前号で取り上げたニューエイジ・ミュージック。その新しい流れを作り出す代表的なアーティストが、ピアニスト/プロデューサーのジョン・キャロル・カービーだ。LA出身のカービーはStones Throwからのデビュー作『マイ・ガーデン』を発表したばかり。1st LP『トラベル』(2017年)や2ndのカセット・テープ作『メディテイションズ・イン・ミュージック』(2018年)が耳の早い人の間で評判となり、ソランジュの『ア・シート・アット・ザ・テーブル』(2016年)、『ウェン・アイ・ゲット・ホーム』(2019年)への参加でも注目された。
世界各地の地名からインスパイアされた曲名を持つ『トラベル』は、カービーのキーボードを中心にした多重録音作だが、各地の伝統音楽を取り入れているわけではない。スケッチのように淡々としたインストゥルメンタルだ。しかし、クールでストイックなサウンドではなく、緩やかに変化していくメロディやリズムが心地良さと温かみを与える。『メディテイションズ・イン・ミュージック』は、タイトル通りに瞑想をテーマとし、より起伏の少ないメロディ・ラインと持続音から成り立っている。カービーには瞑想やヨガの師がいて、日常的に学んできたという。そして、それによって「エゴを取り除くことになり、ピアニストとしての自分が必要以上にテクニカルなエゴを見せつけるのを避けることができるようになった」そうだ。
『マイ・ガーデン』ジョン・キャロル・カービー(Stones Throw/rings)
ピアノの楽曲として演奏できることを意識して作られた。ニューエイジ・ジャズと呼ぶべきか。文中で引用した発言を含め、国内盤のライナーには彼のインタビューを掲載。
カービーは1990年代からキャリアを積んできたベテラン・ミュージシャンであり、さまざまな録音やライブにかかわって作曲家/アレンジャーとしても重用されてきた。ソランジュとの仕事以前には、フレンチ・エレクトロのセバスチャン・テリエから声がかかり、共同プロデューサーを務め、一時期はパリにも住んでいた。カービーが仕事をしてきたアーティストは、フランク・オーシャンやブラッド・オレンジから、アヴァランチーズやワン・ダイレクションのハリー・スタイルズまで多岐に渡る。2000年代に入ってからはNYを活動拠点とした。そして、その音楽的なルーツは、LAのハイスクール時代から取り組んできたジャズ・ピアノだ。カービーの師はジャズ・ベーシストのジョン・クレイトンで、南カリフォルニア大学ソーントン音楽学校ではジャズ・オーケストラの作曲も彼から学んでいる。
『L'Aventura』セバスチャン・テリエ(RECORD MAKERS)
カービーが共同プロデュースを務めたアルバムで、作曲や演奏にも関わっている。軽妙なディスコのブギーの中にもカービーらしいコード感や空間の構成が感じられる一枚。
カービーはプロ・ミュージシャンとして確かな実力と経験の持ち主だ。次々とアーティストから声が掛かるNYでの活動でも大きな転機となったのが、ソランジュとの仕事。『ア・シート・アット・ザ・テーブル』のアンビエントR&Bと言われたベーシックなサウンドを作ったのはカービーだったが、それはソランジュが通常のポップスの構成を無視した曲作りをしていたからだった。バース、コーラス、ブリッジがあるパターンを彼女は全く無視して曲を考えたのだ。浮かんできた言葉をそのまま曲にしようとした。それはカービーが学んできた作曲方法とは真逆のやり方だったが、自身の音作りにも大きなインスピレーションを与えることとなり、それがソロ作へと結実している。
ソランジュの『ウェン・アイ・ゲット・ホーム』はカービーがより関与した作品で、カービーのソロにも近い。リズムのメリハリを抑えて空間を生かしつつ、メロディとハーモニーの重なりは最大限に尊重する。カービーはこのアルバムで、ポップスであまり使わないジャズのハーモニーを取り入れた。それは『マイ・ガーデン』にも生かされている。これまでよりもピアノやシンセサイザーの手弾きが目立ち、演奏の度合いが高まった。カービーはNYからLAに戻って、ニューエイジ・リバイバルに見られるように自分の音楽を受け入れる土壌があることと、かつて学んだジャズを反映できる可能性を感じたそうだ。
『ウェン・アイ・ゲット・ホーム』ソランジュ(Columbia、ソニー)
