昨年UNIVERSAL AUDIOがリリースしたレコーディング・システム、Luna。大人気の同社Apollo Thunderboltオーディオ・インターフェースとソフトウェアを統合したことで、シンプルに音楽制作やレコーディングに集中できる環境を実現した。また、同社の優れたプロセッシング技術を融合し、これまでのDAWに無い“トーンを持たせられるデジタル・レコーディング環境”であることも注目のポイントだ。今回は、プロデューサー/マルチプレイヤーとしても活躍するShingo Suzuki、mabanua、関口シンゴの3人によるトリオ=Ovallと、エンジニアのyasu2000氏にLunaでのレコーディングを依頼。セッションの様子や4人のLunaへのインプレッションを、ムービー/サウンドと合わせてレポートする。
Photo:Takashi Yashima Movie&Interview Shot:Kazuki Kumagai
【ムービー】OvallがUNIVERSAL AUDIO Lunaでの新曲レコーディングに挑戦
ムービーではレコーディングの模様と4人のLunaへのインプレッションを公開。楽曲「Luna」全編をお聴きいただけます。
Ovall + yasu2000
Shingo Suzuki(b:写真右)、mabanua(ds:同左)、関口シンゴ(g:同中央後列)という、プロデューサー/マルチプレイヤーとしても活躍する3人で結成。ジャズ、ソウル、ヒップホップ、ロックを同列に並べ、生演奏もサンプリングもシームレスに扱うスタイルで、国内外で人気を集める。今回は、彼らの所属事務所origami PRODUCTIONSのスタジオ、big turtleで収録。同スタジオのエンジニア、yasu2000氏(同中央前列)にマイキングやLunaのオペレートを託す形でセッションを進めていった。
Recording Synthesizer
今回、Ovallの3人に、Lunaを使ったレコーディング・セッションを依頼したところ、何と“Lunaで新曲を作る”という逆提案が。聞けば、コロナ禍の影響やおのおののプロデュース・ワークの関係で、3人顔を合わせてのセッションは久しぶりとなるため、これを機に新曲に挑戦してみたいとのこと。
big turtle STUDIOSでOvallの3人を待ちながらセッティングを進めるyasu2000氏も「どういう方向に進むか分からないので、それに対応できるように準備をしておきます」と語る。この発言の真相は後に明らかになるが、Apollo X8Pを2台カスケードしたLunaシステムは、全16ch分のプリアンプをUNISONでNeve 1084に設定。そして使用が想定されるオーディオ・トラックにTAPEのStuder A800をインサートした状態で、メンバーの到着を待った。
曲作りの手始めは、Shingo Suzukiがキーボードの前に座るところから。
「せっかくなので、Luna InstrumentsのShapeを使ってみましょうか」
そう言いながら、Shapeのプリセットの中から“Bless The Rains”という柔らかいシンセ・ブラス系プリセットを選択。Aメロのコード進行を考え、LunaにMIDIレコーディングしていく。同時にmabanuaはSuzukiのベースを手に取り、それに乗るメロディを検討。関口もギターを弾きながら、フレーズを考えている。
Recording Beat
先程までベースを抱えていたmabanua。SuzukiがAメロのコードを入力し終わると、即座にスタジオ常設のシンセに向かい、ベースで練っていたメロディをLunaにオーディオ録音。さらにRHODESでコードのオブリガードになるようなフレーズを演奏し、これもすぐ録音していく。
「じゃあ、ドラムのループを録ってしまいましょう」
そんな一声とともに、ブースに向かうmabanua。まずビートをたたく前に、クラッシュ・シンバルのみをトップ・マイクで収録しておき、続いて基本となる8小節のビートを考えて録音。どうやら通して録音をするわけではなく、自分自身の演奏をループ・フレーズとして扱う考えらしい。
Dubbing Session
一方、コントロール・ルームではSuzukiがベースに楽器を持ち替え、ベースのフレーズを検討。同時に関口シンゴもカッティング・フレーズを考え、二人の演奏もそれぞれあっという間に録音されていく。
