Kan Sano インタビュー 〜制作を一手に担ったアルバム『Susanna』の音作りに迫る

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完成まで粘って時間をかけたし後悔しているところは何も無い
細かいミックスや仕上げまでじっくり制作させてもらいました

キーボーディスト/トラック・メイカー/プロデューサーのKan Sanoが、ニュー・アルバム『Susanna』を11月にリリースした。そのCD/LPジャケットを裏返すと、そこには“produced, arrenged, composed & performed by Kan Sano”の文字。既にお気付きの方も居るだろうが、これはプリンスへのオマージュであると同時に、彼が本作のプロダクションを一手に担ったという証でもある。自宅の一室に設けたStudio end of tokyoでDAWを操り、鍵盤を奏で、ボーカルを乗せ、さらにはトランペットやハイハットのレコーディングまで敢行。ここでは、“いつもと違うこと”に挑戦したという本作の音作りに迫るとともに、記事の後半部では、アルバム制作で実践した“宅録テクニック”を再現してもらった。

Interview:Tsuji. Taichi Text:Kanako Iida Photo:Hiroki Obara

 

トラップや4つ打ちのビートにも挑戦
生でハイハットを録ったのでグルーブ感が出せた

『Susanna』は、コード・ワークとベース・ラインがソウル・マナーを維持しつつ、ドラムの質感がすごく気持ち良い作品ですね。制作はどのように進めましたか?

Sano 自宅のリビングでの鍵盤演奏や、車での移動中に思い付いたメロディの鼻歌をAPPLE iPhoneのボイスメモに録音します。それを元に、一部の生楽器も録りつつSTEINBERG Cubase 4で打ち込みのトラックを作る感じですね。それは前作『Ghost Notes』までと変わっていません。ただ、前作の制作中から、次はいつもと違うことをやろうと決めていたんです。なので、前作は全曲で弾いていたRHODESを今回1曲も使わず、生ピアノからもいったん離れて、トラップや4つ打ちのようなビートにも挑戦しました。生で録ったハイハットを結構入れたので、グルーブ感も出せたと思いますね。

 

自宅環境でハイハットを鳴らして録ったとは驚きです。

Sano SHURE SM57を机に固定して、そこにハイハットを持ってきて録りました。1〜2小節単位で録音してループ素材として使っています。僕はドラムの質感が曲全体のトーンや温度感を決定付けると思っているのですが、特にハイハットが生になるだけで質感やグルーブ感が変わるんです。ライブやレコーディング・スタジオでハイハットにSM57を立てることって多いと思うんですけど、実際に使ってみて、打ち込みのトラックに混ざりやすい気がしましたね。あと、同じようにトランペットもSM57に向かって吹いて録りました。

 

トランペットまで自宅録音はなかなか無いですよね。ハイハットは、SM57で録った後、「DT pt.3」のような臨場感のある響きにするために何か処理をしているのですか?

Sano まずはノー・エフェクトで録って、録音後にCubaseのCompressorをかけただけで割と使える音が作れていますね。SM57で録ることで、マイクに起因するひずみも少し加わっているかもしれません。コンデンサー・マイクならもっと奇麗に録れると思いますけど、あの少しザラついた感じが好きなんです。それ以外に自宅録音したのは、アコースティック・ギター。これは、AUDIO-TECHNICA AT2035で録ったんですが、「On My Way Home」のピアノの後ろで隠し味的にうっすら鳴らしています。

 

自宅環境での録音で気を配っていることはありますか?

Sano 音割れしていないかやノイズが無いかは絶対確認しないといけないですね。ボーカル録りもするんですが、僕はプロのシンガーではないので、楽器と同じような感じで一曲を通してではなく部分的に録っていくんです。そのときにはメインのボーカル・マイクとしてAT2035を使いますね。

 

ご自身でCubaseのオペレートを行いながら、ボーカル・トラックのパーツを録りためていくわけですね。

Sano はい。音程やピッチの正確さ、ノイズやクリップの有無なども確認しながらやっているので、結構時間はかかりますね。例えばピッチは、録音後にあまり修正しなくて済むように、精度が高まるまでテイクを重ねます。今回は、今までにやってこなかったトラップっぽいビートやアレンジを取り入れたので、なかなか自分の声にハマらない曲があって、録るときにすごく苦労しました。それこそ、何回も録り直すことが練習になっているような感じで。一度録ってみると客観的に聴くことができ、修正すべき点が見えてくるので、プロのシンガーの方々が仮歌を録ることの理由があらためて実感できました。

 

ボーカルと言えば、「Question」「DT pt.3」などにはボイス・シンセのような声色が入っていますが、どのように作っているのでしょう?

