フレッド・アーミセンの盟友デイモン・ロックス、シカゴ黒人社会に根ざしたアートと音楽活動 〜THE CHOICE IS YOURS - VOL.137

フレッド・アーミセンの盟友デイモン・ロックス、シカゴ黒人社会に根ざしたアートと音楽活動 〜THE CHOICE IS YOURS - VOL.137

 フレッド・アーミセンというアメリカのコメディアン/俳優が居る。NBCの人気テレビ番組『サタデー・ナイト・ライブ』で一躍有名となり、11シーズンの長きにわたってレギュラー出演した。日本で生活している僕には、アメリカのお茶の間レベルでの人気のほどは分からないのだが、アーミセンはハリウッド映画やテレビ・ドラマにも多数出演しており、最近ではNetflixでもその名前を見つけることができる。不勉強ながら、僕はコメディアン/俳優としての彼を知らなかった。ところが、ひょんなことで、昔ミュージシャンとして活動していた彼を知っていることに気付かされた。きっかけは、ミュージシャン、ビジュアル・アーティストで、アクティビストでもあるデイモン・ロックスだった。

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Netflixで公開中の『フレッド・アーミセンのスタンドアップ・フォー・ドラマー』。有名ドラマーのものまねなどで観客を沸かす

 ポストパンクやポストロックの時代からシカゴで活動を続けてきたロックスが、1980年代後半にドラマーのアーミセンと結成したのが、トレンチマウスだった。デヴィッド・グラブスやトータス結成前のジョン・マッケンタイアらのバンド、バストロがそうであったように、トレンチマウスもワシントンD.C.のポストハードコアのシーンから影響を受けて登場した。そして、マッケンタイアらと同じく、シカゴに活動拠点を移した。トレンチマウスは、シカゴのポストロック草創期から約8年間活動をして解散となり、その後、アーミセンはコメディアンに転身した。彼が成功を収めた2000年代、ロックスはトレンチマウスのウェイン・モンタナと結成したエターナルズで音楽活動を続けながら、パブリシティ会社に勤務して生計を立てていた。

 

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『More Motion: A Collection』Trenchmouth(Thick Records)
ロックスやアーミセンが在籍したポストハードコア・バンドのコンピ。複雑な進行やリフを特徴とする

 

 2007年にロックスはその会社を辞めて、アーティストとしての活動に専念する決心をした。そのころ、シカゴの音楽シーンで、かつてロックスとともに活動していたトータスやシカゴ・アンダーグランド・デュオのメンバーの多くが、シカゴを離れていった。ポストロックの時代が終わりを迎えたのかもしれない。一方で、ポストロックにも影響を与えた、シカゴのジャズ・シーンを象徴するAACM(Association for the Advancement of Creative Musicians)から始まったフリー・ジャズの流れは、若い世代に引き継がれようとしていた。後にシカゴの新たな音楽シーンのプラットフォームとなるレーベルInternational Anthemを設立した若者たちが、新しいジャズと若いミュージシャンたちに出会ったのもこのころだ。彼らは、AACMのフリー・ジャズもポストロックも等しく聴き、影響を受けていた。そして、ロックスも若い世代との交流を深めて、次第にシカゴのシーンの精神的な支柱のような存在となっていった。

 

 そんなロックスの元に、刑務所で囚人にアートを教えるプロジェクトの依頼が飛び込んできた。彼はもともとマンハッタンの美術学校でアートを学び、そこでアーミセンと出会い、デザインの仕事にも携わってきた。彼はお洒落なスニーカーのデザインをするよりも、このプロジェクトにアーティストとして関心を抱いた。しかし、その刑務所はシカゴ近郊にあるステートビル刑務所という、男性の凶悪犯罪者のみを収監した全米で最もセキュリティの厳しい刑務所の一つだった。

 

 「正直、刑務所に入るときはすごく怖かったし、緊張した。見た感じは90%が黒人に見えた。囚人からは“ブラザー、元気かい? 授業で教えるのかい?”とフレンドリーに話しかけられて、怖がる必要は無いということ、この刑務所には単にたくさんの黒人男性が居るということに気付かされたんだ。囚人たちとアートを作るプロセスは、僕の人生を変える体験だったし、重要だった」※1

※1 デイモン・ロックスの発言は国内盤『NOW』ライナーノーツのインタビューより

 