Aメロが出来上がったところで、ここからどう展開していくのか考えるフェイズに。Suzukiが関口にアイディアを問うと、既に彼は考えていた様子で、コード進行案を告げる。Suzukiはその案に沿って、再びShapeの“Bless The Rains”でコードを演奏する。
すかさずSuzukiのベースと、関口のギターによるコードも加わり、このパートの骨格が出来上がる。一方mabanuaはあらためてエレピとシンセに向かい、このBメロ部に乗るフレーズを考案。あっという間に曲の大まかな形が見えてきた。
「Bメロから頭に戻る前にキメが欲しいね」と言うSuzukiへ、mabanuaに応えるように細かいコードの刻みとフィル・インとなるフレーズを発案。ベースとエレピのユニゾンでフィルを奏で、これで曲の1コーラス分が完成した。
「曲のタイトルは「Luna」でしょう。それしかないですよ」とSuzuki。mabanua、関口も同意する。
Edit
Aメロを基本に、それにつながるイントロと間奏部も同様のプロセスで作成。ここから構成を作っていく作業となる。Ovallの3人の指定に基づいて、yasu2000氏がLunaの画面上で編集を加えていった。
大きなポイントとなったのは、2カ所のAメロ前のブレイク。偶然ループ再生してしまったことをOvallの面々が気に入り、yasu2000氏がクリップの編集でサンプル・チョップしたような形に仕上げた。
こうして完成した曲、「Luna」は、70〜80'sのテイストと現代のサウンドを併せ持つ、フューチャー・レトロ・ファンクとも呼べるべきもの。作業開始からわずか4時間で完成に至った。誰かが作業している間に、ほかのメンバーがアイディアを考え、次々とそれを投入していくOvallの力量に驚かされた。
TAPE & SUMMING
曲が完成したところで、Ovallのメンバーに種明かしを行うことに。全オーディオ・トラックにTAPEのStuder A800が入っていたことを告げ、その有無での聴き比べをしてもらった。「Studer A800が入っていると、スネアの立ち上がりが速くなる感じがしますね」とmabanua。相談の結果、収録時と同じこの設定を採用することになった。
次いでマスターにAmpex ATR-102を入れて聴いてもらうと、「テープが回る見た目がいいですね。インパクトがある」と関口。「そして、音にも温かみがあります」とSuzukiが付け足す。
続いて、Summingの効果も聴いてもらった。まずマスターにNeve Summingをインサートすると、「Summingの有無で、だいぶ変わりますね。中低域がすっきりする感じがする」とmabanua。API Summingに切り替えると、3人とも「確かにAPIっぽい」と口をそろえる。
mabanuaは「コンプのような色付けができるけれど、コンプではないから、Summingを入れておいてもコンプレッションがかかるわけじゃないので、失敗の不安はないですね」とコメント。関口も「まだ迷っているときに試しにかけておけるのはいいですよね」と賛同。Suzukiは「Summingは2ミックスやドラムのバスに入れたりするとなじむ感じがしますね。実機のサミング・アンプは高価だし、チャンネル数も限られている。それがLunaの中で再現できるのはいいですよね」とコメントしてくれた。
Impressions
“自分でエンジニアリングしながら制作する
そんなクリエイターにLunaは良いツールですね”
今回のLunaでのレコーディング・セッションを、Ovallの3人とyasu2000氏の目と耳はどうとらえたのか? 作業を終えたところで、あらためてインタビューしてみた。
設定項目が少なくクリエイターが扱いやすい
ー「Lunaでレコーディングをしてほしい」と依頼しましたが、まさか新曲を作ることになるとは思いませんでした。
Suzuki 一般的なバンドでの曲作りだと、自分の楽器を持って、セッションしながら作っているスタイルが多いと思いますが、僕らはメロディをどうしようかとか、コードをどうしようかとか、各自が宅録で作っているスタイルをバンドでやっているようなイメージです。
mabanua 信頼関係というか、今やっていることは任せてしまう。でも滞りなく進めたいから、次のアイディアを探し始めても大丈夫というか。
関口 今やっているところの次をなんとなく想像して、“パスの仕方を考える”んです。
yasu だからいかようにも対応できるように、ドラムのマイクも多く立てておいたり、ギター・アンプも用意したりしていたんですよね。
