コンポーザーのAyaseとボーカルikuraにより“小説を音楽にするユニット”として活動を開始したYOASOBI。1st配信シングル「夜に駆ける」は2019年12月にリリースされ、1年でストリーミング再生回数3億回を突破し、CD未リリースながらNHK紅白歌合戦への出場を果たすなど飛ぶ鳥を落とす勢いで人気を集めている。本誌は昨年末に、Ayaseとikuraにインタビューを敢行! 衝撃的な「夜に駆ける」の楽曲構成のルーツや、YOASOBIの特徴であるメロディックなピアノが確立された背景を紐解きつつikuraのボーカリストとしての軌跡も聞いた。
Interview:iori matsumoto Text:Mizuki Sikano Photo:Hiroki Obara Styling:Daisuke Fujimoto(tas) 衣装協力:HOMME PLISSE ISSEY MIYAKE、MOONSTAR、YuumiARIA、ReFaire、BEAUTIFUL SHOES
作業部屋に入るのが面倒なので
リビングでMacBook Proで打ち込みます
ーAyaseさんはYOASOBIの前にボカロPとして活動していましたよね。当時と制作環境は同じですか?
Ayase 昨年の7月に引っ越したので、それまで無かった作業部屋を作りました。それに伴い、オーディオI/OのAPOGEE Quartetやパワード・モニターのREPRODUCER AUDIO Epic 5、AUDIO-TECHNICAのマイク、MIDIキーボードのROLAND A-49とAPPLE iMacも買ったんです。でも結局、作業部屋に入るのが面倒なので、リビングでAPPLE MacBook Pro一台で打ち込んでいます。
ーDAWは何を使用していますか?
Ayase APPLE Logic Proです。これはボカロの楽曲を作ってきたときから変わりません。
ーどういった順序で曲を作るのですか?
Ayase 天才ぶりたいわけじゃないのですが、常に頭の中にメロディが鳴っているんです。もちろんこうしてしゃべっているときは話すことに集中していますが、一人で居るときとかにメロディが浮かんでくるんです。その中で“良いな”と思えばスマホの内蔵マイクで録音し、声の出せないところなら音階をメモしておきます。MacBookの前に居るときはMIDI打ち込みをしますね。それが歌メロだったらVocaloidの初音ミクをトラックにインサートして鳴らします。で、それに合うコードを打って、AメロやBメロなどの大まかな楽曲展開を決めて、それにハマるようにメロも入れていって……という感じになります。
ーAyaseさんの曲は構成が複雑ですよね。
Ayase 「夜に駆ける」はメロディの数がめちゃくちゃ多いですよね。別の曲に分けても良いのですが、制作中に思いついたメロディなので詰め込むことにしました。
ーJポップでは定形とも言える形と違い、1番のサビの後に2A(2番のAメロ)が来ないなと思いました。
Ayase 確かに僕が書く曲は2Aが無いものが多いかもしれないですね。曲に合う形でその都度構成を考えています。1A(1番のAメロ)で一度聴いたメロディなので、2Aでは別のメロディとして発展させたいという気持ちもあるんです。でも1Aが気に入っていれば、同じメロディの2Aを設けることもありますし、2番サビ後の間奏終わりに持ってきたりすることもありますね。
ー聴いていて展開が把握できないほど目まぐるしいですが、聴き終わった後にちゃんとフレーズが印象に残ります。
Ayase YOASOBIの前に7〜8年ラウド・ロックのバンドでボーカルとして活動していて、当時聴いていた海外のハードコアやメタルコアには1Aや2Aといった概念がほぼ無かったんですよ。ああいったメロディの無い音楽は、リズムと展開に面白さがあるじゃないですか。例えば8ビートの1Aと1Bの後に高速で2ビートのサビが来るような曲だと、2Aがハーフ・テンポになっていたりもします。ブレイク・ダウンが入ったりすることで、シーンが変わったような効果が得られますよね。そういう変化は聴いていて心地良いので好きです。
ーだからリズムの変化が多いのですね。
Ayase 「夜に駆ける」は、僕がバンド活動を少しお休みしてまだ日が浅い時期に作ったものなんです。だから最初のデモは、今のバージョンとは違ってすごくハードコアな感じでした(笑)。生ドラムの音色でツー・バスだったり、フィルも多かったり……かなりタイトなジェントみたいなことをリズムに踏襲しています。でも音色は後からダンス・ミュージックっぽくアレンジしていきました。音は差し替えたけれど、構成はそのまま変えていないので、音をポップスに寄せていっただけなんです。
ーベースがその名残で、動きのあるものに?
