Chester BeattyがいざなうStudio One 5の世界

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2009年のリリース以来、着実にユーザー数を増やし、今や主要DAWの一つに数えられるPRESONUS Studio One。2020年7月にはバージョン5へとアップデートし、ますます魅力的な仕様となった。既に“試してみたい!”と思っている方も居るだろうが、Studio One 5のディープな世界に分け入るべく、プロ・クリエイターらのレポート&インプレッションをお届けするとしよう。まずは、音楽制作の現場でS1を活用しているプロデューサー/エンジニアのChester Beattyに“DAWソフトとしてのあらまし”を解説していただいた。代表的な機能や付属ツールから最新のアップデートまで、めくるめくStudio One 5の世界をのぞいてみよう。

 

ライブ配信の現場でも人気のS1
一番の理由はやっぱり“音の良さ”

 このところ“無観客ライブの生配信”が盛んです。筆者も現場にかかわることがありますが、スタッフの方々からいただくのが“オケ出しやアーカイブの録音にはS1を使って”というリクエスト。本当によく言われます。S1がライブ配信で採用される理由は大きく3つ。音のクオリティと使い勝手の良さ。そして、録音や再生、ミックスにプラグイン・エフェクトが使えること。特に音質については誰もが評価します。その裏付けとなるのは“64ビット浮動小数点演算のオーディオ/ミックス・エンジン”。S1はバージョン1からこの64ビット浮動小数点(64ビット・フロート)演算のエンジンを搭載し、世界初の“64ビットDAW”として知られています。

 

 しかもバージョン5で、録音もWAVファイルへの書き出しも64ビット・フロートに対応。従来はプロセッシングこそ64ビット・フロートでしたが、録音と書き出しに関しては32ビット・フロートが上限だったので、今回のアップデートで録音からマスタリング、最終的なファイル作成まで、すべての工程を64ビット・フロートでハンドリングできるようになったわけです。16ビットの音と聴き比べてみると、解像度の違いに驚きます。例えるなら、16ビットがゴツゴツした石のような聴感であるのに対し、64ビット・フロートはサラサラの砂のよう。音のニュアンスやダイナミクスが手に取るように分かります。ただし、この恩恵が受けられるのはフラッグシップのProfessional版のみ。Artist版やPrime版は32ビット・フロートまでとなりますが、ダイナミック・レンジ1,680dBという申し分ないクオリティを有しているので安心です。

 

作編曲を強力にサポートする数々の機能
モダンな低音もカバーする付属の音源

 ライブ配信やレコーディング/ミックスだけでなく、作曲を行う作家やアレンジャーの方々にうれしいアレンジ支援機能もたっぷり用意されています。例えばコード・トラック。コード進行を定義するトラックのことで、“イントロ~平歌のコード進行はできたけれど、サビでどう発展させれば良いのか迷う!”といったときなどに便利です。

コード・トラック[Professional]

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コード信号を定義するコード・トラックは音符アイコン(赤枠)を押すと出現します。初めは空白ですが、適当な位置をダブル・クリックするとコード・ネーム“C”の記載されたオブジェクトが登場(黄枠)。そのオブジェクトをダブル・クリックして“コードセレクター”を開き、好きなコードを選んで配置します

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あらかじめ何かのパターン(ベースやコードなどメロディックなもの)を打ち込んでいる場合、または演奏の録り音などがあるときは、イベントを空白のコード・トラックにドラッグ&ドロップ。内容が解析され、コード・ネームのオブジェクトが生成されます。このコード・トラックにより、ソング内のあらゆるMIDI/オーディオをコード進行に追従させることが可能

 コード進行を組んだ後、思いのほかサビが格好良かったので、それを冒頭に持ってきて“サビ頭”の曲にしたりすることがよくありますよね。そこで役立つのがアレンジ・トラック。曲の各セクションとその位置を定義する機能です。

アレンジ・トラック[All]

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曲のセクションを定義するトラック。オブジェクトを使い“ここからここまでがサビ”と決めておけば、構成を変えたいときにもオブジェクトをドラッグし、目的の位置へドロップするだけでOK。以前は“サビの全トラックを分割ツールで切り出し、選択してコピー&ペーストして……という手間をかけていたものですが、その必要が無くなりました

  “曲の構成は決めたけど、サビのベースがどうしても気に入らない。でも捨てるにはもったいない”といった場合はスクラッチパッドを使いましょう。これは本線から独立したタイムラインで、制作中の曲に手を加えることなく新たなアイディアを試したり、ストックしておくためのエリアです。

スクラッチパッド[Professional]

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アイディアの貯蔵庫、スクラッチパッド。例えばサビのベースを直したい場合は、サビのアレンジトラックをスクラッチパッドにドラッグ&ドロップし、心ゆくまでエディット。出来上がったら、アレンジトラックのドラッグ&ドロップで本線のサビを丸ごと置き換えればエディットの結果が反映されます

