ギターやベース、キーボード、ドラムによるロック・バンド・サウンドは各演奏者のアンサンブルが魅力だ。しかし、狭い空間に多くの人が集まることを避ける必要がある現在、バンドでの演奏は難しくなってしまっている。そういう事情もあり、昨年から自宅の制作環境を整えた人は多くなったが、バンドマンが一人自宅で作曲をするとなったとき、“自分の担当楽器以外は演奏できない!”となるのはよくあることだろう。だが、今は高品質なソフトウェア音源がたくさんリリースされており、生楽器と比べてそん色無いサウンドを打ち込みで鳴らすことが可能な時代。あと必要なのは、どうやって打ち込めばそれを実現できるのかだ。ロックを軸にドラム/ベース/ギター/キーボードの演奏を打ち込みで表現するテクニックを紹介。ボカロP/エンジニアのかごめPに、バンド・サウンドを音源だけで作り上げるコツを伝授してもらう。
かごめP
【Profile】ボカロPとしての活動のほか、数多くのボーカロイド楽曲のミックスやマスタリング、インターネット配信業務も手掛ける。クリエイター集団VOCALOMAKETSとしても活動
https://note.com/kagome_p / https://twitter.com/kagome_p
クリーン系+アンプ・シミュレーターがお薦め
さあ、いよいよ一番の注目ポイントであろう、ギターの登場です! 鍵盤弾きからすると鬼門とも言える、ギターの打ち込みポイントを解説します。エレキギターの音色をざっくり分けると、ひずみの量によって、クリーン/クランチ/ハイゲインの3種類があります。ここでは分かりやすさ重視で解説しているので、細かい違いには目をつぶってください! 打ち込みの場合は、いきなりハイゲインな音色を選ぶより、クリーン系の音色を元に、アンプ・シミュレーターでクランチ、ハイゲインの音を作っていくのがお勧めです。
また、アコースティック・ギターの場合は、大きくスチール弦とナイロン弦に分かれます。スチール弦の方が高域の派手な音が、ナイロン弦の方がアタック感の強い音が出るため、シチュエーションによって使い分けられます。
僕がギターの打ち込みに使っているのは、ソフト・サンプラーのMAGIX Independenceです。少し古い音源ですが使いやすく、今でも愛用しています。ギター専用音源では、PROMINYの音源がお薦めです。ほかにも、AMPLE SOUNDなどから専用音源がリリースされています。
ギターの最低音もベースと同じくE(ミ)の音。ベースの1オクターブ上です。こちらも同じくダウン・チューニングなどの例外はありますが、チューニングを下げると音が締まりのないものになるため、メタルなどの“低さが命”なジャンル以外では、E以下の音はあまり好まれません。
発音タイミングの誤差にフォーカスする
ギターの奏法は主に2種類。弦をそのまま弾く“ロング・トーン“と、ブリッジ側を軽く押さえて音が短く切れるようにした“ブリッジ・ミュート”です。この2つの奏法を切り替えながらリズムを作っていくのがギターの特徴。なお、ギターには弦が基本的に6本(細い方から1~6弦)ありますが、すべての弦を常に使っているわけではありません。メタルなどでブリッジ・ミュートのコードを弾く際は太い弦(4〜6弦)を多用し、カッティングやアルペジオなど、コード感を出すときは太い弦を使わないことも多いです。
実際のギターをピックで弾く場合、6弦から1弦へジャーンと弾くと、少しだけ各弦の発音タイミングに誤差が生まれます。ギターでコード・ストロークを打ち込む際には、それを再現するため、一番低い音(1→6弦は高い音)から順に、少しずつ発音タイミングをズラすことで、ストローク感を演出できます。すべてでなくとも、一番高い音と低い音をズラすだけで効果は得られるでしょう。なお、表拍の音はダウン・ストローク(6→1弦)、裏拍の音はアップ・ストローク(1→6弦)で弾くのが基本ですが、よく分からない場合はすべてダウン・ストロークでも聴感上はあまり問題ありません。
鍵盤の感覚で打ち込まない
まずは、ギターの打ち込みの際に皆が陥りがちな、鍵盤っぽさの回避法から解説していきます。ギターの開放弦は、1弦のEから6弦のEまで2オクターブの音域があり、この6弦を1回のストロークで鳴らすことができます。つまり、鍵盤楽器の片手に比べて“1回のコード・ストロークで鳴らせる音域が広い”のです。
