エンジニアの林憲一氏が、自身の愛用マイクであるソニーのC-100を用いて、ボーカル録りの方法をレクチャー! 自宅環境を想定したノウハウが満載だ。ここでは、バック・トラックに合わせて歌を録音するパターンを見ていく。なお、記事末尾にはC-100と5万円程度のコンデンサー・マイクの音質を比較できる音源のダウンロード・リンクを用意しておいたので、併せてお楽しみいただきたい。
Photo:Chika Suzuki
Location & Cooperation:ogikubo velvetsun
シンガーの後ろ/横と床を吸音する
自宅でのマイク録りの際に気を付けたいのは、録り音に不要な“部屋鳴り”が入り込んでしまうこと。最終的にリバーブをがっつりかけるから構わない、という判断もアリですが、余計な鳴りが乗っているとミックスの段階で音作りの邪魔になったり、歌の場合はオケ中で少し遠く聴こえてしまったりと、やりにくさの原因になりがちです。
部屋鳴りは、歌や楽器の音が壁などの“硬い面”に反射することで生じます。また、反射した音は壁から壁、もしくは壁から天井、床といった具合にいろいろなところへ反射を繰り返すので、それをいかに抑えるかが課題です。今回は、シンガーの立ち位置およびC-100の設置ポジションとして、床にカーペットがある場所を選びました。カーペットは柔らかい素材でできているため、床に達した反射音を吸い、それ以上の反射を抑制してくれます。これを“吸音”と言います。
次に、シンガーの後ろ~横にカーテン状の布を設置。いずれも壁からの反射音を抑えるためです。また横の布に関しては、そもそも声が左右の壁に行くのを抑制し、反射の原因を減らす役割も担っています。
ではシンガーの前方、すなわちC-100の後ろ側はどうでしょう? 歌録りということでC-100を単一指向性に設定したため、マイク本体の後ろ側の音はほとんど拾いません。完全に拾わないわけではありませんが、今回は“部屋鳴りをよく拾ってしまうエリア”として、C-100の収音範囲を吸音しています。
写真を見て“自宅にこんな布も、布を掛けるためのラックも無いよ!”と思った方。実は家にある身近なものを使うことで、似たような環境を作ることができます。
例えばカーテンを背にして歌うと、自分の後ろの部屋鳴りを抑えられますね。横に対しては、服が幾つか掛かっているハンガー・ラックなどを持ってきて吸音するのが手。左右に同様のハンガー・ラックを設置できればなお良しですが、タオルや毛布を置くことでも吸音できます。床に関しては、フローリングだと反射が多いため、自分の立ち位置とマイクの設置ポジションに柔らかいカーペットなどを敷きましょう。畳の場合はよく音を吸ってくれるので、そのままでもよい場合があります。
先述の通り、音は天井にも反射しますが、天井のどの部分で生じた反射音が最も悪影響を与えているかというのは、なかなか見極めが難しいことなのです。音が天井に行くパターンの一つとして、横の壁に反射してから上の方へ進むという経路が考えられます。ただ、部屋の中にモノがたくさんあると反射の数が減ることもあるので、まずは後ろ/横/床の吸音から始めてみるとよいでしょう。
マイクに近付き過ぎない!
続いてはC-100とシンガーの距離です。環境や声量に左右されるので、一概に“このくらい”と言うのは難しいのですが、個人的に良いと思うのは12~13cmといったところ。マイクに近付き過ぎると近接効果(ソースをマイクへ寄せたときに低域が膨らむ現象)によって音がボワっとしてしまうし、“吹かれ”の可能性も高まります。吹かれというのは、パピプペポといった破裂音で発生することが多い突発的な低域の膨らみ。大抵は120Hz辺りから下が大きく膨らんで、ボコっと聴こえます。それを防ぐためにポップ・ガードを使うわけですが、マイクとの距離が近過ぎると防ぎ切れない場合があるので、程良く離れておく方が安全です。
ポップ・ガードを所有していない方は、マイクの正面をほんの少し口元から逸(そ)らすのも手です。C-100のグリルを覗くと、円形の板が2つありますね。これらはダイアフラムといって、いわば収音部の要です。破裂音が真正面から当たるとモロに影響を受けるわけですが、C-100本体をちょっと横振りにしたり、少し上や下から口元を狙ったりすれば吹かれ対策になります。極端に向きを変えると音質にかかわってくるので、自分なりの許容範囲を探ってみましょう。
マイクの高さも重要です。高めに設置すると顎(あご)が上がって力が入りにくいでしょうし、低めだと喉(のど)が閉まってしまいます。自然に歌いやすい位置、声が出しやすいポジションを探してみましょう。また、歌詞を見るために視線を落としたりすると喉が閉まり気味になるので、譜面台の位置にも留意するとよいと思います。
C-100のインプレッション:フラットな音が生み出す解像感の高さ
ここまで歌を録ってきましたが、C-100の音の方が比較用マイクより情報量が多い印象です。低域から高域までしっかりと収音し、“実”が詰まっている感じですね。試しに録り音の1.5kHz辺りをEQで持ち上げてみたら、周辺の帯域や倍音成分もふわっと上がってきて、“ちゃんと付いてくる感じ”がありました。不足しているところやロスが無いと言えるでしょう。同様のEQを比較用マイクの録り音にかけてみたところ、1.5kHz辺りが極端に大きく聴こえます。もともと、その帯域にピークがあるという何よりの証拠ですね。
特定の帯域にピークがあると、それにどうしても耳が持って行かれてしまい、ほかの帯域にピントを合わせづらくなります。その結果、今回の比較用マイクだと、低域や高域の解像感が甘く聴こえてしまうのです。C-100の音が情報量豊かに感じられるのは、どの帯域にも出っ張って主張してくる部分が無く、あらゆる帯域を見渡すことができるから。もちろん、それだけが理由ではありませんが、このフラットな音と解像感の高さには深い関係があると言えるでしょう。
【連動音源の内容】
●2ミックス(ボーカル+アコギ+バック・トラック)
・ボーカルとアコギをC-100で録ったバージョン
・ボーカルとアコギを比較用マイクで録ったバージョン
●ボーカル
・C-100で録ったボーカル
・比較用マイクで録ったボーカル
●アコギ(GIBSON Hummingbird)
・C-100で録ったHummingbird
・比較用マイクで録ったHummingbird
●アコギ(GIBSON J-45)
・C-100で録ったJ-45
・比較用マイクで録ったJ-45
●デュオ(ボーカル+アコギ)
・C-100×1本で録ったデュオ
・比較用マイク×1本で録ったデュオ
※上記の通りフォルダー分けしています
※各音源ファイルの形式は24ビット/48kHz WAV。総容量は約234MB(zipファイル)
林 憲一
【Profile】ビクタースタジオでサザンオールスターズなどの作品制作に携わった後、フリーランスのレコーディング/ミキシング・エンジニアに。近年は、Sakuやminami rumiのセッションのほか、miwaや石崎ひゅーい、DISH//、村松崇継らを手掛ける。
minami rumi
【Profile】バンド“キャラメル”を経て、シンガー/作詞・作曲家として活動。Paravi、バスクリン、ヤクルト、ファイブミニ、グリコなどのCMで歌唱を担当しつつ、指原莉乃プロデュースのアイドル“=LOVE”への曲提供や藍井エイルの作詞などを展開する。