 さらにうれしいのが、付属のインストゥルメント(音源)の充実ぶりです。例えばProfessional版には、以下のようなものが収録されています。 

Impact XT
 パッドを備えたドラム向けサンプラー

Presence XT
 キーボードやストリングス、ホーンなどの音色をプリセットしたサンプル・プレイバック音源

SampleOne XT
 サンプラー。本格的なサンプル・エディットやMIDIキーボードへのマッピングが可能

Mojito
 ベース音源に最適なモノフォニック・シンセ

Mai Tai
 扱いやすいデザインと種類豊富なフィルターが魅力のポリフォニック/モノフォニック・シンセ

 中でも筆者が気に入っているのはMojito。低音たっぷりのヒップホップやEDMが流行し始めてから、ポップスやアイドル曲のベースもより低く大きくなりましたが、Mojitoを使えばとても簡単に“現代の低音”を作ることができます。

付属サンプラー[Professional][Artist]

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強力なサンプラー、SampleOne XT。各モジュールを使い、シンセのような感覚でオーディオのエディットが行えます

付属シンセ[Professional][Artist]

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付属のモノフォニック・シンセ、Mojito。例えば、近年のダンス・ミュージックのベースは、メインの音にアタック用またはサブベースを足して2~3種類で構成します。Mojitoはサブベース向けで、十分過ぎるほどの低音が魅力

スコア・ビューで譜面ベースの制作
ミキサーはシーンの保存などに対応

 S1のバージョン5には、バージョン4の発売からたった2年とは思えない驚きのアップデートが目白押しです。

 まずは作家の方にうれしい機能から。スコア・ビューの搭載により、五線譜を使っての作曲や編曲が行えるようになりました。これまではPRESONUSの作曲/楽譜作成ソフトNotionを別途購入し、組み合わせていましたが、その楽譜機能の基本が移植されました。また、新たに追加されたキー・スイッチ用のマッピング・エディターにより、サンプル音源のサステインやトレモロなどを個別に管理/設定できるように。さらにはポリプレッシャーやMPE(MIDI Polyphonic Expression)にも対応し、特にストリングスやホーンなどの打ち込みが飛躍的に向上するでしょう。

スコア・ビュー[Professional]

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五線譜で打ち込みやエディットが行える画面。複数のトラックをまとめて表示できたり、同じトラックでピアノ・ビューとの行き来が可能だったりと、視覚的にうれしい要素もさらりと実装。スコア・ビューで編集しつつ、たまにピアノ・ビューでアーティキュレーション設定するようなことも可能

 次に、エンジニアにもうれしい新機能。ミキサー周りにおける大きな変更点は、シーンの保存と呼び出しが行えるようになったことです。チャンネルの音量や使用プラグイン、センドの設定などミックス全体を“シーン”として保存でき、バージョン違いを幾つも作ることが可能になりました。

ミキサー・シーン[Professional]

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ミキサー内のあらゆる設定を保存/呼び出しできる機能。ワンタッチですべての設定を呼び出せるほか、一部のチャンネルの情報だけをロードすることもできます

  また、AUXチャンネルリッスン・バスという新機能も登場。これまでハードウェア音源をS1上で扱う場合、その出音を受けるためのオーディオ・トラックを作成し、録音してからプラグインなどをかけることが多かったと思いますが、AUXチャンネルにルーティングすればソフト音源と同じように扱うことができます。一方、リッスン・バスはメイン・バスから独立した試聴用のバスです。メイン・バス(マスター・フェーダー)の左に位置し、“L”というボタンを押せば有効に。ソロにしたチャンネルのみを送って聴くことも可能です。

 

 そして、個人的に最もうれしいアップデートがクリップ・ゲイン・エンベロープ。例えばボーカルやギターなど、音量の大小差が大きいソースには、コンプなどをかけてバラつきを整理するものですが、そうすると使用したエフェクトの癖が付いてしまいます。狙ってその癖をつけることもありますが、より自然に仕上げるために、これまではフェーダーにオートメーションを描いてならしていました。クリップ・ゲイン・エンベロープは、フェーダーではなくオーディオそのものに直接作用するので、音量をならすだけではなくクリップやポップ・ノイズを消したり、波形上にフェード・インやフェード・アウトを作ったりもできます

クリップ・ゲイン・エンベロープ[All]

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オーディオ自体の音量にオートメーションを描ける機能。調整結果は波形に反映されるので、目からも変化を確認できるのはうれしい限り。実はこの機能、マスタリングでも活躍。他社のマスタリング用ソフトにも同等の機能がありますが、S1は64ビット・フロート/384kHzにも対応しているので、屈指のマスタリング・ソフトでもあるのです

ライブ用の音を仕込むショー・ページ
プラグインやタイム・ストレッチも進化

 ライブを行うプレイヤーの方々にも、うれしい新機能があります。ショー・ページです。S1は従来、ソング(作曲/録音/ミックス用)とプロジェクト(マスタリング/作品リリース用)の2つのページを備えていましたが、ショー・ページはリハーサルやパフォーマンスに向けています。簡単に説明すると、ステージや会場ごとのセットリストを事前に仕込めるというものです。例えば、ライブのオープニングが奇麗なピアノ・ソロから始まる曲に決定したとしましょう。ただし会場にピアノが無い場合、ショー・ページ1曲目にピアノ・トラックを仕込んでおけば、再生と同時にS1がピアノを演奏してくれるというわけです。あとはピアノに合わせて、ほかの楽器を演奏するだけ。もちろん、そのピアノ・トラックはオーディオでもソフト音源でもOKです。