Sano ボイス・エフェクターのBOSS VE-20でDynamicsとPitch Collectなどのエフェクトをかけ録りします。VE-20には、メイン・ボーカルのAT2035とは別にハンド・マイクのNEUMANN KSM104を常につないであって。録音したいときにすぐ録れるようにしておきたいんです。

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メイン・システムは、APPLE MacBook ProにインストールされたSTEINBERG Cubase 4。モニター・スピーカーのGENELEC 8020Cは、低域の聴きやすさが気に入っているという。写真右のKORG KronosはMIDIキーボードや音源として使用。机上には、AUDIO-TECHNICA AT2035がスタンバイ。ボーカル・エフェクトBOSS VE-20には、NEUMANN KMS104を常時接続し、すぐレコーディングできるようにしている。マイクはMACKIE. 1402-VLZ Proでゲインを増幅し、M-AUDIO First Track Proへ接続

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プライベート・スペース内には所狭しと鍵盤楽器が並ぶ。手前に見えるのは、上段からKORGのシンセMS2000、ステージ・ピアノYAMAHA SK20、ビンテージのエレピRHODES MKⅠ Stage Piano。右奥の棚にはレコードを収納。現在はリビングにもレコード・プレーヤーを置き、レコードを聴く機会が多いそうだ

ドラムをバスにまとめてコンプをかけることで
キックとスネアとハイハットがより結束する

キックはオーガニックな質感に聴こえますが、どのような音源を使っているのですか?

Sano KORG Kronosに入っているROLAND TR-808系のキックを結構使いましたね。生っぽいキックの音色に低域の強さを加えるためにレイヤーするなどしました。

 

キックに低域を足すときに、まとまり感を出すのは難しそうに思いますが、どのようにして調整していますか?

Sano まとまりが出るかどうかは最初の音色で決まってしまうと思うので、ミックスや最終的なバランスまでイメージした音色選びを大事にしていますね。僕は1〜2小節ごとに一つ一つの音を作り込みながら進めていくので、初期段階で音色を確定しないとフル尺を作れないんです。あと、今回はドラムをバスにまとめてコンプをかけたので、それでもまた鳴り方の印象が変わってきましたね。ほかの楽器の入ったトラックと合わせつつ、ドラム全体で聴いて調整していきました。

 

ドラムの各チャンネルをバスにまとめて、コンプをかけるという処理は今回初めてですか?

Sano EQやリバーブはかけていましたが、今回のようにがっつりコンプをかけるというのはあまりやっていなかったですね。キックがハイハットなどと混ざることで、グッと前に出る感じの鳴りになるのでいいなと思って。キックとスネアとハイハットがより結束する感じになるんです。

 

どんなコンプを使ったのでしょうか?

Sano AUDIODAMAGE RoughRiderをほぼ全曲のドラムにかけていますね。これをかけるとドラムの鳴りが良くなって、少しひずみも入ります。ただ、今回4つ打ちの曲が多いんですけど、4つ打ちだとキックとスネアの鳴るタイミングがカブるじゃないですか。そうするとスネアが抜けなくなるので、そのときはスネアだけグループから外したりもしましたね。

 

基本は全部一回ドラム・バスにまとめてから抜けの良くないパートを外していく?

Sano そうですね。クラップだけ別にすることもありましたけど、パーカッション系も一緒に入れることが多かったです。

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『Susanna』の制作では、以前から愛用しているコンプレッサーAUDIO DAMAGE RoughRiderをほぼ全曲のドラムに適用。ドラムをバスにまとめてまとめてコンプをかけることで、キックとスネア、ハイハットの結束が高まるという

1人で弾き語りの配信ライブをすることが増え
いろいろな歌い方を試すことで鍛えられた

ミックスの話題から時系列が逆行しますが、アレンジの際に周波数バランスを注意することなどは?