Ayase 当時はDAWでの音楽制作を始めて半年たったぐらいで“打ち込みマジ楽しい”と思い始めたタイミングだったんです。よくいろいろな曲で“こんなの弾けないじゃん”とか“再現できない”って突っ込まれがちなのですが、再現できないことができるから打ち込みって面白いんですよね。だからベースも生楽器の音色を使ったからといって、再現性のあるフレーズにする必要は無いって思いました。自分が聴いていて気持ち良いと思えるように、めちゃくちゃ動かしています。
「「夜に駆ける」はジェントみたいなことをリズムに踏襲して
音色をダンス・ミュージックっぽくしていきました」
10万円程度の最低限の機材でも
音楽制作をすることはできます
ーミックスはご自身で行うのでしょうか?
Ayase YOASOBIはミックス・エンジニアの福井昌彦さんにお願いしています。僕が渡したパラデータとikuraちゃんの歌の録音素材を送って作ってもらい、実際に立ち会って細かいところを調整していくんです。一番長かったときは「怪物」のミックス・チェックで、7~8時間かかりました。そこまでかかると、何が正解かが分からなくなりましたね。いかにikuraちゃんの声が一番前面に出てきて、聴く人にダイレクトに響くかを曲ごとに入念にチェックしています。
ーYouTubeにアップされているAyaseさんのソロ曲を聴くと、バランスはYOASOBIと近いと思えました。
Ayase 僕の好きな感じなのかもしれないです。現在は、僕のソロ作品も福井さんにミックスをお願いしています。一番最初に出した「先天性アサルトガール / 初音ミク」はDAW触りたての勢いで出した曲です。あのころは、ステレオやモノラルの意味も分かっていませんでした(笑)。
ーそれは才能があれば機材の使い方は後から付いてくる、ということの典型ですね。
Ayase 工夫が一番大事だと思っています。中田ヤスタカさんが以前サンレコのインタビューでおっしゃっていた“機材にお金をかけるべき”というのと一見逆のことを言うようですが、10万円程度の最低限の機材でも音楽制作はできます。だって、最初からお金はかけられないじゃないですか。僕も「たぶん」まで、中古で9万円で買った2009年モデルのMacBookで音楽制作をしていました。2小節再生しただけで、Logic Pro Xが落ちるんですよ(笑)。でもお金が無いから買い替えられないし、当時はヘッドフォンも持っていないからAPPLE純正イアフォンをMacBookに直挿しして作業していました。だから、良い機材が無いと作業ができないというわけではないです。
ー機材が無いことを音楽を作れない言い訳にしてはいけないと?
Ayase お金をかけて良い機材を買ったことに満足して、楽曲のグレードが上がったと思うことは勘違いだなと思います。良いメロディは何で打ち込んでも良いものになるし、その中で自分がどう聴かせたいかは、ちょっと調べてEQとかをいじれば実現したりする。徐々にグレード・アップすれば良いと思うんです。まずは、音楽を始めて最後まで作り上げることが大事だと思います。“来年やろう”って言っている人は、絶対やっていないですからね。そうやってある程度のことをできるようになったら、やっと中田ヤスタカさんの言う通りに良い機材を導入する意味が出てきますよね。
ーAyaseさんはその後、何かソフトを買い足したりもしましたか?