ショー・ページ[Professional]

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オーディオやソフト音源を読み込んで、ライブのセットリストを組んでおけるページ。シーケンスが1曲ごとに停止するよう設定できるので、その場合は演奏終了時に停止ボタンを押す必要はありません。曲ごとにテンポや使用プラグイン、ボリュームなどの調整も可能。アーティスト名や会場名、タイトルも細かく入力できるので、PAエンジニアや音響効果の担当者にも有用でしょう

 付属プラグインにも大幅な刷新があります。例えばPro EQは、ノブをわずかにひねっただけでも大胆に効くので、マスタリングから変態系の音作りまで幅広く使われていますが、今回バージョン2に進化。周波数に合わせて鍵盤の絵も表示するなどデザインを変更したほか、リニア・フェイズのローカット・フィルター(LLC)が追加されたりと使いやすさ倍増です。Limiterもバージョン2となり、AとBの2種類のモードやアタック・タイムの追加(Fast/Normal/Slowの3種類)、デザインの変更などで機能的にも視覚的にも扱いやすくなっています。まだまだ多くのエフェクトが入っていますが、かかり方で一番驚いたのはPedalboard内のフェイザーMP Ninety。これをL/Rで計2台使えば、ドナルド・フェイゲンのような演奏ができてしまいます。

付属リミッター[Professional][Artist]

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新機能を備えたLimiter2。AとBの2つのモードが選べることで、ナチュラルな効果からブリックウォール・リミッティングまで幅広くサポートします

付属フェイザー[All]

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S1にはPhaserというプラグインもありますが、筆者はこのMP Ninetyが面白いと思います。Pedalboardというペダル・シミュレーターに含まれているエフェクトです

 最後に“テープ・リサンプラー”というタイム・ストレッチの新モードも紹介しておきましょう。このモードでオーディオのタイム・ストレッチを行うと、オープン・リールのように速度とピッチが変化します。え、それって必要なの?と思われそうですが、ボーカリストにはとてもうれしい機能。例えば録音する際、楽器のチューニングを半音落とします。そしてS1も、本来のテンポより半音分だけ遅くして録音。その状態のままボーカルを録音し、再生時にはテンポを戻します。これで標準装備のCELEMONY Melodyneを使いこなさなくても、楽して高い音が歌えるようになります。

 

 駆け足でバージョン5をレビューしましたが、曲作りからマスタリング、ライブ、それにライブ配信まで、音楽全般に用いられるDAWに成長しております。今回は試すことができなかったものの、384kHzで録音できるので、RME ADI-2 Proを使って手持ちのレコードのデジタル化やマスター音源のバックアップ用にバッチリかなと思っています。

 

Chester Beatty

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<BIO>テクノ・プロデューサーとしてTRESORやBPitch Control、Phont Musicなど欧州の名門レーベルから自作を発表。現在はソニーなどの広告音楽を制作するラダ・プロダクションを共同経営しつつ、日本レコーディングエンジニア協会の理事を務めるエンジニアとしても活躍する

 

製品概要:Studio One 5

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 2009年にリリースされ、今年7月にバージョン5へとアップデートを果たしたPRESONUSのDAWソフト。従来から評価の高い64ビット浮動小数点演算のオーディオ・エンジンを備え、プロの現場にふさわしい音質を誇る。さらに数々の機能強化を実現。譜面ベースでの作編曲が行えるスコア・ビュー(スコアリング機能)やライブ・パフォーマンス用のショー・ページ、フェーダーではなくオーディオそのものの音量にカーブを描けるクリップ・ゲイン・エンベロープ、ミキサーのシーン保存/呼び出し、64ビット・フロート/384kHzでの録音&再生、付属エフェクトのブラッシュ・アップなど、まさに制作とライブを革新するDAWと言えよう。グレードはProfessional(38,909円前後)、Artist(9,637円前後)、Prime(無償)の3種類をそろえる。

※記載の価格はオープン・プライス:市場予想価格

REQUIREMENTS
Mac:macOS 10.13以降(64ビット版)、INTEL Core I3プロセッサー
Windows:Windows 10(64ビット版)、INTEL Core I3またはAMD A10プロセッサー以上
共通:4GB RAM(8GB以上推奨)、40GBハード・ドライブ空き容量、1,366×768pix解像度のディスプレイ(高DPI推奨)、タッチ操作にはマルチタッチに対応したディスプレイが必要、インターネット接続(インストールとアクティベーションに必要)

 

www.mi7.co.jp

PRESONUS Studio One 5

Professional(38,909円前後)、Artist(9,637円前後)、Prime(無償)

※記載の価格はオープン・プライス:市場予想価格

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特別企画「制作&ライブを革新するDAW〜 Studio One 5の深淵」

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