【Profile】北海道出身のプロデューサー/DJ。15歳よりDAWで楽曲制作を開始する。SoundCloudに公開したオリジナル曲が注目を集め、2017年デビュー。数多くのアーティストへの楽曲提供やリミックスを行い、2020年3月6日には1stアルバム『TIME』をリリースした。
『TIME』
MATZ
(STARBASE RECORDS)
EDMプロデューサー/DJ、MATZ。幼少期からダンス・ミュージックに興味を示し、音楽制作を始める。近年ではULTRA JAPAN 2018でのDJプレイのほか、YOSHI、和田アキ子、倖田來未、MACOなどへの楽曲提供/リミックスを行っており、ダンス・ミュージック界期待のホープだ。今回は、彼のプライベート・スタジオにて話を聞いた。
Text:Susumu Nakagawa Photo:Chika Suzuki
カシミアがきっかけで
プロデューサーを目指そうと思った
■キャリアのスタート
音楽を聴き出したのは小学校5〜6年生くらいのころ。兄からAPPLE iPod Nanoをもらったのがきっかけです。その中にはダフト・パンクやケミカル・ブラザーズなどが入っていました。中高校生のころはアヴィーチーやマデオン、ゼッド、日本人だとtofubeatsさんやTeddyLoidさん、banvoxさんなどを聴くようになり、とても影響を受けましたね。そのころからサンレコを読んでいて、コンピューターとDAWで音楽が作れるということを知ったんです。好きなアーティストは皆ABLETON Liveを使っていたので、自分も同じものを買いました。すぐに自分の手足のように使いこなすことができたので、Liveは初心者にお薦めのDAWだと言えます。大学に進学したころはマーティン・ギャリックス「アニマル」がヒットしていて、世間ではますますEDMブームに火が付いた時期でした。歳が近いのにこんな曲作っててすごいなと思いましたね。
■ターニング・ポイント
当時はその中でもビッグ・ルーム・ハウスがはやっていて、ダブズ&ボージャス「TSUNAMI」はとても勢いがありました。しばらくして、この曲はカシミアという人物がゴースト・ライティングしたものだということが明るみになったんです。気になって調べてみると、彼はファーイースト・ムーヴメントのヒット曲「ライク・ア・G6」を手掛けたヒップホップ・デュオ=ザ・カタラクスの一人である、ナイルス・ホロウェル・ダーだということが分かりました。さらに彼は、デヴィッド・ゲッタやジェイソン・デルーロ、セレーナ・ゴメスなどにも楽曲提供をしており“これはすごい!”と感動したんです。それからは、彼の影響でビッグ・ルーム・ハウス系の楽曲を作るようになりました。ちなみに、彼は早い時期からYouTubeで制作動画を公開している人で、そういったオープンな姿勢も尊敬できます。彼がきっかけでプロデューサーを目指そうと思った、と言っても過言ではありません。
■機材の変遷
オーディオI/Oは今も昔もSTEINBERG UR28M。DAWを始めたときに、ちょうどサンレコでプッシュされていたので買いました。値段が手ごろだったし、同社のCubase AIも無償で付いてきたので良いと思ったんです。最初に買ったマイクはコンデンサー・タイプのRODE NT1-Aで、モニター・スピーカーはYAMAHA NS-10M。アンプもYAMAHAのものを使っていました。当時はシンセサイザーにもあこがれていたのですが、サンレコでビンテージ・シンセの音色に特化したソフト音源ARTURIA Analog Laboratoryの存在を知ったので、それとMIDIコントローラーがパッケージされたARTURIA Analog Experience The Laboratory 61を購入したんです。サイド・パネルの木目が格好良いですよね。
■モニター環境
普段はヘッドフォンでモニタリングしています。自分のお気に入りは開放型のSENNHEISER HD600で、ハイエンドからローエンドまでバランスよく聴こえるんです。モニター・スピーカーでメイン使用しているのはKRK RP4。好きなEDMアーティストのグレイやジョン・ベリオンが使っていたのも購入の決め手でした。ミックスの最終チェックやボーカル録音、コライトなどはTOKYO SOUND STUDIOで行っています。
2種類のキックのおいしいところ取りをすることで
欲しいキックの音を自在に作りだせる
■ビート・メイクの手順
歌モノを作るときは、まずピアノの音色でコードとテンポを決め、それからビートや展開を考えます。それ以外では、サンプルをカットアップやタイム・ストレッチし、“面白いサウンド”を作ることから始めますね。音で遊びながら考えるというのも、ビート・メイカーらしくてアリなんじゃないでしょうか。