Ayase まだほとんどしていないです。一応、NATIVE INSTRUMENTS Komplete 13 Ultimate Collector’s Editionを持ってはいます。先輩から“音楽クリエイターの人権だから買っとけ!”と言われて(笑)。業界標準で、これ一つでいろいろな音が出せるから便利なのかなと思って買いました。ほかにピアノ音源のSYNTHOGY IvoryやXFER RECORDS Serumもあります。でも僕がこの3つの中で、現状使っているのはSerumだけですね。Komplete 13 Ultimate Collector’s Editionはいまだに使い方が分からないので放置してしまっています。
―「Epilogue」で聴ける効果音などはどういったサンプルを使用していますか?
Ayase WebサービスのSpliceなどで見つけたサンプルが多いです。「Epilogue」は原作でカー・ラジオが出てくるシーンがあるのでラジカセのような音を入れました。「Prologue」で聴ける街のガヤは“city”とかキーワードで検索した覚えがあります。
YOASOBIのピアノはほとんどすべてが
Logic Proの“Steinway Grand Piano”
ーピアノの音色を多くの楽曲で使用していますが、その理由は何ですか?
Ayase 僕は音階のある楽器はピアノしか扱うことができないので、ピアノ以外の伴奏を入れるという発想が無かったんです。ギターも入れてみたいけど僕は弾けないし、ギターの打ち込みは難しいじゃないですか。一応、12歳までは習っていたピアノで作るのが一番速いかなっていう。
ーピアノのコードとその上で鳴るフレーズが、楽曲の中で異なる役割を果たしていますよね。
Ayase 実際に演奏することは想定せずに作っているんです。楽曲の中でフレーズが欲しいという部分に、ピアノでフレーズを入れ込んでいます。
ーこのピアノがYOASOBIの音楽の骨格だと感じます。
Ayase そうなのかもしれないですね。バンド時代やボカロの楽曲を作っていたときから、“ピロピロ”としたフレーズを入れるのが好きでした。なのでYOASOBIの楽曲でも、主旋律の歌メロ以外にメロディがたくさん入っています。
ーピアノの音は何を使用しているのですか?
Ayase 全部、Logic Proの“Steinway Grand Piano”で、微妙にEQ具合が異なるぐらいです。知識もお金も無かったので同じ音色で作っていたら、何だか愛着が湧いてしまって……。ピアノ音源はIvoryも持っているのですが、生音っぽ過ぎるので、Logic Pro内蔵の音源ライブラリーで作ったほかのパートとうまくなじまないんですよ。テンションが上がらないので、使わなくなりました。
ーあと転調も効果的に用いていますよね? 「夜に駆ける」では下がって上がるトランスポーズに驚きました。
Ayase 最後に転調して上がりたいけれど、上げられるのは限界があるじゃないですか。だから直前に下げて、振り幅を大きくしました。これぐらい上げたら“ハッとする”ドラマチックな仕上がりになるんじゃないかと思って。あと下に移調すると、一瞬ヒヤッと温度が少し下がるんですよね。原作小説の星野舞夜『タナトスの誘惑』(monogatary.com)には、種明かしのようなシーンがあって、この転調する部分はそことリンクする場所なんです。小説を音楽にする表現にもつながりました。
ーピアノだけ弾く方ならば考えにくい発想ですよね。
Ayase 打ち込みだと部分的なキー・チェンジが行いやすいですよね。だからDAWを使って好きなだけ遊べる中で、こういった表現が出てきたんだと思います。
▷▷▷後半に続く
Release
『THE BOOK』
YOASOBI
(ソニー)
- Epilogue
- アンコール
- ハルジオン
- あの夢をなぞって
- たぶん
- 群青
- ハルカ
- 夜に駆ける
- Prologue
Musician:ikura(vo)、Ayase(prog)、Takeruru(g)、Rockwell(g)、AssH(g)ぷらそにか(cho)
Producer:Ayase
Engineer:齊藤隆之、福井昌彦、酒井秀和
Studio:クレジット無し
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