MPCプレイヤー/ビート・メイカーとして、自身のアーティスト活動のほか星野源やYUKI、堀込泰行、DAOKOらとのコラボレーションなども行い、ヒップホップとポップスを越境して活動するSTUTS(スタッツ)。『Eutopia』以来2年ぶりとなるオリジナル・アルバム『Contrast』は、近年のライブ・パフォーマンスをプロダクションに昇華したような仕上がりで、自身の楽器演奏やゲスト・ミュージシャンとのアンサンブルといった“弾き”をふんだんに取り入れている。ベース・ミュージックの要素を織り交ぜつつも全体としてはオーガニックであり、ローファイ・ヒップホップなどとは趣を異にするチルな音像を提示。しかも自らラップ/ボーカルを務めた「Vapor」「Seasons Pass」の2曲も収めるという意欲作だ。約2年ぶりにSTUTSのホーム・スタジオAtikを訪れ、アルバムの制作について聞く。
Text:Tsuji. Taichi Photo:Hiroki Obara(except *)
声や楽器の多くを自宅で録音
NEUMANN TLM103などを活用
ーご自身でマイクを取った動機とは、どのようなものだったのでしょう?
STUTS もともとはラップをやりたいというところから音楽を始めているので、欲求としては以前からあったんです。これまでラッパーやシンガーの方々とボーカル曲を作ってきたのも、もちろん自分としてやりたいことではあったんですけど、フィーチャリングは自らの表現だけでなくコラボレーションの意味合いも強いように感じていて。それで、表現としてのボーカル曲を自分だけで制作できたらいいなと思い、折に触れてトライしていました。ただ自分の声にちょっと抵抗感があって、納得のいくものができなかったので発表してこなかったという……。そんな中、あるライブで少し歌う機会を得たときに、スタッフの方から“声、いい感じだね”と言ってもらえて、自分の声で何かやってもいいのかな?と思えて。
ー自ら歌う楽曲とフィーチャリングのボーカル曲では、制作上に何か違いはあるのでしょうか?
STUTS トラックを作ってから声を乗せる、というワークフローは同じですが、フィーチャリングの場合は初めにトラックだけで曲のイメージを作るんです。一方、自ら歌う曲はボーカル込みのイメージでトラックを作るため、どちらかと言えば仕上がりがシンプルになるような気がしています。また、メロディやリリックをゼロから自分で作るというのも大きな違いです。フィーチャリングのときは、基本的にシンガーの方が歌を考えてくださるので。とは言え過去の共同制作で学んだものは大きく、彼らのやり方を間近で見ることができたし、その方法論を自分なりに吸収して試したりもしました。
ーどのようなことを学んだのですか?
STUTS 例えば声の出し方。前は結構張って録っていたんですけど、皆さんのやり方を見ていると張らない場合も多いんだなと感じて。たくさん練習を重ねたというわけでもないんですが、録音したものを聴いてみて、ちゃんと成立しているかとか、そういうのを判断基準に試行錯誤しました。
ー録音はここで?
STUTS はい。自分の声に関しては全部ここです。マイクはNEUMANN TLM103で、プリアンプはSSL XLogic Alpha Channelのものを使いました。楽器についても大半はこの部屋で録っていて。武嶋聡さんのサックスやフルートなども、TLM103とXLogic Alpha Channelで録音しています。
ートラックは前作以上に“弾き”……つまり楽器演奏の要素が増えているように感じます。ループを膨らませたというよりも、上モノをある程度の尺で演奏し、それにビートを付けたように聴こえました。
STUTS 「Conflicted」は、まさにそういう感じで作りました。まずはここでピアニストの高橋佑成さんと15分くらいセッションして、良いフレーズが出てきたので、それを軸にまた3~4分セッションし、良い部分を抜き出して曲の原型を作ったんです。僕がプレイしたのはAKAI PROFESSIONAL MPC Liveで、高橋さんにはKORG Kromeを弾いてもらいました。双方のMIDIをAVID Pro Toolsに残しておいたので、後でエディットして展開を組んでいった感じです。
ーあのつややかなピアノはKromeの音色なのですか?
