アメリカ出身のビクター・ニューマン(写真左)と、ジョン・アンダーダウン(同右)からなる音楽制作グループ/レーベル、Funtime Productions。2017年の発足以来、東京を拠点に165曲以上をプロデュースし、手掛けたアーティストはスヌープ・ドッグ、KRS・ワン、フロー・ライダー、SEKAI NO OWARIまで幅広い。近日、彼らの名義で発表されるアルバム『Story Of The People Hindsight 2020』の内容も含めて、そのサウンドの秘密に迫ってみよう。
Text:Susumu Nakagawa Photo:Chika Suzuki
スタジオのルーム・アコースティックも大事だけれど
ゲストが“リラックスできるかどうか”もポイント
Funtime Productionsの結成に至るまで
ニューマン 10代でヒップホップにハマり、リズム・マシンのYAMAHA RX5やDJセットを購入した。初めて自分のスタジオを持ったのは26歳のときで、場所はLAにあるレコード・プラント・スタジオの隣。当時はネリーやリル・ジョン、リュダクリスなどの人気ラッパーたちが出入りしていたんだ。そこで毎日俺は外に出て、自分のスタジオのチラシを配り続けた。すると、3カ月後には皆俺のスタジオに来ていたよ。クレイジーな話だろう?(笑)。当時はシンセのMOOG MinimoogやYAMAHA Motif、サンプラーのE-MU SP-1200やAKAI PROFESSIONAL MPC3000など、ヒップホップに必要な機材はほとんどそろえていた。モニターは、DYNAUDIOとJBL PROFESSIONALのスピーカーを使っていたよ。
アンダーダウン 俺はもともと日本文化に興味があり、留学生として初来日した。2002〜2014年までロック・バンドのfadeでリード・ボーカルを務めたり、GACKTさんが率いるバンド、YELLOW FRIED CHICKENzでツイン・ボーカルを担当したこともある。ビクターと出会ったのは2014年。たまたま青山のバーで知り合い、連絡先を交換したんだ。
スタジオとモニター環境
ニューマン このスタジオは2018年4月に完成した。東京にあるプロのスタジオはどれも同じような内装で、俺はそうしたくなかったんだ。ルーム・アコースティックも大事だけれど、ゲストが“リラックスできるかどうか”もポイント。だからLAにあったスタジオのように、大きなソファーを置いたんだよ。
アンダーダウン 施工業者にお願いして、床は10cm底上げし、中に断熱材を詰め込んでもらった。ケーブルは、スッキリ見えるように壁の裏側や床下を通しているんだ。制作時は主にニアフィールドのAVANTONE CLA-10と、サブウーファーのYAMAHA HS8Sを使っている。HS8Sをオン/オフしながら作業すると良いミックスができるんだ。スペック的にはCLA-10とYAMAHA NS-10Mはほとんど同じだけれど、CLA-10の方が少しだけ明るくてモダンな音をしていると思う。
ビート・メイキングの手順
ニューマン “これだ!”っていう弾けるようなインスピレーションが大切なんだ。最近はWebサービスのSpliceでいろいろなサンプルを試聴し、まずは自分たちがどのような音楽を作りたいのかを探ることが多い。曲のイメージが固まったら、それに合うサンプルをAVID Pro Toolsのセッションに直接張り付けたり、NATIVE INSTRUMENTS Maschine Studioのパッドにアサインしてビート・メイキングを開始する。だから、まずは自分がその曲で使うドラム・キットを作ることからスタートするよ。
アンダーダウン 簡単なビートをビクターが作ったら、そこに自分がボーカル・メロディやコードを加えていく。ここから先は完全にフィーリングで進めるから、手順は決めていないね。
ミックスはオーディオのパズル
フェーダー・レベルではなくEQ/コンプで整える
ビート・メイキングとミックスのこだわり
ニューマン 曲にもよるけれど、グルービーなヒップホップ・ビートを作りたいときはMaschine Studio内蔵のグルーブ機能を使う。往年のサンプラーをたたいたときのようなフィーリングを生み出せるんだ。ビート・メイキングで意識しているのは、ローエンドの効いたベース、迫力のあるキック、そしてタイトなスネア・サウンド。だけどミックスでは、各チャンネルのレベルを突っ込み過ぎないように気を付けている。ミックスはオーディオのパズルなんだ。俺の場合はフェーダー・レベルで調整するのではなく、EQ/コンプで整える。だから俺がミックスすると、各チャンネルのフェーダーはほとんど0dBのままなんだよ。
お気に入りソフト音源/プラグイン・エフェクト