Sano お察しの通り、アレンジの段階でミキシングのことを考えて、音の鳴りやバランスをある程度納得行く状態にしておきましたね。例えば、ここの帯域が足りないなと思ったら足したり、多いと思ったら減らしたりします。あと、単発で聴くとすごく良いキックでも、全体に混ぜたときに抜けないこともあるので、そういうときは、最初の段階で音作りを詰めますね。別のチャンネルで同じ音色の高域だけのトラックを作って足したり、低音を出すためにベースを2〜3種類重ねたり。音を足していくと、周りとの関係性で聴こえ方が変わるんですよね。今回はドラムのパーツやベース以外に、ボーカルに対してたまに入ってくるカウンター的なシンセのメロディもクリアに聴かせたかったので、ちょっと違う音色のシンセを足したり、ユニゾンやダブリングもしました。

 

ファルセット系の声もトラックに埋もれることなく存在感を放っていますが、どのように音作りしているのですか?

Sano 自分のボーカルは線が細いのでなかなか抜けなくて、いろいろな歌い方を試しました。か細い質感にしたいときでも、本当にか細く歌ったら抜けないのでちょっと強く、でもウィスパーに聴こえる範囲で歌うとか。そのダイナミクスの微妙な加減に合わせて、歌を重ねる本数も変えていきます。細ければ細いほど本数を多く重ねて太くしますし、逆にちょっと地声気味に歌っている曲は1本でいける場合もあるし。

 

録りの段階でトラックを聴きながら声色は自分の喉で調整していくんですね。

Sano はい。今回「Ash Brown」では、ボーカル1本のセクションを結構作ったのですが、これは初めての試みなんです。今まではボーカルは4本以上重ねていて、多いと10本のときもありました。でも、今年Shin Sakiuraさんと「ほんとは feat. Kan Sano」を作ったときに、1本でやったら意外と良かったんです。歌詞や曲とのバランスにもよりますけど、「Ash Brown」は1本で歌いたいと思って挑戦しました。

 

ボーカルを重ねない場合、録り方も変わるのですか?

Sano 録り方より歌い方が変わりますね。1本でも成立するように少し地声気味に歌います。以前から、ライブではボーカルを重ねられないので、ライブでの歌い方を見付けるというのは課題としてあったのですが、今年、新型コロナ・ウィルスの影響で1人で弾き語りの配信ライブをすることがすごく増えたんです。そこでいろいろな歌い方を試して鍛えられましたね。それがレコーディングにも生かされていると思います。

 

ミックスの段階で歌の抜けを良くするための処理をするだけではなく、レコーディングの段階からトラックに合わせて歌い方を細かく詰めていくことが、結果的にミックスのしやすさにもつながるのですね。

Sano トラックの鳴りに対してどういう声の音量でいくかというのを考えながらやっているから、歌を中心に考えるシンガーの方とはまた発想が違うかもしれないですね。

 

ミックスは全曲Sanoさんが手掛けたということですが、マスタリングはどなたが手掛けたのでしょうか?

Sano 前作からorigami PRODUCTIONSのエンジニアの藤城(真人)で、CDやストリーミングなどメディア別にマスリングしてくれています。ただ、スマホの内蔵スピーカーでクリアに聴こえるかというのはミックスのときから気を付けていますね。作ったものをiPhoneに入れて聴いてみて、ベースが低過ぎてバランスが崩れたりしていたら修正します。

 

仕上がりについては、いかがですか?

Sano 作るたびに今作がベストだと思うんですけど、1年くらいたつとあそこ直したいなとか思うんでしょうね(笑)。でも、完成まで粘って時間をかけたし、今後悔しているところは何も無いですね。細かいミックスや仕上げまでじっくり制作させてもらいました。今後は、バンドでしかできない表現や、誰かにプロデュースしてもらうというのも挑戦してみたいですね。

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『Susanna』から制作に使用しているモニター・ヘッドフォンのSENNHEISER HD599(写真右)は、装着感が気に入っているという。「サンレコのヘッドフォン特集で、エンジニアの奥田泰次さんが紹介していて良さそうだったので買いました」と教えてくれた。FOSTEX T60RP(同左)は、低音がしっかり聴き取れる、ややリスニング寄りのサウンドだと語った

Kan Sano『Susanna』に見る楽器別宅録テクニック

 ここでは、Kan Sanoが『Susanna』の宅録手法を誌上再現! ハイハット、トランペット、ボーカル、アコースティック・ギターの録り方を、本人による解説でお届けしよう。

