リアルタイムで演奏をレコードに刻むダイレクト・トゥ・ディスクの可能性とは 〜THE CHOICE IS YOURS - VOL.131

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 ダイレクト・トゥ・ディスクは、アナログ・テープやデジタル・ファイルといった録音メディアを介さずに、音源を直接ラッカー盤にカッティングする手法だ。レコードをプレスするためのラッカー盤にいきなり音を刻むのだから、やり直しの利く録音とは違う。演奏するミュージシャンも、ミックスとカッティングをするエンジニアも一発勝負となる。日本ではダイレクト・カッティングと呼ばれていて、1970年代後半にこの制作方法によるレコードが発売された。テープ録音に伴うノイズや劣化が無い高音質が謳われたが、デジタル録音が本格的に採り入れられ、CDのリリースが始まるまでの過渡期に登場したオーディオ・マニア向けの商品として終わった感は否めない。

 

 それらのダイレクト・カッティング盤を中古レコードで見かけることはあったが、新譜としてリリースされたものに僕が初めて出会ったのは、Stones Throwが企画した“Direct To Discシリーズ”だ。ロサンゼルスのカッティング・エンジニア、ギル・タマジン氏が設立したCapsule Labsと組んで、ライブ・イベントを開催し、ダイレクト・トゥ・ディスクによるレコードを制作した。2011年に5タイトルがリリースされただけだったが、今から思えば先駆的な試みだった。メイヤー・ホーソーンやデイム・ファンク、ルイス・コールとサム・ゲンデルが組んでいたリックというバンドのライブ音源などがレコードのみでリリースされた。ちょうど10年前のことになるが、このころからレコードの需要は徐々に増え始めていて、その状況も敏感に感じ取った試みだったのだろう。

 

 2013年には、ジャック・ホワイトのレーベルThird Manが、ダイレクト・トゥ・ディスクによるレコードのリリースを開始。レーベルが所有するライブ会場に直結したミキシング・スタジオで、グラミーを受賞したエンジニアのヴァンス・パウエル氏がリアルタイムでミックスし、ナッシュビル・レコード・プロダクションのジョージ・イングラム氏がビンテージのSCULLYのカッティング・マシンを操作した。クオリティにこだわるレーベルのプレス・インフォには“この古くて新しいレコーディングは、リスナーを可能な限りパフォーマンスの体験に近付けることができる正直な方法だと信じている”と記されていた。

 

 レコードというメディアが見直されていく中で、ダイレクト・トゥ・ディスクがもたらす新たな価値にも焦点が当たり始めた。技術的には完ぺきな録音作品を作り上げることが可能なソフトウェアによる現代的なレコーディング・プロセスからは積極的に排除されてしまうヒューマン・エラーは、時に音楽にマジックを加えることもある。アナログ録音の時代には予期せぬアクシデントも取り込みながら、最終的に洗練されたスタジオ・プロダクションが作り上げられてきたが、そのプロセスの根本に立ち返ることをアーティストやエンジニアに求めるのがダイレクト・トゥ・ディスクであり、一発録りの緊張感も含めて魅力を感じる当事者が増えてきたのではないだろうか。それは、今の音楽の現場においては決してメインストリームになるようなやり方ではないが“特殊でマニアックなもの”以上の価値を持ち始めているように感じられる。特にコロナ禍で限定された空間における音作りをすることが前提となったときに、ダイレクト・トゥ・ディスクが作り手側に新たなモチベーションをもたらす可能性は十分にあるだろう。

 

 ダイレクト・トゥ・ディスクのリリースを専門とするレーベルとして立ち上がったNight Dreamerが昨年から活発なリリースを続けていることは、こうした状況を象徴しているように思う。Night Dreamerはイギリスのレーベルだが、オランダの古都ハーレムにあるArtone Studioと協力して制作をしている。Artone Studioは1950年代のミキシング・コンソールRCA 76Dと1970年代のカッティング・マシンNEUMANN VMS70を備え、階下にはレコード・プレス工場も構える。ここを制作拠点として、Night Dreamerはこれまでシェウン・クティ&エジプト80、ゲーリー・バーツ&マイシャ、セウ・ジョルジ&ホジェー、エマ=ジーン・サックレイ、サラシー・コルワル、エトゥク・ウボン、ババズーラと、国もジャンルも世代も異なるアーティストたちのダイレクト・トゥ・ディスクによるセッションを立て続けにリリースしている。

 

www.nightdreamer.co.uk

 