STUTS SPECTRASONICS Keyscapeの音色です。KromeはMIDIキーボードとして使っていたので。原型を作った後は仰木亮彦さんにギターを弾いてもらい、録り音の一部をサンプリングして曲に加えました。
MPCでの楽曲制作は
ループの強化に優れることを再認識した
ーピアノしかりギターしかり、選び抜いたフレーズは何を基準に配置していったのでしょうか?
STUTS 最初に“曲全体を通して、何となくこういう緩急があればいいな”というイメージが湧いて。その緩急を基準にして、どこに何を配置するのか決めていきました。
ー今回は弾きの素材をスターティング・ポイントにしてトラックを作ることが多かったのですか?
STUTS そうですね。すべてのパートを自分で弾いて作った曲もあるくらいです。例えば、鍵盤を適当に弾くところから始めたり、パッドをたたいて良い感じのビートができたらループ再生して、ほかのパートを弾いて重ねたり。Pro Tools上でのMIDIエディットは結構やりましたが、打ち込みで作るというよりは楽器を演奏する機会が多かった。
ー例えば、MPCだけで完結させようとすると曲の骨組みが1~2小節などの単位になりがちだと思うのですが、弾きから作り始めることで、その尺の感覚から解放される部分もありそうですね。
STUTS そうですね、確かにありました。MPCでの制作だと、どうしてもループからスタートすることになるし、生楽器から作るのなら別の方法も試してみたいなと。それでほかの手段を模索し、最初からPro Toolsで作ったり、APPLE Logicを使うなどしました。反面、MPCでしか出せないグルーブというのも再認識し、ループの強度を高めるには、やっぱりMPCはとても良い機材だなと。「Vapor」や「Seasons Pass」のドラムはMPC感の強い仕上がりになりましたね。
きちんとミキシングされた音源は
低域による共振が起こらない
ーインストゥルメンタルの曲に関しては、すべてSTUTSさんがミキシングを手掛けたと伺いました。
STUTS はい。モニタリングには主にGENELEC 8030CとFOCAL Listen Proを使いました。Listen Proは昨年の10月ごろに購入したんです。ヘッドフォンですがSONY MDR-CD900STなどに比べると空間が把握しやすく、リバーブやディレイの調整といった細かいコントロールに便利です。低域もちゃんと見えると思いますね。
ースピーカーとヘッドフォンの使い分け方は?
STUTS 曲を作っているときはスピーカーを使い、グルーブを体感することが多いんです。キックとベースでいかに体を揺らせるか、とかは大抵スピーカーでチェックしています。で、作ったものをいろんな環境で鳴らしてみる。2ミックスをDropboxに入れてAPPLE iPhone+AirPodsで移動中に聴いてみたり、Macの内蔵スピーカーやカー・オーディオ、いわゆるラジカセのSONY ZS-M5なども使います。効率が悪いなと思いながら(笑)。その後、それぞれの環境で違和感なく聴こえるよう再調整するんです。低域の感じは、カー・オーディオが分かりやすいように思います。ちゃんとミキシングされた音源は、カー・オーディオで鳴らしたときに車のパーツがビリビリと共振しない気がするんです。
ー低域の処理はローカット・フィルターで?
STUTS ローカットではなくローシェルフEQでカットしています。ただ、ハイハットや上モノはともかく、キックなどはバッサリとは切らないかもしれません。20~30Hzを少し抑えることはありますが、音色や曲によりけりですね。
ー周波数アナライザーは活用しますか?
STUTS 結構見ます。ちゃんと使えているかどうかは分かりませんが……。でも今回は、曲ごとの音像に合ったリファレンス音源を用意し、それを聴きつつ作業することの方が多かったです。例えば「Conflicted」では、スラム・ヴィレッジ「フォール・イン・ラヴ」やケンドリック・ラマーの「キング・クンタ」、ドレイク「パッションフルーツ」、Nujabesさんの「Luv(sic)pt2」などを参考にしました。低域の量感だったり、キックとベースのバランスとか全体のステレオ・イメージを比較したんです。
ーリファレンス音源はマスタリング済みのものでしょうから、聴感上のレベルをミキシング中の曲と合わせてから比較するのですよね?