ーそんな臨機応変さが求められるセッションで、yasuさんにはLunaを初めて使用していただきました。
yasu 僕はもともとSTEINBERG Nuendo/CubaseからAVID Pro Toolsに移行したので、初めてのソフトを扱う難しさは覚悟していたのですが、Lunaは想像ほど大変ではなかったですね。LunaのショートカットはPro Toolsに近いですし、APPLE Logicと似た部分もあると思いました。
ー関口さんには、サンレコの昨年8月号の企画でLunaを使った制作をしていただきましたね。
関口 Lunaは見やすさが好きですね。ループ・レコーディングのテイクを選ぶのとかがやりやすい。ハードルは高くないし、慣れたらメリットも大きいと思います。
mabanua 普段使っているApolloのConsoleで見慣れているインターフェースだから、すんなり入れますね。LunaもApolloも、設定項目が少ないのがいいんですよ。クリエイターの自分としてはそれでいいというか、もともと機能が制限された中でやってきたから。取り回しの良さは、クリエイターが機材を買う上では重要だったりするよね。
派手過ぎず手軽なTAPEとSummingに好感
ーセッションは、Luna InstrumentのShapeでの進行作りからスタートしましたね。
Suzuki 今回選んだ音色を含め、僕らOvallが好んで使いそうな音も入っていたし、ちゃんと前に出てくるんですよね。弾いていて気持ち良いので、そこからインスピレーションをもらいつつ、作っていきました。
ー録音時の演奏モニターにレイテンシーが無いのが、システムとしてのLunaの特徴でもあります。
Suzuki ベースを弾いたときに“速いな”と思ったんです。自分のタッチがすぐに聴こえてくる。Pro Tools|HDXとも遜色(そんしょく)は無いし、むしろLunaの方がスピード感はあったような印象もあります。
ー今回、すべてのインプットにはUNISONでNeve 1084を設定して録音していきました。
yasu 高域にデジタル感が無く、ビンテージ機材から出ているサチュレーションがかかったような感じはしました。中低域がふくよかになりますね。それを全マイク入力で使用できるのが最大のメリットだと思います。
ーTAPEのStuder A800も使用していただきました。
yasu UADプラグインのStuder A800はPro Tools上でもよく使いますが、レイテンシーが大きく、再生を押してからタイムラグがある。LunaのTAPEでは全チャンネルに入れてもスムーズに動いてくれるのが大きなメリットです。
ーTAPEのサウンドはいかがでしたか?
mabanua “良いテープの質感”と言うとシンプルですが、オフにして初めて分かる良さは大事なポイント。微々たる味付けが積み重なって、最終的に“こんなに音が良くなっていたんだ”と分かるくらいのものが良いので、LunaのTAPEは好感を持ちました。派手過ぎると“エフェクト”になってしまうので扱いづらいんです。Summingも、基本的には通したかどうか分からないくらいなのがサミングの効果だと思いますが、それが簡単に扱えるのが良いですね。
Suzuki 外のスタジオでサミング・アンプを試したことはあったのですが、セッティングに手間がかかる割に“内部ミックスの方が良かった”となることもあるんですよ。
ーつまり、エンジニアが使う機材やテクニックを、誰でも手軽に試すことができるのがLunaの利点と言えますね。
mabanua 時代の影響もあって、今はクリエイターがエンジニアリングをしながら作っているし、ミックス・エンジニアの方に納品する場合も、エフェクト込みで渡すことが増えました。オフにして渡すと再現するのが大変と言われて。
関口 今はトラック数も多いし、定位の動きも多いからね。
mabanua Lunaのようなものから始めると、自分でエンジニアリングする技能も身につくんじゃないかと思います。
関口 一人でミックス〜仮のマスターくらいまで作る人も多いですからね。
Suzuki そういう意味ではLunaは良いですね。UADの定番プラグインが使えるし。動作も軽いから。
【特集】UNIVERSAL AUDIO Luna徹底探査
UNIVERSAL AUDIO Luna 製品情報
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