 レーベルのスタートとなったナイジェリアのサックス奏者/シンガーのシェウン・クティの録音は、わずか2日間で行われた。まず1日目はバンドのエジプト80がレコーディング・プロセスに慣れることに費やし、幾つかのテスト・カットを実施。そして2日目にはリハーサル無しの即興演奏をベースに、レコードの片面2曲ずつ、計4曲分をすべてワンテイクでカッティングして終了した。“VMS70によるカッティングは演奏の緊迫感だけではなく、不完全な部分も含めたセッションの雰囲気も再現されている”とリリース・インフォは伝えている。

 

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『Night Dreamer Direct-To-Disc Sessions』シェウン・クティ&エジプト80(Night Dreamer)

フェラ・クティの末息子シェウン・クティはブライアン・イーノやロバート・グラスパーによるプロデュース作も発表してきたが、本作はストレートにアフロ・ビートと向き合った

 

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『Night Dreamer Direct-To-Disc Sessions』ゲーリー・バーツ&マイシャ(Night Dreamer)

サックス奏者ゲーリー・バーツと、UKジャズの精鋭ミュージシャンが集まったバンド、マイシャとの録音。バーツのスピリチャル・ジャズへのリスペクトがうかがえる

Night Dreamer Direct-To-Disc Sessions

Night Dreamer Direct-To-Disc Sessions

  • ゲイリー・バーツ & Maisha
  • ジャズ
  • ¥765

 

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『UM YANG』エマ=ジーン・サックレイ(Night Dreamer)

UKのトランペット奏者/作曲家でシンガーでもあるエマ=ジーン・サックレイのセプテット。二元性と調和という道教の哲学に基づくグルーブと自由な即興演奏の調和を追求した

Um Yang 음 양 - EP

Um Yang 음 양 - EP

  • Emma-Jean Thackray
  • ジャズ
  • ¥1681

 

 25年来の友人であったというブラジル出身のシンガー・ソングライター、セウ・ジョルジとホジェーがダイレクト・トゥ・ディスクで初共演を果たした作品は、シェウン・クティよりは曲作りに時間をかけられた。それでもコンセプトの決定からアルバムの完成まではわずか4日間だった。その内容は2人の歌とギター、それにパーカッションを加えただけのシンプルな編成だが、深みのある録音によって素晴らしい空間を作り上げている。僕は同時録音されたハイレゾ音源でこれを聴いたためレコード作品としての評価は控えるが、それでもダイレクト・トゥ・ディスクの制作がもたらす効果をうかがい知ることができると感じた。

 

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『Night Dreamer Direct-To-Disc Sessions』セウ・ジョルジ&ホジェー(Night Dreamer)

“クラシックなブラジルのレコードを作る”意図で制作。すべてオリジナル曲だが、ミルトン・ナシメント、ジルベルト・ジル、ジョルジ・ベンらの影響を今一度とらえ直したという

Night Dreamer Direct-To-Disc Sessions

Night Dreamer Direct-To-Disc Sessions

  • セウ・ジョルジ & ROGÊ
  • ブラジル
  • ¥1071

 

 アメリカ生まれでインド育ち、現在はロンドンで活動するパーカッション奏者/作曲家のサラシー・コルワルの録音も興味深かった。彼のバンド、UPAJコレクティブとの演奏は、インドの古典音楽とジャズのミックスという既に幾度も試みられてきたアプローチをアップデートしてみせた。グループの集中力を高めるためのヨガの呼吸法プラーナーヤーマの実践から始まったという完全即興による演奏は、スタジオ空間を最大限に生かし、一つのイディオムにとらわれない解放感にあふれる自然発生的なサウンドのコントロールに向かっている。この制作について、コルワルはこう述べている。

 

 “後悔しない、ミスしない、恐れない、判断しない。これが理想だった。私がレコーディング・スタジオで生きたいと思う理想の縮図。それを念頭に置いてスタジオに入るというビジョンは、出来上がった音楽よりも大切なものだった。プロダクトよりもプロセスなのだ”

 

 ダイレクト・トゥ・ディスクの持つ可能性を的確に言い表した、説得力のある言葉だと思う。

 

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『Night Dreamer Direct-To-Disc Sessions』サラシー・コルワル&UPAJコレクティブ(Night Dreamer)

UKジャズでも異彩を放つパーカッション奏者サラシー・コルワルの、新たな展開がうかがえる一枚。エドワード・サイードやアシシュ・ナンディの著書から感化された楽曲もある

 

原 雅明

【Profile】音楽に関する執筆活動の傍ら、ringsレーベルのプロデューサー、LAのネットラジオの日本ブランチdublab.jpのディレクター、ホテルのDJや選曲も務める。早稲田大学非常勤講師。近著『Jazz Thing ジャズという何かージャズが追い求めたサウンドをめぐって

 

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