美しいサウンドスケープで聴く者を魅了するギタリスト/プロデューサーのブレイク・ミルズ 〜THE CHOICE IS YOURS - VOL.130

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 エリック・クラプトンに“驚異的だと思った最後のギタリスト”と言わしめたブレイク・ミルズが、ギタリストとしてよりもプロデューサーとして大成したのは、2010年代後半の音楽シーンにおける象徴的な出来事だったと思う。フィオナ・アップル、ノラ・ジョーンズ、アラバマ・シェイクス(ブリタニー・ハワード)、スカイ・フェレイラ、ジョン・レジェンド、パフューム・ジーニアス、ダイアナ・クラールと、ミルズがプロデュースを担当した代表的なアーティストを並べてみても、いかに幅広い需要があったのかが分かる。

 

 ギタリストとしてのミルズは超絶技巧を見せるタイプではない。フリートウッド・マックのトリビュート・アルバム『Just Tell Me That You Want Me』(2012年)で共演したZZトップのビリー・ギボンズが、ミルズの音楽性にあるブルースから受けた深いインスピレーションをほめたたえたように、また、T・ボーン・バーネットやジャクソン・ブラウンがセッションに招いたように、年上のミュージシャンたちを魅了するだけのものを持っていた。手放しで絶賛したのはドン・ウォズもそうで、当時27歳だったミルズのソロ・アルバム『Heigh Ho』(2014年)にジム・ケルトナーとともに参加した演奏からは、その才能に対するリスペクトがうかがえた。ミルズには過去の音楽に対する造詣の深さと、伝統的なイディオムを大胆に再構築するビジョンがあった。それがプロデューサーとしてのミルズを際立たせる特徴ともなった。

 

 『Heigh Ho』までのミルズは、まだ正統的なギター・ミュージックの継承者という位置に居たが、その後のプロデューサーとしての成長が、彼自身の音楽を変化させていった。最初の大きな転機は、グラミー賞のプロデューサー・オブ・ザ・イヤーにノミネートされたアラバマ・シェイクス『Sound & Color』(2015年)だろう。ビンテージのブルースやソウルに向かっていたマニアックなバンドを、ガレージ・パンクやポストロックも入り交じるオルタナティブ・ミュージックのフィールドに引っ張り出してきた。このアルバムを聴いたジョン・レジェンドは、『Darkness and Light』(2016年)のプロデュースと大半の楽曲の共同制作をミルズに依頼。ミルズはR&Bやヒップホップらしいプログラミングされたサウンドは使わず、スタジオでバンドと一緒に作業して、グルーブを見付け出すことから始めた。それは“オーガニックなアルバムを作りたい”というレジェンドの希望と、アルバムのテーマである政治や愛について音楽的に語ることを可能にするサウンドを見付け出すというミルズの意図が合致した結果だった。

 

 ミルズは昔ながらのスタジオでレコーディングすることを好み、その空間から得られるサウンドや感覚を大切にした。一方でレコーディングした音源を自宅に持ち帰り、大胆なオーバー・ダブを行うことも不可欠だった。その作業によって“広々としたものが周辺の背景にあり、親密なものが近くで得られる”とミルズは説明している。彼がプロデュースする音楽には、ジャンルを問わず、この音の遠近法が作り出すマジックがあった。『Heigh Ho』のリリース後、わずか2、3年の内につぎつぎとメジャーのプロデュース仕事が舞い込むようになったが、ミルズがそれらを経てリリースした自身の作品は、アンビエントと言っていいインストゥルメンタルのアルバム『Look』(2018年)だった。

 

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『Look』ブレイク・ミルズ(Caroline Internationa)

“自分がより実験的になるためのアウトプット”という自身のレーベルの1枚目は、サウンド・シティ・スタジオでサム・ゲンデルらとのセッションから生まれたアンビエント作品

Look - EP

Look - EP

  • Blake Mills
  • オルタナティブ
  • ¥611

 

 1970年代に開発された世界初のギター・シンセサイザー、ROLAND GR-500や、その後継機種でパット・メセニーも愛用するGR-300を使って制作された『Look』において、ギターのピッキングはほとんど聴かれない。実際にはミルズがかかわったどの作品よりも多くのギターの音がフィーチャーされていたのだが、それらはミルズが言う“広々としたもの”を拡張するために使われていた。ストレートなギター・プレイを期待していたリスナーを失望させることも想定内だと言わんばかりに、ギターが作るサウンドスケープが全面的に展開されている。より実験的なアウトプットのためにレーベルVerve/Universalと提携して設立されたミルズのNew Deal Recordsの第1弾が、このアルバムだった。

 