STUTS はい。聴感上の音圧をそろえて、切り替えながら確認しました。ADPTR AUDIO Metric ABというプラグインを使えば、その切り替えがスムーズなんです。リファレンスを鳴らす前にマスター・エフェクトをオフにするような一手間も無く、アナライザーも付いているので便利ですね。
音作りにはアウトボードのほか
サミング・ミキサーも取り入れた
ー演奏の比率が高い分、エレクトロニクスやサンプル・オンリーの楽曲に比べてミックスが大変だったかと思うのですが、やはりキーになったのはダイナミクスのコントロールでしょうか?
STUTS ダイナミクスもそうなんですが、エレクトロニックなビートに楽器演奏が入ると、そのままではうまくなじまないことがあって。演奏のサウンド・キャラクターをいかにトラックへなじませるかが、最も試行錯誤したところです。特に「Conflicted」のサックスなどは最高のテイクだったんですけど、API 550Aで高域を結構カットしてなじみを良くしたり。Pro Toolsに録った音をアウトボードへ出すのは頻繁にやっていて、特にキックやスネアは基本的に一度外へ出しています。例えばキックは550AでEQした後、EMPIRICAL LABS Distressor EL8を使いコンプレッションすることがありました。
ーそのDistressor EL8の下には、RUPERT NEVE DESIGNSのバス・プロセッサーPortico IIを設置していますね。
STUTS これはマスターの割と早い段階に使います。通した後にプラグイン・リミッターなどへ送るんです。マスター以外だと、プラグインで作ったステレオ素材を通したりもします。ハードウェアを使うことが音響的に正しいのかどうかは分かりませんが、いったん“外の空気”に触れさせた方が立体的になるかなと。プラグインだけでは、どこかのっぺりと聴こえてしまう気がして……心理的なものもかなり影響していると思うんですけどね(笑)。
ーRUPERT NEVE DESIGNSのサミング・ミキサー、5059 Satelliteは新しく導入したものですか?
STUTS はい。「Conflicted」と「See the Light」に使いました。Pro Tools内でステレオ8系統のグループを作り、レベルを決めてから通しているだけです。サミング・ミキサーを通すと、内部ミックスから随分と印象が変わりました。サウンドの立体感やつややかさ、分離感は向上するものの、ルーティングに手間もかかるので、曲によりけりというか使いどころを選ぶと思います。
ー「Mirros(feat. SUMIN, Daichi Yamamoto & 鎮座DOPENESS)」はエンジニアのD.O.I.さんが、「Vapor」と「Seasons Pass」はThe Anticipation Illicit Tsuboiさんがミキシングを手掛けていますね。
STUTS 途中までは自分でやっていたんですけど、特に自ら歌ったものに関してはどうしても客観的になれなくて。それに、尊敬するエンジニアの方にミックスしてもらって、自分の声がどう変わるのかを見てみたかったというのもあります。
ー全体的にチルな雰囲気ながら、ローファイではなくつやのある音像が印象的です。仕上がりについては、どのような感想をお持ちですか?
STUTS これまでで一番、客観的に聴けないというか、パーソナルなものになったなと。演奏も結構自分でやっていたりするし、音の処理についてもかなり時間をかけたので……まあ、時間をかけたからと言って必ずしも良いものになるとは限らないとも思うのですが、何度も通して聴ける仕上がりにはなっていると思います。ちゃんと一曲一曲のキャラクターが立つように作れたかなと感じていますね。
Release
『Contrast』
STUTS
Atik Sounds/SPACE SHOWER MUSIC:PECF-5004
- Conflicted
- Mirrors(feat. SUMIN, Daichi Yamamoto & 鎮座DOPENESS)
- See the Light
- Contrast, Pt. 1
- Contrast, Pt. 2
- Vapor
- Landscapes
- Seasons Pass
Musician:STUTS(prog、vo、rap、b、g、syn、k、perc、field recording)、高橋佑成(p、syn)、仰木亮彦(g)、岩見継吾(contrabass)、吉良創太(ds)、武嶋聡(sax、fl)、SUMIN(vo)、Daichi Yamamoto(vo)、鎮座DOPENESS(vo)
Producer:STUTS
Engineer:STUTS、D.O.I.、The Anticipation Illicit Tsuboi、57move、SUMIN、田中章義
Studio:プライベート、Odori、DAIMONION RECORDINGS、RDS Toritsudai、WWW X
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