■キックの音作りテクニック
基本的にビートにはサンプルを使いますが、キックにはピッチを合わせた2種類のサンプルを組み合わせます。「Wait A Minute」(『TIME』収録)のドロップに登場するキックが、その例です。ここでは、ブレイクビーツのサンプル・パックから持ってきた硬めのキックとリリース長めのキックを用意し、前者のアタック部分と後者のリリース部分をクロスフェードで合体させたものを使用しています。2種類のキックのおいしいところ取りをすることによって、欲しいキックの音を自在に作ることができるのです。以前は、2種類のキックを単にレイヤーしていたのですが、位相の問題が出てくることと、音量が上がってピークが付き、リミッターで処理するとアタックが変わることから、最終的にはこの方法がベストだと思うようになりました。
■使用ソフト音源
サブベースにはNATIVE INSTRUMENTS Massiveを、上モノのシンセにはLENNARDIGITAL Sylenth1やSPECTRASONICS Omnisphereを用います。どれも音作りが素早くできるという点がポイントです。また、Sylenth1はモダンなシンセの音色が多数収録されているのでお薦め。中でもスーパー・ソウは、Sylenth1が一番奇麗に鳴ると思います。それ以外のストリングスやブラスなどは、基本的にNATIVE INSTRUMENTS Kontaktのライブラリーを使用していますね。
■使用プラグイン
コンプでは、ACUSTICA AUDIO El Reyがお気に入り。倍音が薄く乗るので、音の輪郭を引き立たせるのにも役立ちます。ボーカルやピアノなどによく使いますね。そのほかでは、SOUNDTOYSのプラグインを使用することが多いです。
■ローカットのこだわり
以前は、ローカット処理をほとんどのパートに施していたんですが、今作では本当に必要なパートや強調したいパートのみにしています。ボーカルやギターなど、生っぽい雰囲気を残したいパートにはローカットを入れていません。ちなみにキックやサブベースには、20Hz辺りにローカットを入れています。
■マスター・チャンネルに用いるプラグイン
まずはEQのKUSH AUDIO Clariphonic DSP MKIIで色付けし、さらにIZOTOPE Ozone内のEqualizerとMaximizerで処理します。その後FABFILTER Pro-L2とA.O.M. Invisible Limiterを用いて終了です。Pro-L2はサイド成分を、Invisible Limiterはセンター成分を持ち上げるような印象があるので、それぞれ使い分けています。最後にLoudness Penaltyという無償のWebサービスを使用して、書き出した2ミックスが各ストリーミング・サービスにおいてどのくらい音量が下がるのかを確認したら終わりです。
■今後の展望
人々の心を芯から震わせる音楽を作っていきたい。EDMシーンでは、曲自体のクオリティが重要視されがちなのですが、やっぱり究極の目的は“感動させる”こと。たくさんの人の心に響く曲を、これからも作っていきたいですね。
MATZを形成する3枚
『ディスカバリー』
ダフト・パンク
(ワーナーミュージック・ジャパン)
「10代の初期に一番影響を受けたアルバムで、自分が思う“良い音楽”の基準はこれで形成された気がします。程良い遊び心が曲中にちりばめられているところが好きです」
『ライセンスト・トゥ・イル』
ビースティ・ボーイズ
(ユニバーサル)
「リック・ルービンがプロデュースに携わった作品。異なる音楽ジャンルを融合させるというアイディアが好きなのですが、それはこの作品から影響を受けたと思います」
『Ashes』
イレニアム
(Kasaya/Seeking Blue)
「メロディック・ダブステップとヒップホップ・ビートを融合させたようなイレニアムの1st。全体的なサウンド・プロダクションが素晴らしく、かなり聴き込みました」
自分のNo.1プロデューサー
トム・ノリス
ロサンゼルスを拠点とするサウンド・デザイナー/プロデューサー/エンジニアで、別名getyoursnackonとしても知られています。彼はスクリレックスをはじめ、ゼッド、マデオン、イレニアム、宇多田ヒカルなどの作品に携わり、まさにポストEDMにおける影の立役者。僕は彼の斬新な音使いや、アナログの質感とモダンな音色を融合させるやり方にとても影響を受けています。最近ではレディー・ガガの作品にも携わっており、今後はポップス・シーンでも鍵となる人物でしょう。