 2020年、このレーベルから2枚の興味深いアルバムがリリースされた。一つはミルズのソロ『Mutable Set』で、もう一つはジャズ・レーベルImpulse!との共同リリースという形でミルズがプロデュースしたドラマー、テッド・プアの『You Already Know』だ。サム・ゲンデルやピノ・パラディーノらと作った『Mutable Set』は、『Look』のサウンドスケープに再びアコースティック・ギターと歌を呼び寄せた。このアルバムでは、ミルズもかかわったランディ・ニューマン『Dark Matter』のストーリーテリングから、サム・ゲンデルやカルロス・ニューニョのニューエイジ、アルマンド・マンザネーロのメキシカン・ボレロまでが滑らかにつながっていく。“現代の生活での感情的な不協和音へのサウンドトラック”という制作意図は、プロデューサーとしてのミルズが、商業的に成功を収めた音楽を手掛ける中で散りばめてきたことでもある。それをよりピュアに表出したのが『Mutable Set』だ。

 

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『Mutable Set』ブレイク・ミルズ(New Deal Records)

フォークやロックのイディオムをアンビエントのバックグラウンドへ解き放ち、あこがれる伝統的なシンガー・ソングライターのアプローチを再構築するように作られた最新作

Mutable Set

Mutable Set

  • Blake Mills
  • シンガーソングライター
  • ¥1935

 

 UKジャズ・シーンから登場したシャバカ・ハッチングスに続き、Impulse!が送り出したテッド・プアは、ニューヨークのジャズ・シーンでの活動と並行して、シンガー・ソングライター、アンドリュー・バードのバンドにも参加してきた。『You Already Know』は、サックス奏者のアンドリュー・ディアンジェロとのミニマルなデュオを基本としている。それはシャバカやImpulse!のアグレッシブなジャズのイメージとは対照的だが、ECMが作り出したストイックでクールなミニマリズムとも異なっていて、ミルズの描き出すサウンドスケープの中で再生されるジャズというのが適切だろう。空間があって、スロー・テンポで、音の輪郭はぼやけてもいるが、厚みと鳴りはしっかりしている。それはビル・フリゼールが演奏し続けてきたアメリカーナにも聴くことができたが、現代ジャズの大半のプロダクションでは顧みられることのなかったサウンドでもある。

 

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『You Already Know』テッド・プア(Impulse!/New Deal Records)

クオン・ヴー・トリオなどNYのジャズ・シーンで活動する一方、ミッチェル・フルームやアンドリュー・バードとも仕事をするドラマーのデビュー作。ミルズが共同プロデュース

You Already Know

You Already Know

  • テッド・プア
  • ジャズ
  • ¥1324

 

 今年このミルズ絡みの2枚と共鳴していたのが、サム・ゲンデルがNonesuchからリリースした『Satin Doll』だ。揺らぎ、震えるようなサウンドの中で再生されるデューク・エリントン、チャールズ・ミンガス、マイルス・デイヴィスのカバーは、ミルズがジャズに持ち込んだ解釈と重なる。さらに、ミルズが参加したボブ・ディラン『ラフ&ロウディ・ウェイズ』とフィービー・ブリジャーズ 『Punisher』は、世代もキャリアも違うシンガー・ソングライターのアルバムであるにもかかわらず、スロー・テンポで催眠的な効果も伴ったサウンドとして続けて聴くことが可能だ。そのことは、ミルズのプロダクションがアメリカン・ミュージックの地図を塗り替えたことを示してもいるだろう。

 

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『ラフ&ロウディ・ウェイズ』ボブ・ディラン(ソニー)

“彼の21世紀のレコードのような騒々しいブルースの再現からは一転している”(Pitchfork)と評された催眠的な展開は、まるでミルズの影響下にあるかのような仕上がり

Rough and Rowdy Ways

Rough and Rowdy Ways

  • ボブ・ディラン
  • ロック
  • ¥2750

 

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『Punisher』フィービー・ブリジャーズ(Jagjaguwar)

LAのシンガー・ソングライター。LAのサウンド・シティ・スタジオでミルズを支えるエンジニア、ジョセフ・ロージによってレコーディングが行われ、独特の音響空間を作り出した

Punisher

Punisher

  • フィービー ブリジャーズ
  • オルタナティブ
  • ¥1528

 

原 雅明

【Profile】音楽に関する執筆活動の傍ら、ringsレーベルのプロデューサー、LAのネットラジオの日本ブランチdublab.jpのディレクター、ホテルのDJや選曲も務める。早稲田大学非常勤講師。近著『Jazz Thing ジャズという何かージャズが追い求めたサウンドをめぐって

 

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