COVID-19(新型コロナ・ウィルス感染症)のパンデミックは、この原稿を書いている6月上旬現在も音楽業界に打撃を与えている。何よりも、ライブ演奏を複数の人々と楽しむ現場はほぼ失われたままだ。自分自身にかかわる仕事でもライブを見てレポートを書くことや、対面でインタビューをすることなどは難しい状況が続く。こうした状況下で、少なからぬアーティスト、ミュージシャンがオンラインでの活動にアプローチしている。
COVID-19以前から、オンライン配信は確実に増えていた。コーチェラ・フェスティバルやFUJI ROCK FESTIVALのような大きな音楽フェスティバルも、配信によって離れた場所で気軽に見ることができるようになった。だが配信はあくまでもサブのシステムであり、バーチャルな体験だった。フェスティバルの現場は特別な体験をもたらし、その優位性が配信によって揺らぐことはない。しかし、コンサートという場自体が失われた現在では、現実とバーチャルの関係性もリセットされることになる。
COVID-19以降にオンラインで配信されたライブの幾つかを見た。さほど多くは見ていないため簡単に結論を下すことはできないのだが、まだまだ試行錯誤の段階にあると思った。オンラインでつながっていることでも、リアルタイムの盛り上がりは可能であり、それが音楽を介したコミュニティを維持することにもなるだろうと思えた一方で、オンライン配信自体はもはや目新しいものではないことを感じた。今後のオンライン配信に求められるのは、単なるバーチャルな体験の提供ではなくて、現実の世界では受け取りにくくなっているストーリーであったり、背景にある考えや知識といったものを知りたい欲求を満たすものとなっていくのだろう。
アメリカの公共ラジオ放送NPRの音楽部門が、ワシントンDC本部の仕事場の一角を使ってライブ演奏を配信しているタイニー・デスク・コンサートは日本でも有名だが、COVID-19以降はホーム・コンサートのタイトルを加えて、アーティスト自身の部屋やスタジオから配信するスタイルを採っている。
ウィキペディアの記述を信用するならば、タイニー・デスクのアイディアは、NPRのパーソナリティとディレクターが、とあるバーのライブ・ショウで客の雑音に感じたフラストレーションから生まれたそうだ。“これなら仕事場のデスクで聴いた方が良い”と言った冗談から、シンガー・ソングライターのローラ・ギブソンを招いたタイニー・デスク第1回のライブは実現した。これが2008年8月のことで、現在に至るまで900回以上ライブ配信をしてきた。
僕がタイニー・デスクで特に印象に残ったのは、例えばマック・ミラーやT-ペインがナチュラルで落ち着いた歌を聴かせて、シンガーとしての力量を示したように、普段見せる姿とは違うよりパーソナルな表現に触れた瞬間。制限のある音響システムと空間の中で演奏することが、おのずとそうした表現に向かわせるのかもしれないが、それは2010年代に水面下で広がり、共感も得てきた表現だったとも思う。音楽フェスティバル隆盛の一方で、より小さい場所と少ない人数で音楽を楽しむ流れも加速していたからだ。タイニー・デスクはその流れを象徴し、その意義を伝えるメディアとしても重要だった。
マンハッタンのグリニッチ・ビレッジにあるジャズ・クラブ、スモールズは、NYのコアなジャズ・シーンを支えてきた重要な場所だ。僕も足を運んだことがある。地下にありその名の通りステージもバーもこじんまりとしているが、とても趣のあるクラブだ。深夜までジャム・セッションが行われる濃密だった空間も、今はオンライン配信の場となっている。スモールズ・ライブ基金を立ち上げて非営利組織化し、ビリー・ジョエルのような支援者から寄付を受けて配信環境を整えた。基金に少なくとも10ドルを寄付すれば、オンライン配信とそのアーカイブを自由に見られる。スモールズのWebサイトには、以前と変わらぬラインナップのスケジュールがアップされている。
準備期間を経て6月からスタートしたばかりなので、まだ評判のほどは分からないが、今後のライブのみならず、以前から録りためていた映像や音源も含めてアーカイブ化することで、オンラインのジャズ・コミュニティを形成しようとする意志を感じる。小さなクラブであるが故に、オンラインでも特別な世界を維持できそうだ。
日本での興味深い試みも紹介しよう。ブラジルのシンガー・ソングライター/マルチ奏者アントニオ・ロウレイロら、真にユニークな音楽を作り出しているアーティストを紹介し、コンサートも企画してきたレーベルNRTが、そのロウレイロら縁の深いアーティストたちとのオンライン・ワークショップ、sense of quiet MUSIC LABをスタートさせた。
単なるワークショップではなくアーティストとリスナーを結ぶコミュニティを形成し、制作のプロセスなどにもリスナーが触れる機会を設け、リスナーがアーティストを支える流れも生み出すビジョンを持っているようだ。レーベルを主宰する成田佳洋氏がそのことを詳しくnoteで述べているが、そこには大切な指摘がいくつかある。
コミュニティというだけではなく、共に考える場であるLABと呼んでいること。“エンタテインメントの提供者と消費者”という関係の次にある可能性を具体化すること、制作のプロセスをリスナーとシェアし理解すること。これらはCOVID-19が引き起こしたというよりも、タイニー・デスクと同じように、2010年代のさまざまな局面で感じられてきたことの表れだと言える。
最後に、自分が先日かかわったオンラインDJのことにも触れたい。野外音楽フェスティバルFESTIVAL de FRUEがオンラインでフェスティバルを開催した。Zoomをプラットフォームにした配信で、FRUEが招へいしたことがあるロサンゼルスのファビアーノ・ド・ナシメントやブラジルのジョアナ・ケイロスらが出演。Zoomに参加したリスナーも画面上にランダムで登場した。僕はdublab.jpのDJとして出演したのだが、DJ中に画面の向こう側に居る複数のリスナーの反応をつぶさに見ることができた。そこに感じた距離感は、現実のDJにおいて目の前にいる人を見ることとも、ラジオで目に見えない人を相手に話す(曲をかける)こととも異なる体験をもたらした。これもまた単なるオンライン配信ではない、双方向性のコミュニケーションが成立する可能性を感じた出来事だった。現実の世界では忘れかけられていることを、オンライン配信は照らし出すこともある。