HIHAT

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使用マイク:SHURE SM57
マイクまでの距離:約2〜3cm
使用楽曲:「DT Pt.3」、他

 ハイハットは、スティックと素手を組み合わせてたたきます。手でミュートして音を変えたり、指でハイハットをたたいてゴースト・ノートを作り出し、細かいニュアンスを入れる手法はよくやりますね。素手の方がダイナミクスや細かいニュアンスを付けやすいですし、スティックとの音量差も出せます。マイキングは、たたいたときの風がマイクに当たらないように、2枚の間より少し上を狙います。録音レベルはピークで−6dBくらい。ハイハットはダイナミクスがさほど大きくないので録りやすいと思います。

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デスク下にSM57をガムテープで固定。スタンドを立てるのは場所を取るため、この方法を採用しているという

TRUMPET

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使用マイク:SHURE SM57
マイクと楽器の距離:約5cm
使用楽曲:「Good Luck」「DT pt.3」「You and I」「Since I Lost You」

 トランペットは、先端から風が出るわけでないので直接マイクに向けています。パキッとしたブラス・セクションの音が欲しいことが多いので、トラックを聴きながら、オンマイクで録りますね。「Good Luck」のイントロなど、通しで吹けないようなフレーズは、1音ずつ録って、あとからDAW内でそれぞれの波形をつなぐこともあります。それでも、実際に吹いて録音した音なので息遣いが残るんですよね。防音も考えたのですが、今のところは素で録っています。

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STEINBERG Cubase 4でオペレートしながらレコーディングするため、マイキングの角度がセンターではなく横からになってしまうことが多いが、マイクまでの距離がかなり近いため、問題無く録れているそうだ

VOCAL with FX

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使用マイク:NEUMANN KSM104
マイクまでの距離:約5cm
使用楽曲:「DT pt.3」「Question」、他

 ワンフレーズだけの声ネタみたいなものやボイス・シンセのようなサウンドが欲しいときには、ボイス・エフェクターBOSS VE-20をボーカルにかけ録りしています。録りたいときにケーブルを差し替えたりせずとにかく早く録れるように、VE-20にはハンド・マイクのNEUMANN KSM104を常につないであります。マイクは吹かれを気にして5cmくらい離していますね。VE-20でよく使うエフェクトはDynamicsとPitch Collect。ディレイやリバーブは使わず、後からDAWで処理します。

 

MAIN VOCAL

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使用マイク:AUDIO-TECHNICA AT2035
マイクまでの距離:約5cm
使用楽曲:「Flavor」「Good Luck」「Ash Brown」、他

 メイン・ボーカルのマイクはAUDIO-TECHNICA AT2035です。ボーカル録りはパートごとに編集しながら進めるので時間がかかるんですけど、日をまたいで録ると声質も変わってしまうので、1日で録るようにしています。声量が小さい分、ノイズはシビアに処理しないとあとから困るので、入ったらすぐ録り直しますね。歌ってみて、特定のフレーズが毎回ノイジーに聴こえるときには歌い方を変えるなど、録りの段階で解決するようにしています。

 

ACOUSTIC GUITAR

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使用マイク:AUDIO-TECHNICA AT2035
マイクまでの距離:約7〜8cm
使用楽曲:「On My Way Home」

 アコギは、「On My Way Home」で、ピアノの後ろで隠し味的にうっすら鳴らしています。机上のAT2035で、サウンド・ホールよりちょっと指板寄りのところを狙って録りました。ルイス・コール「Phone」のように、シンセがメインの曲でその裏でギターのような音がうっすら入っているというのをやってみたかったんです。

 

Release

Susanna

Susanna

  • Kan Sano
  • R&B/ソウル
  • ¥1833

『Susanna』
Kan Sano
origami PRODUCTIONS:OPCA-1047

  1. Flavor
  2. Good Luck
  3. Momentum feat. Charlie Lim
  4. DT pt.3
  5. On My Way Home
  6. Ash Brown
  7. brandnewday feat. Rob Araujo
  8. Question
  9. She's Gone
  10. You and I
  11. Since I Lost You

Musician:Kan Sano(vo、k、prog)、Charlie Lim(vo)、Rob Araujo(p)
Producer:Kan Sano
Engineer:Kan Sano
Studio:Studio end of tokyo

 

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