逆に言うと、鍵盤の感覚(片手の音域が1オクターブ)で指を動かしてギターを弾くと、生演奏に比べてこぢんまりしてしまいます。こうしたいわゆる鍵盤っぽさを脱却するには、ギターの弦やフレットの音関係を把握する……という必要は必ずしもありません。まずは和音やアルペジオの転回形を用いることで“らしさ”を上げることができます。例えば、1オクターブ内に収まった鍵盤っぽいアルペジオなら、ルートのオクターブを上げるなどして転回形にしてみます。同じコードでも意識して音の間隔を開いてあげると良いでしょう。低音の間隔を開くだけで、ギターっぽい響きになります。
ギターの細かいテクニックの再現の前に、まずはこうした鍵盤っぽさの回避が、ギターらしさの表現では大事になります。こと低音部では、音の間隔が狭い密集和音を避けることを意識していきましょう。
密集和音を避ける
鍵盤的に片手で和音を弾いてしまうと、構成音が1オクターブ内に収まった密集和音となる。ギターでは構成音の音程が離れた開離和音が弾きやすいため、構成音の一部をオクターブ下または上へと展開することでギターらしさがアップする
タイミングとベロシティでリズミカルに
ギターのバッキング・フレーズは、“リズミカルな和音”“アルペジオ”が基本です。アルペジオについては、前項の音使いを意識していればそんなに問題は無いと思います。難しいのはリズミカルな和音。ここが鬼門ですね。
前述したように、ギターらしさの特徴の一つは“発音タイミングのズレ”です。ピックで弾く際は、1~6弦の間でわずかな発音のズレが生まれます。多少面倒でも、このストロークの各弦の時間差を表現することで、“らしさ”が格段にアップします。また、最低音と最高音のベロシティも少し強調しておきましょう。
8分音符のノートの長さを調整
ピックで弾くストロークでは、各弦の発音タイミングがズレる。それを表現するためにMIDIノートもズラし、最低音と最高音のベロシティを上げておくとギターらしく聴こえるようになる
リズミカルな和音ではブリッジ・ミュートも有用です。ギター専用音源では、ブリッジ・ミュートの音があらかじめ入っている場合が多いので、キー・スイッチの切り替えなどで表現ができます。しかし、ブリッジ・ミュートが入っていない音源の場合は、ごく短いノートをベロシティを弱くして入れることで表現しましょう。このとき、ストロークでの和音より構成音を少なくし、低音弦をメインに。そしてストロークのズレを表現することが大事です。
ブリッジ・ミュートを交えてリズムを刻む
手のひらをブリッジに当てて演奏するブリッジ・ミュートは、短くベロシティの低いノート(この画面では青いノート)で表現。発音のズレも忘れずに
さらにブリッジ・ミュートを活用する
前項でも紹介したブリッジ・ミュートは、クラシックでいうピチカートの役割。曲の緩急の表現に非常に重要な音色です。ブリッジ・ミュートでコードを演奏するときによく使われるのが、パワー・コード(ルート音+5度)です。2音を打ち込んでもよいですが、音源によっては1つのMIDIノートでパワー・コードが再生されるプリセットもあります。ひずんだサウンドと組み合わせて使うと、いわゆるロック/メタルなギターが手軽に演奏できるので楽しいです。
ロック/メタルなギターにぴったり
ルート音+5度の和音=パワー・コード。その名の通り、力強いサウンドはロックやメタルにぴったりだ。ブリッジ・ミュートと相性も良い
そんなブリッジ・ミュートの音は、曲へロックの雰囲気を付与する目的にも使えます。クランチやクリーンのカッティングがメインの曲でも、ストロークの際に薄くブリッジ・ミュートの音を重ねてあげることで、よりギターっぽさを上げる演出が可能です。これは、“弾いていない低音弦の共鳴”を再現する狙いがあります。
サビなどギターをかき鳴らすシチュエーションでは、ベースと同じラインをブリッジ・ミュートで薄く重ねるというのも一つです。打ち込みではどうしても薄味になりがちなギター・パートを、さまざまな手法で味付けしていきましょう。
ベースとの併せ技で厚みを出す
サビなどではベース・ラインと同じようにブリッジ・ミュートでギターを鳴らし、音の補強を行うのもお薦め
【特集】打ち込みでバンド・サウンドを作る!
Part 1|バンドを支えるドラムを打ち込む
Part 2|生感のあるベース・ラインを作る
Part 3|打ち込みでの鬼門=ギターを表現
Part 4|ピアノ/キーボードを聴かせるワザ
Part 5|バンド・サウンドをまとめるミックス
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