 このプロジェクトはPNAP(Prison + Neighbord Arts Project)といい、アートのほかに、詩や人文学なども教える“壁の無い大学”(University Without Walls)という、マサチューセッツ大学が中心に始めたプログラムの一環だった。ロックスは現在も刑務所でアートを教え、チャンス・ザ・ラッパーを招いたパフォーマンスなども企画して、このプロジェクトを推進する非営利団体の理事にもなっている。彼がアクティビストを名乗っているのは、こうした背景があるのだ。彼が現在率いているブラック・モニュメント・アンサンブル(BME)も、このプロジェクトの経験から生まれたユニークなグループだ。メンバーは、9歳から52歳(ロックス本人)まで幅広く、楽器奏者だけではなく、シンガーやダンサーを加え、現実のコミュニティにも根差したムーブメントをけん引しようとしている。International Anthemからリリースされた2枚のアルバムを聴けば明らかだが、新旧のあらゆるブラック・ミュージックを参照し、強いメッセージを発している。

 

 「僕はパンク・シーンにかかわっていたけど、パブリック・エネミーが「By The Time I Get To Arizona」をリリースしたとき(編注:1991年のアルバム『Apocalypse 91... The Enemy Strikes Black』から翌年シングル・カット)、彼らはアメリカ国民と対話をしているようだった。AACMやサン・ラー、AfriCOBRAなどの黒人のアート運動を見て、さまざまなコンテキストの中で影響力を持った音楽やアートを知ることができた。ただ、バンドと音楽を演奏するのではなく、もっと広い意味で音楽を見ることができるようになったんだ。BMEをやりながら、PNAP、シカゴ現代美術館、シカゴのジャズ・シーンや教会とも関係を持つことができたのもとてもうれしいね。パンデミック中に、教会のためにゴスペルのDJセットを披露することもできたんだよ」※1

※1 デイモン・ロックスの発言は国内盤『NOW』ライナーノーツのインタビューより

 

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『Where Future Unfolds』Damon Locks - Black Monument Ensemble(International Anthem)
2019年発表の1st。公民権運動のスピーチをサンプリングしてアンサンブルに織り交ぜている

 

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『Now』Damon Locks - Black Monument Ensemble(rings / International Anthem)
2020年の2nd。コロナ禍やBMLを通して結集の意義を問い直す。スタジオの庭での収録を敢行

 

 パンクやポストロックのシーンの当事者であり、ジャズやアートの世界、社会的な活動にも深くコミットして、あらためてアフリカ系アメリカ人としての出自に向き合ったのが、BMEの表現なのだ。ブラック・ライブズ・マターも大きなきっかけとなってBMEの最新作『Now』は作られたが、その表現の背景にはBLMの問題だけではなく、ロックスのこれまでの歩み同様に複雑なレイヤーが存在している。こうした彼の活動は、アメリカでも多方面から注目され、ニューヨーク・タイムズ紙でも取り上げられた。その記事では、アーミセンがロックスとの思い出を語っている。トレンチマウスのフライヤーを手掛けたロックスが複雑なスケッチと印刷物のコラージュをコピーしているのを見た場所はキンコーズだったと、コメディアンらしく紹介した。

 

 「“ああ、コイツは天才だな”と初めてその場所で思ったんだ。何がどのように見えるか、どのように聴こえるかを1mm単位で気にかけている最高な奴だよ」※2

※2

 デイモン・ロックスの音楽と活動からは、表面的には分からない物ごとのつながりや社会階層をすり抜ける動きも見えてくるのが面白い。International Anthemはリリースに伴って、音楽そのものだけではなく、この特別な表現者が持つストーリーを丁寧に紹介しようとしていた。ジェフ・パーカーやロブ・マズレクらかつてのシカゴのキーパーソンたちの新作をリリースする一方で、マカヤ・マクレイヴンやジェイミー・ブランチら新しいシカゴのシーンを活性化してきた存在をサポートするInternational Anthemには、作品をアウトプットするだけではないレーベルの在り方、可能性を見て取ることもできる。

 

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『Dimensional Stardust』Rob Mazurek – Exploding Star Orchestra(rings / International Anthem)
コルネット奏者のマズレクによる2020年作品。ロックスやジェフ・パーカーらも参加

 

原 雅明

【Profile】音楽に関する執筆活動の傍ら、ringsレーベルのプロデューサー、LAのネットラジオの日本ブランチdublab.jpのディレクター、ホテルのDJや選曲も務める。早稲田大学非常勤講師。近著『Jazz Thing ジャズという何かージャズが追い求めたサウンドをめぐって