ニューマン 一番お薦めしたいのは、サブベースに特化したソフト・シンセFUTURE AUDIO WORKSHOP SubLab。トランジェントを自由にデザインできるし、フィルターやディストーション、コンプレッサーも付いている。操作性はシンプルで、サウンドは素晴らしい。ヒップホップからEDMまで幅広く使えるグレートなプラグインだよ。そのほかだとベースにはSPECTRASONICS Trilian、 シンセにはSPECTRASONICS Omnisphere 2などを用いるのが好きだ。
アンダーダウン プラグインは主にWAVESが多い。マニー・マロクィンやジャック・ジョセフ・プイグ、クリス・ロード=アルジのシグネイチャー・シリーズのほか、SSL 4000 Collectionなどをさまざまなパートに使用している。中でもWAVES JJP Vocalsはリード・ボーカル、WAVES CLA Vocalsはバック・コーラスというふうに使い分けているんだ。ボーカルのレベルをリアルタイムに調整できるWAVES Vocal Riderも便利だね。応用して楽器にも使っている。
ニューマン WAVES Greg Wells PianoCentricは、ピアノに最適だ。低域と高域のバランスをうまく調整できるよ。
最新作について
ニューマン 純粋に、リアルなヒップホップ・アルバムを作りたいと思った。最近のクラブ・ソングは聴き飽きたからね。『Story Of The People Hindsight 2020』の音楽的なコンセプトは、“パブリック・エネミー×ドクター・ドレー”だ。ジョンを含め、世界中のラッパーやシンガーが参加しているよ。すべてリモートで完成させたんだ。アルバムの主なメッセージは、2020年の出来事について。COVID-19の世界的なパンデミックに始まり、ブラック・ライブズ・マター運動、カリフォルニア州の大規模火災、アメリカの大統領選挙など“激的の一年”を振り返っているんだ。
アンダーダウン このアルバムのユニークなところは、収録曲をすべてまとめて“1つのトラック”として書き出していること。俺たちはこれを“デジタル・バイナル”と呼んでいる。この作品を最初から最後まで、まるごと楽しんでほしいと思ったからね。近年では音楽が1曲単位で消費されがちだが、俺たちはインタールードを含めて、アルバム全体のストーリーや曲構成も皆に伝えたいんだ。
今後の展望
ニューマン 最近、ウータン・クランのRZAが指揮した映画『Cut Throat City』の挿入歌を担当した。この映画はNetflixのランキングで1位を獲得したんだ。劇伴をやるときはスウェーデンの音楽プロデューサー、ダニエル・リンドルムと組んでいるんだけど、今後も彼と映画音楽の制作を続けていくよ。
アンダーダウン 日本の音楽シーンはJポップ以外にも良い音楽があるということ、また、ダニエルのように素晴らしい作曲家や才能あるアーティストたちの音楽を世界中の人々に届けたい。彼らが世界に出るきっかけを、Funtime Productionsとともに作れたらと願っているよ!
ビクター・ニューマンを形成する3枚
「ベトナム戦争や環境問題などの社会的テーマを取り上げた、セルフ・プロデュース・アルバム。ソウルフルな歌声がリリックの説得力を高めている。当時とても感動したよ」
「キックの音色、楽曲のアレンジ、アルバムの全体的な音質、どれをとっても素晴らしい。ドクター・ドレーは、ウェスト・コースト・ヒップホップのパイオニアだね」
「ボーカルのメロディや歌詞はもちろん、ボブ・マーリーのバイブスや考え方、すべてが大好きなんだ。彼は真の男! たくさんある作品の中でも『エクソダス』が最高さ」
ジョン・アンダーダウンのNo.1プロデューサー
ヒュー・パジャム
彼は1980〜1990年代のロック界を代表するプロデューサー/エンジニア。これまでにポリスやスティング、フィル・コリンズ、デヴィッド・ボウイ、ポール・マッカートニーなどの作品を手掛けている。中でもお薦めなのは、ポリスの代表的アルバム『シンクロニシティー』だ。各パートの音作りはもちろん、ボーカル・メロディも秀逸だよ。
Funtime Productions
【Profile】東京を拠点とするFuntime Productionsは、2017年12月にビクター•ニューマンとジョン・アンダーダウンによって設立された音楽制作グループ/レーベル。国内外のアーティストの作詞/作曲、英語ボーカルの指導、テレビCMや映画音楽の制作など、幅広く活動している。
【Release】
『Story Of The People Hindsight 2020』
Funtime Productions
(Funtime Productions)
関連記事