150BPMの曲の場合、8分音符が480ティックだとすると音価は450ティックの長さにしました。Trilianの場合は音を止めたときに弦をリリースする音が鳴るので、次のベース音が鳴る直前にこの音を鳴らすことにより、指が弦に当たって次に弦を弾く直前の雰囲気が出ます。

 

②バック・ビートを表現したアコースティック・ベース

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スウィング感のあるベースにするため、エフェクトのVINTAGE COMP(画面一番下)を使ってアタックを強調させた。アコースティック・ベースはもともとリリース・ノイズが大きいため、アタックを前に出すことでスウィング感が生まれる

 Trilianのアコースティック・ベースは、エレクトリック・ベースほどの強いアタック感が無い代わりに、弦をリリースしたときのノイズがアタック感と同じくらいある音色になっています。音符を弾くタイミングが8分音符であっても、音を弾き終えるタイミングをしっかり決めてあげることによって強いバック・ビートを表現可能です。この音例の場合は弦のリリース音の音量を最大にし、音を切るタイミングを音価の2/3、ちょうど16分音符の3連でスイングしている場合の位置で止めているのですが、コンプをかけてアタック感を少々強調してあげるだけで16分音符のバック・ビートを打ち込むことなくスイング感のあるベース・ラインを作ることができました。

 

 またアコースティック・ベースの場合、エレクトリック・ベースと違って人差し指と中指を交互に弾くことはあまりないのですが、筆者の場合はノリを出すためにエレクトリック・ベース同様にベロシティを変えて倍音に変化をつけ、後からコンプなどで音量を整えることによって音質によるグルーブ感を出すことが多々あります。これは曲調にもよるので、曲の雰囲気に合わせてどういう演出にしたいかを考えて奏法を選びましょう。

 

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