コントラストの強い『ア・シート・アット・ザ・テーブル』より、ソランジュの歌がプロダクションに溶け込んでいる本作の方が、アンビエントR&Bの本質を突いている。
『マイ・ガーデン』に収められた曲は、ヨガの師匠、滞在したメキシコやオーストラリアでの体験、生まれ育ったLAのパサデナにある峡谷、ペルーの画家パブロ・アマリンゴの絵、エチオピアのピアニストであり修道女だったエマホイ・ツェゲ=マリアム・ゴブルーの音楽など、さまざまなインスピレーションの元がある。それらの背景とストーリーを大切にしながらも、これまでの作品同様に決して雑多な要素のミックスにはせず、ピアノ主体のメロディとハーモニーを丁寧に組み立てている。そして、アルバムの音作りに最も影響を与えたのが日本のジャズ・ベーシスト、鈴木良雄のアルバム『Morning Picture』(1984年)だった。1980年代に環境音楽のレーベルMusic Interiorからリリースされた作品で、昨今の環境音楽の再発見がきっかけとなりカービー自身も本作を知ったそうだが、カービーと鈴木の音楽性には似通った点が多く、世代や国を越えて興味深いつながりを見出すことができる。
1946年生まれの鈴木は、渡辺貞夫や菊池雅章のグループを経て、1973年に渡米。1980年代半ばまでNYを拠点に活動した。スタン・ゲッツやアート・ブレイキーのレギュラー・ベーシストに抜てきされ、NYのジャズ・シーンに受け入れられた。ところが次第にモダン・ジャズを演奏する喜びを見出せなくなったと、オフィシャル・サイトの日記「ニューヨークの思い出」で吐露している。理想とするモダン・ジャズに近付けようと探求と努力を重ねたが、フュージョンが台頭してきた時代でもあり、自分がやるべき音楽を考え直すこととなった。そこから、鈴木はクラシックの作曲をゼロから学び、さまざまなジャンルの音楽を聴き直し、オリジナル曲を書くことへと向かう。そして、日本の伝統的な5音階を使う空間を意識した作曲に取り組み、NYでソロ・アルバム『Wings』(1981年)を録音する。デイヴ・リーブマンやトム・ハレル、ナナ・ヴァスコンセロスなど、そうそうたるメンバーをフィーチャーしていたが、フュージョンのように技巧には走らず、緩やかでゆったりとしたメロディを生かした演奏空間を作り出した。
『Wings』鈴木良雄(TRIO)
ジャケットを含めてフュージョンのような装いをしているが、クリシェな演奏には向かわず、通俗的にならないギリギリの心地良さのバランスを成立させている。
『Wings』のコンセプトを発展させ、シンセサイザーやリズム・マシンを使って一人で制作したのが『Morning Picture』。鈴木は前述の日記で、「環境音楽として作ったのではなくただ自分の中にある日本の空間、そしてNYにいると特に強く感じる宇宙空間を表現したかった」と記す。そしてカービーは『Morning Picture』について、「穏やかなピアノのフレーズとLINN Linn Drumのビートを組み合わせているのを聴いて、僕もそういう作品を作ってみたくなった」と述べている。またカービーは、カマシ・ワシントンらが評価される状況を見て、自分が学んだジャズの知識を隠す必要がないことを感じ、一般的なリスナーがジャズを受け入れている気運も感じたそうだ。
『Morning Picture』鈴木良雄(JVC)
同時代の菊地雅章と同じく、シンセサイザーとリズム・マシンを買い込み、一人で制作したアルバム。『Wings』をより純化させたサウンドを完成させた。
日本からNYに向かった鈴木と、NYからLAに戻ってきたカービー。同じジャズというバックボーンを持ちながら、ジャズとはやや距離を保って個の表現に向かい、自分の音楽を作り始めた過程は、共鳴して重なり合っているかのようだ。この連載で時折言及してきた、一人で音楽に向き合い、制作する音楽家のあり方を、ここにもまた見出すことができる。
原 雅明
【Profile】音楽に関する執筆活動の傍ら、ringsレーベルのプロデューサー、LAのネット・ラジオの日本ブランチdublab.jpのディレクター、ホテルなどのDJや選曲も務める。単著『Jazz Thing ジャズという何かージャズが追い求めたサウンドをめぐって』ほか
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